第44話
「クリスにぃの…遺書…読ませて貰ったよ」
ポピーはそう話を切り出してきた。血が出そうなほど強く握りしめられた両手からは、彼女の決意が伺える。
あるいは、悔しさ、悲しさ、様々な感情が溢れないように堪えているのか。
「キミがクリスにぃなのは見た目だけ。中身はクリスにぃではないのは、よくわかったよ」
「そうですか。それで…」
私は強めの視線で、ポピーに目を合わせた。それだけで、ポピーは肩をビクリとさせ、足も小きざみに震えている。
ポピーが、私に怯えているのは、よくわかる。異世界から呼び寄せて、親しい中の人間に入り込んでいるのだから、当然だろう。
だが、彼女は一歩も脚を引かない。手は強く握りしめたまま、目線も逸らさない。そこまでしてでも、勇気を振り絞らなくてはいけないほど、私に聞かなくてはいけないことがあるのだろう。
「それで、そこまで私に怯えながらも、ポピーさんは何を聞きにここに来たのですか?」
「キミは…クリスにぃの身体を使って、何をするつもりなの?…仇を取ってくれるの?」
「それを聞いてどうするんですか?」
「もし…もし、キミが、クリスにぃの身体を乗っ取っただけで逃げ出すつもりなら、ボクは許さないつもりだよ!」
なるほど。約束通り、クリスの目論見通りにこの身体が使われるか、不安なのか。足をがくがくさせながらも、私にそれを問うとは、ね。
「ホピーさん、安心して下さい。私は、クリスに呼ばれた理由を果たすつもりです。つまり、アザレアに対してきっちりと復讐をします」
「そ、そうなの?」
「ええ。そのつもりです。ちなみにグラムスにはすでに復讐済みです。それで、少しでも、ピピさんの弔いになれば良いのですが…」
私がいとも当然のように答えたので、拍子抜けしたのだろう。ポピーは身体から力が抜けたように、隣の椅子に座り込んだ。
「あの乱暴者のグラムスを、もう懲らしめたの?でも…でもさ。こんなこと言ったボクが聞くのも変だけど、キミがわざわざ、その約束を果たす理由はないでしょ?」
「ありますよ」
「それは、どんな理由なんだい?」
「義理、ですよ」
ポピーは、私の返答が予想ハズレだったのか、ひどく訝しげな顔をしている。
「もしかして、ポピーさんは、私が何か極悪人か何かだと思っていませんか?」
「極悪人かどうかはともかく。だって、いくら呼ばれたからって身体に乗り移れるなんて…その…普通じゃあないもん…」
それはそうか。普通の人間が身体に乗り移るなんて出来ない。となれば、何らか人智を超えた存在と考えるのは自然である。
「普通でない、という意味では合っていますよ。私は元いた世界では神の一柱でしたから」
「か、神様!?」
「ええ。まぁ神と言ってもなり立ての、下っ端でしたから、ほかの神に肉体を滅ぼされました。そして完全に滅ぼされる前に、精神だけで逃げ出したのです。そうして世界の狭間を彷徨っていた私に、結果としてクリスは肉体をくれた訳です」
言わば、クリスは恩人なのだ。もちろん、クリス自身の動機は私に貸しだとか、恩とか、そうしたものではないにだろう。
だが、そもそもとして、受けた恩恵について、私がその義理を果たすのは、普通の精神性なら、当然の思考ではないだろうか?
クリスは私の召喚はしたが、もちろん何らかの契約をしたわけではない。
だから、絶望的に達成が困難な、どう努力しても達成する見込みがないようなことなら、義理や恩とは言えど、逃げ出す選択肢もあるだろう。
だが幸いにも、私なら簡単に達成可能な依頼だ。
そして、たまたまだが、私がこの頂いた身体の環境を探る中で、クリスの境遇を知った。その境遇に、私は同情をしている、ということもある。
クリスに身体を貰った恩。私ならば、達成可能な話であること。そして、クリスに同情したこと。
そのあたりの理由があれば、私はクリスに代わってアザレアに復讐を果たすのに、充分な動機があると言えるだろう。
「だから、そのクリスに対して、相応の礼は必要でしょう?神でなく人の身だとしても、そんなものではないですか?」
「それは…そうだけど…その、キミは、アザレアの常識外れた強さを知ってて言ってるのかい?」
「ええ。もちろんです。先ほど申し上げた通り、私は元神だったのですよ。あの程度、神には遠く及びません」
「そ、そうなのかい!?それは本当かい?」
「そうですね。あと3週間もあれば充分ですね。このクリスに貰った優秀な肉体で、アザレアに大きな屈辱を与えます」
「そうか…可能なんだね」
目線を伏せ、少し考え込むような仕草をしたポピーは、やがて決意が固まったのだろう。再度、私に視線を向けてきた。
「ボクも…アザレアへの復讐、協力するよ」
「ポピーさん、アザレア王女に復讐することの意味はわかっていますか?『王女』なんですよ?」
「大丈夫。アザレアの意地悪で外国に飛ばされた間に生活の拠点も作ったからね。復讐果たしたら、さっさと逃げるだけだから、カンタンさ」
「だからって、無理しなくて大丈夫ですよ。先ほど申し上げた通り、もう算段は立っていますから」
「違う!違うんだ!」
拒絶するように大きく首を振るポピー。振られる頭に合わせて、髪の毛の隙間から生えている葉が、何枚かハラリと落ちた。
「ボクは復讐したいんだ!クリスにぃの仇を討つために協力させてほしいんだ!お願いします!」
真摯な目で私に訴えかけるポピー。
ポピーは、これまでクリスの味方をして、孤立したり、損をしたりすることもあっただろう。
それでも、未だにクリスの味方であろうとする真摯な少女を無下にもできまい。
全てを理解した上でも、アザレアに復讐したいならば、その気持ち、ぜひとも汲んでやりたい。
私は下ろされているポピーの両手を掴み、そして正面から、告げた。
「
「へ?」
「偶然だかわかりませんが、私の本当の名前です。これからは同じ目標を持つ仲間でしょう?気軽にハルと呼んでください」
「……うん。じゃあ、ボクのことはポピーって呼び捨てにしてよ!何かクリスにぃの顔で、さん付けされると変な感じするし」
「わかりました。ポピー、よろしくお願いします」
ポピーは深く頷いてから、ギュッと、私の手を握り返してきた。それはそれは復讐などという後ろ暗いことをするとは思えない晴れやかな表情で。
「わかったよ!改めてハルにぃ、よろしくね!」
復讐をするまで、と一時的ではあるが、こうして新しい仲間を得ることになった。
☆☆☆☆☆☆
「ところでさ、改めて、あのアザレア王女だよ?ハルにぃが復讐をする、という気持ちを持ってるのはわかったけど、そんなことできるの?」
「そうですね…心配なら試してみます?」
「試す?どうやって?」
「あれです、あれ」
後方を親指で指す。その先には一人の大柄な騎士がこちらに向かって大股で向かってきていた。
「え!?ちょ…彼は…!」
彼も、クリスの復讐対象の1人だ。アザレアからの命令で、毎度クリスを痛めつけた親衛隊の少年、レシア。ニヤけた笑みを浮かべながら、それはそれは嬉しそうにしていたのを覚えている。
「あんなんなら、今の私でも片手間で捻れるでしょう。アレもそういえば復讐対象でしたから、折角なのでボコボコにして差し上げます」
「ほう。クリス。そんな大言を吐くとは…貴様、夏休みで見ない内についに頭がイカれたか」
振り返ると、そのレシアが、私の席の後ろで、サディスティックな笑みを浮かべて立っていた。
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