第41話
3人で心ゆくまで飲み食いをして、店を出た。
これから、私とフィニは屋敷に戻るが、リジーも一緒…という訳にはいかない。明日のセオーレとの訓練が終わってから訪ねることを約束する。
「この前、話した通り、私が公子でいるのは、アザレアに復讐をするまでです。それまでは王都にいる間は、私とフィニだけが屋敷に戻ることになります。…すみませんね」
「いえいえぇ!大丈夫ですぅ!週末の一泊だけの話ですからぁ…」
「ああ、明日、朝の訓練が終わったらすぐにそちらの宿に向かいますね。だから、出かける準備をして待っていてください」
明日の訓練が終わったら、次はフィニが調べてくれた、
「
「そうなります。私の武器のためにすみませんね」
軽く頭を下げると、リジーはぶんぶんと、首を大きく横に何度も振った。
「いえいえぇ!ハルさんの武器が新しくなれば、魔物もたくさん狩れるようになりますから、チームのためでもありますよぉ」
「そうですね。そうなるように努力します。リジーありがとうございます」
そんな話をしてから、リジーを宿まで送った。宿の入口でリジーに手を振り別れてから、フィニと2人で屋敷に戻る。
屋敷に戻り、門を勝手に開けようとすると…珍しく立っていた門番が開けてくれた。これまでは門番には完全に無視をされていたので、公子である私、自ら明けていたのにだ。
「一体、何の真似でしょう?」
「クリスハル公子がお戻りなので、当然です!」
「はぁ?」
門番は明らかに緊張をしており、そして私と目を合わせようともしなかった。表情から伺うに、それは嫌悪ではなく、畏怖から来るものだ。
(一体なんだって言うんだ?)
屋敷に入ったら、使用人たちの態度も妙に余所余所しくなっていた。いや、余所余所しいというか、私から意図的に距離を置いてるというか…。
「ま、あの侮蔑の目線や、嫌がらせがなくなったのですから、良しとしますか…」
「……ハル様…あの…」
くいくい、とフィニが私の服の袖を軽く引っ張ってきた。今、フィニは第1門の魔法を使っていた。もともと耳の良いフィニが第1門の魔法で聴覚を強化すれば、屋敷内の細かい会話も聞き取れてしまう。
そこで何かわかったことがあるのか、耳打ちしやすいようにフィニに顔を寄せた。
(セオーレ…圧勝…知れ渡ってる)
(もう、ですか?)
(たまたま…ギルド…使用人…居た…)
つまり、あの戦いの様子を見たということか。聞くところによると、セオーレはこの街ではそこそこ有名な傭兵らしい。
その彼女が手も足も出なかったのならば、たしかに使用人は恐れを抱くだろう。
(……グラムス…勝った…も)
(なるほど。屋敷内のことですからね…)
確かに、そんなヤバい話のある奴に手を出す使用人もいまい。とは言え、これまでも使用人から侮蔑の目線はあったものの、大半は何もしなかった。
もともと嫌がらせばかりしていたのは、グラムスに阿る様な連中であり、大半はグラムスの死とともに屋敷から出ていっている。
「これから何度も泊まる場所ではありませんが、嫌がらせもなくなるでしょう。結構なことです」
「…………」
フィニは何かを探るような目をしながら第1門の魔法を使っていたが、じっと黙っている。しかし、フィニの沈黙は珍しいものでもないので、特に追求はしなかった。
☆☆☆☆☆☆
身体も、心も、人生も、貞操も、愛も、忠誠も、何もかもをだ。
「……敵意…許さない…」
だから、魔法を使って屋敷内の声を拾った際に、ハルへの害意を持つ使用人を見つけて、強い殺意を抱いた。敬愛するハルには、少しでも心穏やかに過ごしてもらうべく、特にその存在を告げずに、だ。
ハルが明日からの準備を部屋でしている間に、フィニはそっと部屋から出て、行動を起こす。
「
第10門5階位魔法、
グラムス派閥の使用人でも、完全なグラムスの取り巻きは姿を消している。しかし、基本的には中立だが、ややグラムス寄り程度の使用人は籍を残している。
その使用人の男女2人が厨房の隣、食材のある部屋で話をしていた。明かりもない暗がり。扉の隙間から差し込む月明かりのみが、光源である。
「それで、首尾はどうなの?」
「ああ。即効性があって、さらに無味無臭の猛毒が手に入ったぞ」
扉の木の組み合わせの、僅かな隙間。そこからフィニは中の様子を覗き込んでいた。
「無能の天恵なしのガキが幅利かせて、実に不愉快だもの。天恵がないのが、人を名乗ることすら腹立たしいと言うのにさ」
「ふん。それも今日までよ。明日の朝飯に、この猛毒を混ぜてやるからな。あのクソガキはメイドが出した飯であの世ゆきよ。くくくく」
その言葉を聞いたフィニの尻尾は、ピンと立つように、後ろに真っ直ぐ伸びた。
めったなことで表情を変えないフィニだが、口からギリギリと音が漏れるほど、歯を剥いていた。本来はチャームポイントだろう八重歯が、顕な敵意と供に、誰が見てもわかる怒りを表していた。
「
第10門6階位魔法。フィニが現在、使える魔法ではもっとも高位の魔法である。視界に見える物と物の位置を交換する、というものだ。
喋った瞬間に見えた、毒瓶を持っている人間の口内の空気と、その手に持つ毒瓶の中身を交換する。
「!?ヴゥッ!?」
瓶には口内の空気が、口内には瓶に詰まっていた猛毒が流し込まれる。咄嗟のことに反応出来ないかった男は半分ほどを机の上にこぼしたが、残りの半分近くの毒を飲み込んでしまう。
「ちょ…ちょっと!どうしたのっ!?」
口内に猛毒を飛ばされた方は、口から泡を吹いて倒れた。手足は痙攣して、目は白目を剥いていてる。
カラン、と白目を剥いた男の手から瓶が転がり落ちる。割れた瓶から毒が跳ねるのを恐れたのか、片割れの女の方は慌てて、距離を取る。
しかし、落ちた瓶から、液体が溢れるような音がしなかったので、空であることに気がついた。
「えっ!?瓶の中身がない、ですって?」
その驚きで口を開けた瞬間、また口内の空気と、机にこぼした毒液の位置が入れ替わった。
「ふぐぅッ!!!?」
女は喉を掻きむしるが、それ以上の言葉は出ない。最初の男と同じように、口から泡を吐き、白目を剝いて、倒れた。
フィニは2人の死亡という結果を見届けたら、またいつもの無表情に戻って、その場を離れた。
「…部屋…戻る…ハル様…寵愛…」
フィニはハルの『敵』を殺すのに躊躇いも後悔もない。そして敵を亡き者にしたフィニの心の中は、すでに『今晩、どうやってハルに可愛がってもらおうか』が最重要事項になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます