第42話
翌朝、起きるとちょっとした騒ぎになっていた。
使用人の男女が争った形跡もなく、双方が毒を飲んでいたので、グラムス寄りだったこともあり、これからの苦労を儚んで無理心中をしたのだ。
私はフィニが何かをしたのだろう、と思っている。
なぜなら昨日、私が準備している途中に10分ほど姿を暗ましたのだ。帰ってきたフィニは魔法を慌てて解除していたが、もちろん見逃さない。
毒を飲ませることだって、フィニの移動系統魔法を使えば、簡単にできる。
(フィニ、あまり危ないことはしないようにしてくださいね。私は、フィニの安全が何より大事なのでね)
(……………ハル様…)
正直な話、自殺でないことくらいは誰もがわかっているだろう。ただバンラックが調査不要と言えば、この屋敷内ではそうなる。
それはもうグラムス寄りの使用人が、実質公爵家側から見捨てられた、ということを示す。もう面倒なことは起きないだろう。
(…一方でバンラックに対しては、借りが出来たとも言えますね…ううむ。借りは返しておかないとどこかでややこしくなるかもしれませんね)
バンラックに返せる借り…ならば、反乱の兆しを教えてしまうか…?いや、今のタイミングでバンラックに話すとそのまま王家まで話がいってしまいかねない。
もし王家がまともならば、事前に対策されて、反乱が起きる前に鎮圧されかねない。
反乱側に取ってバレると困るのは、門兵交代のタイミングだ。門兵が交代となれば、一気に門兵の数が減る。国側の兵隊が減れば、反乱は成功しやすくなるだろう。
公爵家の領から、王家までは距離がある。だから、公爵家なら間に合うが、公爵家から王家に連絡しても間に合わない、というギリギリに教えれば良いだろう。
(ギリギリで教えたところで、公爵家が信じるかどうかですが…ま、私が、そこまで責任は取らなくてもいいでしょう)
☆☆☆☆☆
フィニが用意してくれた朝ご飯を食べ、紅茶を2杯飲み終わる頃にセオーレが屋敷にやってきた。
気にしていないのか、表に出していないだけか、昨日のことには触れずに、先週の続きをすることになった。
中庭の端でセオーレと向かい合い、今回ははなっから双剣を構えることにした。
「さて、では早速、模擬戦といこうか?」
「よろしくお願いします」
私は片逆で持つ左は刃が短く、幅厚で、諸刃、護拳があり、受けに適したマインゴーシュ『雷閃剣ユピテル』。右は片刃の半曲刀の、銘無し大脇差を持っている。
セオーレは両剣とも片刃で、刃がブ厚い無骨なショートソードだ。持ち方も双方が順手で、左右の使い分けをしないタイプだろう。
セオーレの天恵『山師』はマチェットなどの片刃のショートソードに恩恵がある。また、足場が悪いところでも、安定して歩ける長所を持つ。
ただし諸刃の剣には恩恵がなく、また恩恵もショートソードの扱いを得意とする、速軽騎士や双剣使いなどに比べると劣る。
(強化は第1門の反射神経強化と、武器に魔力を流すだけにしておきましょう)
パワーとスピードでセオーレを圧倒してしまっては剣術の訓練にならない。ただ反射神経だけは上げておかないと、今度はセオーレの太刀筋が見えなくなって、勉強にならなくなる。
「じゃあ、坊っちゃん、行くぞ!」
「……」
私は、ほぼ直立。だが左手は気持ち前に出し、右手をややだらりと脱力させてわずかに後ろに下げる。
西洋剣術では盾や防御用のマインゴーシュを構える左手は、もっと前に出すことが多い。
思想としては相手の攻撃を左手で逸らしてから、隙を作っての一撃。いわゆる、後の先であることは私の戦い方でも同じだ。
ただ魔物には様々な体格があり、小柄な魔物や四つんばいの魔物なども多数いる。そういった、魔物の攻撃は、下段に相当する。
下段からの攻撃に対しては、盾を思いっきり前に構えると対処しづらくなる。
上段からの攻撃に対してはもちろん遅くなるが、あらゆる攻撃に構えるために、どの方向でも即応できる位置に左手は留めておく。
ここ1週間の戦闘で、それがベストだと判断した。
一方で、セオーレは右剣を前に突き出し、左剣は肩の高さに構えた。これは防御ではなく、立て続けの攻撃を意識した構えだろう。
「セイッ!」
セオーレの右剣からの一撃を私は、ユピテルの刃で受ける。
膂力の強化をしていないため、かなり押される。が逆手で受けてるため、押されても、位置をずらせば後ろに流すことができる。
セオーレの右剣の力に逆らわないように、大きく出た柄に引っ掛けながら引きつつ、滑らせて、私自身は前に踏み出した。
踏み込みに合わせるように左手の突きが来るが、それは前傾姿勢になることで避ける。
(膂力を強化していない私の一撃は軽いからな)
がら空きの胴は狙わず、前に出ているセオーレの右足の膝を外側から回し蹴り。靴は、鉄芯を仕込んだ特別製で、当然魔力を通している。
「ぐぅッ!」
「お留守のところは全て狙いますよ」
その反作用を活かして、右、セオーレの左剣の外側に移動をしつつ、大脇差でセオーレの指を狙う。
千切れると可哀想なので、峰打ちにする。ただしゴキリ、重めの手応えがあった。折れてはいるかもしれない。
「ってえ!!」
強化をしていない私のパワーで胴を狙ったところでたかが知れている。ならば、少ないパワーで効果の高い、末端を狙うのみ。
「くそったれ!」
さらに遠く、一歩引いた私に、セオーレは体当たりを仕掛けてきた。
セオーレは、タッパが私よりも頭一つ高く、横もひょろひょろな私の倍はある。体当たりという質量兵器で来られたら、逃げるしかないのだが…。
スピードも強化されていない私では、逃げるのも難しい。この僅かなやり取りで、今日の私にパワーもスピードもないことを察したのだろう。
流石に判断が早い。
となれば、こっちは武器で迎え撃つしか残されてないけれど…もしかして、これはダメージ覚悟の上の相打ち狙いなのか!?
両剣を挟み込むように使い、セオーレの右腕をへし折った。しかし、セオーレの勢いに負けて、私は押し倒されてしまう。
「へへへへ。悪いな。今日は体調悪いのか知らねぇが、昨日の恨みを晴らさせて貰おうかな!」
「ふうむ。幼稚なことですねぇ」
「何と言おうが、負け惜しみにしかならねぇな!しばらくはおねんねしててもらうぜ!」
セオーレは、私に馬乗りのまま、左剣を大きく振りかぶって…。
「はぁ…この後は仕事もありますので、寝るわけにはいきません…
「あががががががっ!」
相手の身体を掴み、両手から雷撃を流す。オネンネさせようとしてきた様なので、今度は容赦しないことにした。
セオーレの全身から煙が上がり、ドサリ、と後ろに倒れた。ピクピクと動いているので、死んではいないみたいだ。
「ちく…しょ…また…手を隠して…やがったな」
「セオーレさん、タフですねぇ」
まるで往年のコントのように真っ黒になってると言うのに、震える手で身体を支えて、上半身を起き上がらせてくる。さらには、そこから私を睨みつけてくるセオーレのタフネスに感心した。
「この模擬戦では、私が自身に課した枷を外したので負けです。私としても反省すべきところが多々あります」
「けっ!そんなとこあるのかね!?」
体当たりはしてやられた。セオーレではなく、過日のオークブレイブにやられていたら、あの時の戦闘も危なかったかもしれない。
もっと大きな質量だったら、膂力を上げていても耐えられないかもしれない。要警戒だ。
「来週、再来週は用事がありますので、次は、3週間後によろしくお願いしますね」
「やりた…く…ねぇ…」
「あ、医務室まで連れていきます?」
「くそっ!大丈夫だよっ!自分で何とかする!」
「わかりました。それでは失礼しますね」
さらに何か吠えているセオーレを中庭に置いて、私は部屋に戻ることにした。
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