第43話

セオーレとの訓練も終わり、私はフィニと2人、屋敷を出て歩いていた。


昨日の約束通り、リジーと合流するために魔素材ギルドに向かっているのだ。


「フィニ、どうかしましたか?」

「………付けられ…る」


歩き始めてすぐに、フィニから、何者からか後を付けられていることを告げられた。


私ももちろん最初から追跡があったことを気づいてはいる。貴族街という、人気の少ないところから付けてきたのだ。ひどく目立っていたのだから、当然だ。


ただ、後を付けたり、観察したりするのに魔法的なものは一切、使われていない。その上、動きなり、なんなりも、素人まるだしだったため、気にしていなかったのだ。


何より、追跡者からは敵意を感じない。


昨日、魔素材ギルドで戦うところを見たとか、天恵なしで戦ったという噂を聞いたとか…。話題には事欠かないから、好奇心を持たれるのは仕方ないことだろう。


はぁ、と嘆息したら、フィニがちらりとこちらを見てきた。


「……ハル様…どうする?」

「悪意も敵意もないみたいですから、こちらから声をかけてみますか?」

「……うん……任せる」


後ろを振り返り、私を見張っている誰かが隠れている角を曲がる。


私が、急に引き返してきたことに驚いたのだろう。追跡者は、慌てていることを隠すことすらままならなかったようだ。


「あ、の…そ、の…」


追跡者は私より少し年下の少女だった。


そして、こうして私に姿を見られたとしても、逃げようとはする様子もない。それどころか、おずおずとこちらに声をかけてきた。


「クリスにぃ…その…元気だった?」


少女を観察すると、頭に大きな花を載せていて、髪の毛はキレイな翠緑である。表情には、恐る恐るといった雰囲気が出ているが、黒目が多いどんぐり眼には、若いエネルギーが潜んでいるのがわかる。


私の知己ではないが、顔は知っていた。私の知っているのは、今よりも少し幼い顔だが…。しかし、先日の夢で見たばかりなのだから、ピンと来るに決まっている。


「ええと、ポピーですか?」

「そ、そうだよ!ボクだよ!っていうか、その変な喋り方、どうしたの?」


やはり、合っていたようだ。


夢で見た少女の顔と名前、それが一致するということは、あの夢で見たことも、アザレアの夢と同じく本当にあったことなのだろうな。


一応、裏を取るために、屋敷で夢とクリスの日記と突き合わせてみたのだが、そちらにも、整合しそうな記録があった。


そして例の、廃屋に監禁している諜報員から引き出した情報とも、一致している。もはや、疑う余地もないだろう。


「いろいろとありましてね」

「そう…そうだよね。その…ボク………」


だが、彼女が本当に、あの夢に出てきたポピーだとすると、少々ややこしいことになる。


監禁している諜報員によると、彼女はクリスの元から無言で去ったのは、アザレアから仕事を投げられたかららしい。


本来なら王女から仕事を受けるなどというのは、とても名誉なことだ。しかし、これはもちろんクリスから、ポピーを遠ざけるための方便である。


クリスは、そういった事情を知ることはなく、ポピーに絶望したまま命を絶っている。


(そのことを伝えても良いのですが…それだと余りにも彼女に対して残酷だと思うのですよ)


すでにクリスは亡くなっている。だからクリスがポピーに対して何を思っていたか、真実を知る方法はない。


ましてや彼女は、アザレア王女やグラムスの被害者とも言える。それなのに、敢えて、真実を伝えて苦しめることに意味なんかないだろう。


ポピーがいずれ接触してくることは想定していたので、私は昨日、諜報員から真相を聞いてすぐに一計を案じている。懐から封をした手紙を取り出して、ポピーに渡す。


「ポピー、貴女に渡すものがあります」

「は?クリスにぃが、ボクに?というか、この手紙は一体なんなんだい?」

「貴女宛ての手紙です。それでは私は用事があるのでこれにて失礼しますね」

「え?え?ちょっと、待ってよ、クリスにぃ!用事って何なの?久々に会ったんだから、ボクと話くらいしようよ!ねぇ、もしかして3年前のこと怒ってるの!?」


まるで、捨てられたような顔をするポピー。申し訳ないこと、この上ない。しかし、私はクリスではないからどう答えることもできない。


「とにかく、私は魔素材ギルドにいます。それ以上は今、お話できません。その手紙を読んでなお、私とまだ話をしたいと思ったら来て下さい」

「で、でも…」


まだ言い募るポピーを手で遮り、私は話を続ける。


「1時間だけ待っています。1時間を過ぎてもこなかったとしたら、貴女は話をしたくないと判断して出発します。それでお別れとしましょう」

「な、なんだか良くわからないけど、この手紙を読んでから、魔素材ギルドに行けばいいんだね?わかったよ、1時間以内に行くからね!クリスにぃ絶対に待っててよ!」


時間も惜しいのかその場で封を切って、手紙を読見始めるポピーを残して、魔素材ギルドに向かう。


「…ハル様」

「こうしたことで、彼女がどう出るかわかりませんけどね…しないよりはマシかと思っています」

「……第3夫人?」

「…いや、するつもりなら、こんなことしないでしょう?フィニ…どうしてそんな話に…」


☆☆☆☆☆☆


「で、ハルさん、そのポピーさん?に宛てた手紙にはどんなことが書いてあったんですかぁ?」

「簡単です。あれはです」

「遺書ぉ?」

「ええ。ポピーに宛てた遺書です」


私は、魔素材ギルドに併設されている食堂のテーブルに、リジー、フィニと3人で向かい合って座っていた。出立前に軽く腹ごしらえをしながら、リジーに先ほどあったポピーとのことを話した。


「しかし、クリスさんの遺書なんてものがあったんですねぇ…」

「ないですよ?」

「ええええ!?どういうことですかぁ?」

「ポピーに渡したのは、私が、日記に書かれたクリスの筆跡を真似て作った偽の遺書です」


第1門の魔法と第3門の魔法を組み合わせれば、筆跡の偽造なんぞ簡単に出来る。しかもプロの鑑定士や機械すら騙せるレベルでの偽造が、だ。


「クリスはこの世におらず、ポピーはアザレア王女のせいで無理やりあのような行動をさせられています。そこでクリスが絶望したまま逝ったという真実をポピーに伝えても、彼女を苦しめる以外の効果はありませんからね」

「……たしかに…それは…そうですね」


要するに、優しい嘘、というやつだ。そもそも真実をポピーに伝えたところで得をするやつが居ないのだから、する意味などない。


私はリジーに向かって3本の指を立ててみせた。


「遺書の内容としては、3点あります。1つ目として、たまたま『アザレアのいじわる』で、ポピーが遠ざけられた理由を知ったこと。次に、だからポピーを恨んだり怒ったりはしていないこと」


説明に合わせて、2本の指を折っていくが、ここまでの話は完全に作り話だ。最後の3本目の指を折りながら話を続ける。


「最後にそして自分はアザレアに復讐するためにこれから自殺をして、私を肉体に宿すつもりということ。この3点です」

「…最後ホント…だけど……2つウソ」

「ええ。最後は嘘を付く理由がないですからね」


フィニがボソリとツッコミを入れてきた。


「ポピーさん、来ますかねぇ〜」

「どうでしょう?クリスではない私と話しても何も得られないですからね。理屈としては来ないでしょうけれど…感情的には、もう1度会いたいとはなるかもしれませんね」


感情を満足させるだけ、というのも理由として充分である。そう思ったそのとき、背後に誰かが立っている気配を感じた。 


振り返れば、例の頭に花をつけた少女が、もじもじという感じで視線をキョロキョロさせている。


「ええと…その…来たよ」

「ポピーさん、いらっしゃいましたか」


そこには、まだどこか迷いを見せる花女族アウラウネの少女ポピーが立っていた。

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