第40話

セオーレとの対戦が終わり、魔素材ギルドには、実績点8800で登録された。ギルドの支部長が双剣の遣いとの戦いから見ても、最低限、同程度の実績点でも問題ないとの判断を下したのだ。


チームも3人で登録をした。メンバーを登録することでチーム単位で仕事を受けられるようになる。


チーム名は『自力での救済インデペンデント』にした。暗に『天恵には頼らない』ということを示している。


「さて、登録も済みましたし、オークブレイブの素材とセオーレから貰ったお金で懐も潤いました。少し豪華な晩御飯でも食べましょう」

「……ハル様…最高…」


こうして3人で、初仕事のお疲れ様会というか、打ち上げというか、晩御飯を食べることにした。魔素材ギルドに、美味しい飯屋を聞いたら、珍しい酒を出す店を教えてもらった。


「ギルドの人が言ってたのは、ここですねぇ!」


魔素材ギルドの建物から、数分ほど歩いて店にたどり着く。キレイな門構えを見るやいなや、リジーがはしゃぎ気味に扉を開けて入っていった。


「3人ですぅ!」


先行したリジーがお店の人に人数を聞かれたのだろう、答える声が聞こえてくる。リジーを追って中に入ると、中はガヤガヤした店…よりはやや落ち着き気味で、全てのテーブルが個別に仕切られていた。


「これなら、ゆっくり話せそうですね」

「……ん」


3人で卓につき、適当にオススメの酒とツマミを頼むと店員にチップを渡して言う。言っても銅貨2枚の50シデナほどだが、店員はにこやかになった。


ほとんど時間を置かずに、木製のジョッキに入って出てきたのは、冷えたラガービールだった。


「…おいしい…」

「ですよねぇ!こんなサボン酒、初めて飲みましたぁ!喉越しがすっきりしていて、いろんなお料理に合いそうですぅ」


以前、エールビールを飲んだときにサボン酒と言っていたが…ラガービールもこの世界ではサボン酒なのだろうか…それとも…。


ラガービールは低温でしか発酵しない酵母で作られるビールだ。ラガービールと対を成すエールビールの酵母は常温で発酵する。そのため、冷蔵技術のない昔から飲まれていたのはエールビールだ。


しかも、味付けにはホップが使われている。ホップは切れ味と、ほどよい苦み、そして腐敗防止の効能もあるため、広く使われている。


こちらも地球では、ホップが見つかるまでは、グルートというミックスハーブを使っていた。


つまりホップ入りのラガービールとは、ビール史でも比較的近代のもの。先日飲んだ古代のビールであるグルートエールから、急に出てきた親しみのある味に私は驚かされた。


「へへへ、お客さん、おいしいでしょう?」

「ああ。こんな…サボン酒は初めて飲みましたよ」

「お客さーん、これはサボン酒に似ているんですけどね、名前は違います!」

「へぇ。ではなんというのですか?」

「ラガービールって言うんですよ」


は?と呆けた声が出そうになるのを、ギリギリで留めた。『ラガービール』って思いっきり地球の固有名詞だ。まさか偶然…なのか?


「ラガービールですか…サボン酒と見た目も味も似ていますが、ずいぶんと変わった名前ですね?もしかして開発者の名前とかですか?」


いろいろと誤魔化すために、敢えてとぼけてみることにした。どこで誰が聞き耳を立てているかもわかないのだから、地球との関係は知られないに越したことはない。


「ですよね!変わった名前ですよね。何せ、異世界の勇者様が付けた名前らしいですからね!」

「異世界?勇者?」

「はい。お客さんは、ノーテヨド王国の勇者召喚って知ってますか?」

「いや、知りません」


ノーテヨド王国はかなりの遠国のはず。徒歩で行ったら半年〜1年かかるほど距離がある。


そこが行った異世界からの勇者召喚?だったか?


召喚されたやつが、ラガービールを知っているということは当然、地球から呼ばれたのだろう。それはつまり、私以外にも、この世界には地球人がいるということになる。


「ノーテヨド王国は、非道だからと世界的にも禁止にされている勇者召喚を行って、異世界の人を3人召喚…異世界の人からすると誘拐ですよね、をしました」

「異世界の住人からしたら、確かに誘拐でしかないですね。その異世界人も困ったことでしょうに」


引き続き、私は知らないフリを継続中だ。だが、フィニも、リジーも、異世界と言われて、すぐにピンと来たようだ。


(…ハル様…同じ世界?)

(ええ。ラガービールというのは私のいた世界にあったものです。間違いないでしょうね)


フィニとのひそひそ話に、店員は気が付いていないようで話を続けていた。


「ノーテヨド王国は、ここ10年ほど、魔物の脅威に晒されています。だから、強い天恵が授かりやすい異世界からの勇者が必要だった?とか?」


異世界から呼んだ勇者は強い天恵を授かる、ねぇ。


何もないところに突然、エネルギーは産まれてこない。ならば、召喚勇者が必ず強い天恵を授かるのには、何らかの理由があるのだろう。


「その3人のうち1人の方が、武術系天恵ではなかったので、王国を追い出されたそうです。その方が『酒蔵ブルワリー』という変わった天恵を持っていまして、確かヒーロさんだったかな?その方が開発されたお酒なのです」


酒蔵ブルワリー…そんな天恵もあるんだな。私が読んだ天恵のリストにはなかったな。…ヒーロねぇ。地球では、ヒロなんたらって名前だったのだろうな。


詳しく店員に聞いてみたら、かなり高性能な天恵のようだ。自分の近くに異空間への入口を作れる。そしてその異空間は、冷蔵庫、冷凍庫、発酵室など多機能を備えた部屋がいくつもあるとか。


多数持っている部屋に、物をいつでも出し入れできるし、そこに逃げ込むことも出来るらしい。


しかし、だ。


天恵の様な自動的で機械的な魔力操作だけで、そこまでのことが果たして出来るだろうか?普通に考えてみたら、あの勇者王女よりも魔力が必要になりそうなものだが…。


(そうか…召喚勇者は、天恵が恐らくフルカスタムされている、ということですか…だからリストにもないような天恵になっているのかもしれませんね)


そう、8階位の上にあるオリジン魔法の様に、だ。召喚勇者は、恐らく界を渡る際に、神のような上位存在の目に留まるのだろう。


そのため、この星に生まれた一般的な生命に自動的に与えられるような天恵ではなく、神が直接、門にあった調整をして授けている。


そう考えれば辻褄が合う。となれば…。


(召喚勇者には接触しない方が良さそうですねぇ)

(……ハル様…同郷なのに?)

(ええ。向こうの世界で私を殺した相手に見つかるかもしれませんのでね)

(……!!)


界渡りで上位存在の目に留まっている。その目がまだ続いていないとは誰も保証できないのだ。


「その異世界勇者は、今どちらにいるんですか?」

「1月ほど前にこの国にふらりと来ましたが…そのあとどちらに行かれたかまでは、わかりません」


それは危ない。ニアミスしていたようだ。徒歩とは言え、1月もあれば、かなり遠くに行ってはいる…はずだ。


「そうなんですね、ありがとうございます」

「ただ竜に乗られていたので…たぶん、もうかなり遠くに行かれていると思いますよ」

「竜、ですか…?」

「ええ。どうやら恋人の方が竜騎兵ドラグナーらしく、その方が操る竜に乗っていました」


竜を操るような優秀な恋人がいて、酒なんかも自由に作ったりしていて、呑気に異世界生活を楽しんでいるように見える。実に羨ましいやつだ。

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