第11話

「遅いですね…」


フィニの戻りがずいぶんと遅い。


食事の余りを取りに行くだけなら、ここから厨房にいくだけなのだから、数分で済むはずだ。そのはずが10分近く経っても、まだ戻って来ていない。


ふと、いやな予感がした。


「プライバシー的には良くないのですが、フィニの居場所を探らせて貰うことにしましょう」


精霊の身体というのは魔力の塊だ。汗にすらも魔力が宿る。昨日、私はフィニを抱いたのだ。抱けば、相応に私の魔力を注ぎ込むことになる。


つまり、しばらくの間、フィニの体内には私の魔力が残存する。自分の魔力を感知するくらいならば、歩いたり、立ったりするのと大差ないくらい容易に行える。


「んん?ここは…?」


フィニは、屋敷の外にある武器庫にいた。昨日、ショートソードを取りに武器庫に入ったのだから間違いないだろう。しかし、当たり前だが、あんなところに厨房はない。


先程からしているいやな予感が、さらに強く増してきたように感じる。私は、全身を魔法で強化して、窓から飛び出した。


2階の窓から中庭に着地。止まることなく、むしろその反動を使って、加速するように走り出す。中庭を斜めに突っ切ることで、最短距離で武器庫に向かった。


あまりの速度に、まだ訓練を続けていた騎士が固まっていたが、そんなのは気にしていられない。


フィニの位置を感知をしてから、ものの30秒も経たずに着いた武器庫の扉を、走った勢いのまま、全力で蹴破った。


文字通り飛び込んだ武器庫の広間には、何人かの男たちが見える。男たちは何かを取り囲んでいた。


大男たちの影で見えなかったが…囲まれていたのはフィニだった。男が1人馬乗りをしていて、ほか2人が両側から床に押さえつけている。


フィニが纏っている布の切れ端は、恐らく引き裂かれたメイド服だ。顔も赤く腫れているから、暴力を振るわれたのは間違いない。


フィニは、涙を流して、そして自分の最後の下着を押さえていた。最後の一線は守りたいというフィニなりの抵抗だったのだろう。


その姿に、フィニの気持ちに、私の怒りが一気に沸点まで達した。


「殺してやるぞっ!!穢らわしい害獣どもめ!!」


まずは馬乗りになっているの男の頭を左で持ったマインゴーシュの護拳で殴る。メコリと頭蓋が陥没する音に構わず左手をフックの様に右横ヘ振り切った。


数メートル飛んだ男は、力なく地面に倒れる。大きく陥没した頭蓋骨とともに、破裂した頭皮から、中身が溢れた。


1人めの男を殴った左手を戻しながら、反時計回りに、身体を回す。そして回転斬りの要領でマインゴーシュの刃を左にいた男の首に突き立てた。


そのまま、刃を回す勢いを止めずに掻き切ると、噴水のように首から血を吹き出す。驚愕の表情を貼り付けた男の顔面へ、まだ止めない回転の勢いのままに、右脚の回し蹴りを叩き込んだ。


男は後ろの壁に叩きつけられると、ずるずると下がり、そのまま動かなくなる。


「ピピのことといい、下半身が言うこと聞かない猿どもめ!虫唾が走る!」


反対側にいた男は、2人が戦闘不能にされたことで、漸く反応が出来たようだ。しかし、武器は持っていないようで、ボクシングのような構えを取る。


放ってきた右のストレートパンチを、私は首を傾げるだけで避ける。


そして、顔の横にある伸び切った腕にマインゴーシュを突き立てた。男の上げる悲鳴を無視して、腕に突き刺したまま腕を引っ張ると、男はバランスを崩す。


バランスを崩して下がってきた顔の両目に目掛けて右手で作ったチョキを、深く突き入れる。目玉が潰れるほど勢いよく押し込み、そのまま指先で眼底骨を突き折った。


指を引き抜くと、男は膝から崩れ落ち、地面に顔面からダイブして動かなくなる。


あとこの場にいるのは1人。今ようやく事態を把握して腰に佩いた剣に手をかけたヒルデスだ。


昨日折った手足は動いている。何か治す魔法などの手段があるのだろうか。


「ヒルデス…」

「ヒヒ!あの喋ることの出来ない犬女人コボルトを抱いて情が湧きましたか?欠陥品同士、いいじゃないですゥッ!!??」


侮蔑の言葉に苛立った私は、ヒルデスが剣を抜き放つよりも先に、顔面を右手で殴りつけた。


どしゃあ、とひっくり返した亀みたいな姿で床に転がるヒルデス。カランカランと、手で抜きかけていた剣も床に転がった。


「相変わらず下半身で動く、虫けらみたいな存在ですね。そんな詰まらない言葉しか吐けない口なのでしたら、不要ですね。二度と喋れなくします」

「あががが…」


髪の毛を掴んで、無理やり引っ張るように、ヒルデスを起き上がらせる。そして開きかけた口に向かって、膝蹴りを叩き込む。


ブチブチと音がして、掴んでいた髪の毛が束になって抜けた。


遅れて、パラパラパラパラと、あたりに小石が散らばるような音がする。私の膝蹴りで折れたヒルデスの歯が地面に散らばる音だった。


「学習能力がないのですね。この前、私に負けたときに、本当に不意打ちだけで負けたと思ってたのですか?」

ふぉんなはずがあるわけ…」

「あるのですよ。無能より無能のヒルデス?」


私は、そこら辺に落ちていたロングソードを拾ってから、ヒルデスの前に投げ落とした。ヒルデスは一瞬、何のことはわからなかったようだが、慌ててロングソードを拾って構える。


「くひひひひ!バカか!これでお前は終わった!剣を使いこなす天恵を持った私に剣を渡すとは、血迷ったか!?」

「はぁ…これで、貴方は、もうどんな言い訳も出来ないでしょう?」

「ほざけ!」


ヒルデスの周りに魔力が集まる。量としてはグラムスと余り変わらない程度にはありそうだ。


が、振るってきた剣筋は実にお粗末なものだった。天恵にかまけてろくに鍛錬をしてこなかったのだろう。剣が素人の私でも、腕が悪いのがわかる。


ヒルデスなりに全力だろう振り下ろしを、私は左剣で受け止めた。続くかったるい袈裟懸けも、喉を狙ったへろへろの突きも、全て左手を軽く振るうだけで事足りる。


「くそ!くそ!何故当たらない!」

「ヒルデスが下手くそなだけですね…」

「そのショートソードだな!貴様が持ってるそのショートソードがインチキなんだ!」

「はぁ〜」


こいつの剣筋は充分にわかった。まともに戦うのも馬鹿らしい技量だ。私は剣を腰に収め、無手でヒルデスに向き直る。


「さて、これでどうですか?」

「バカめッェ!」


振り下ろされるトロ過ぎる剣を、私は両手の平で挟み込み、受け止めた。時代劇などで見かけるいわゆる真剣白刃取り、というやつだ。


「剣筋が見え見えで遅かったから余裕ですね」

「はえっ!?」


剣の勢いを殺し過ぎないように、両手で剣を押さえながらも、左側の手前に引いた。すると、ヒルデスは剣の勢いに引きづられて、前にたたらを踏む。


私は、さらにヒルデスの剣を左手前に引きよせながら、反時計回りに、身体を回転させた。そして、さらに回転の勢いを上げながら、右脚を軸にした後ろ回し蹴りを、ヒルデスの側頭部に叩き込んだ。


「ボゲェッ!?」


頭を勢いよく蹴られたヒルデスは、後ろに向かって受け身も取らずに倒れた。さっき渡した剣は、またヒルデスの手からすっぽ抜けて、私の手に挟まれている。


「さて、ヒルデス。次はどんな愉快な言い訳をしてくれるのですか?」

「ひぃっ!ヒィィィ!!」

「何です?もうネタ切れですか…それなら、もう貴方に用はありません」


左手で剣を抜き放ち、一閃する。私が横に腕を振り切ったのに数瞬だけ遅れて、ボトリ、とヒルデスの右腕が落ちた。


「ギ…」


ギャア、と叫ぼうとするヒルデスを、もう一度殴りつけて気絶させる。私はふう、と息を小さく吐くと、左手の剣を軽く振って血を飛ばしてから、鞘に収めた。


「フィニ…」


フィニは、自分の身を少しでも隠すように縮こまって、床に座っていた。私は取り敢えず、着ていた上着を脱いで、フィニにかける。


「助けるのが遅れてごめんなさい」


ふるふる。そんなことない、と言いたげに、もげそうな勢いで首をふるフィニ。腫れた顔がとても痛々しくて、申し訳ない気持ちになる。


「本当にごめんなさい。顔、痛かったですよね。すぐに部屋に戻って治療しましょう…」


コクコク。嬉しそうに頷くフィニに、私もようやく安堵する。しかし、私が、助け起こそうと手を差し伸べると、何故かフィニの表情が絶望一色に染まった。

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