第45話
「ああ。なんでしたっけ?アザレアとかいう性悪女の金魚の糞でしたね。今日は親玉の金魚と一緒じゃないんですねぇ」
私がアザレア王女のことを含めた悪口を言い放ったため、ポピーはギョッとした顔になった。
しかし、私の側にいるフィニもリジーも、平然としているのを見て、「え?ちょ?」とかモゴモゴしていた。
もちろん、レシアは目を血走らせ、頭に血管を浮かべるほど、わかりやすく怒りを露わにしてくる。
「貴様ァ!言うに事欠いて、自分が何を言っているのか、わかっているのか!?」
「金魚の糞さんも、ここが、どこだか、良〜く考えた方がいいと思いますよ?」
魔素材ギルドについては、調べがついている。
山を超えたド田舎にあるこの国に、魔素材ギルドが王都ジーナスに支部を出したのはここ数年という、極めて最近だ。
だが、国側の要望で出した支部だが、ディアンデス王国との関係はあまり良くない。いや、険悪と言ってもいいだろう。
というのも、セオーレが武術系の天恵でなかったように、魔素材ギルドでは当たり前に、武術系天恵以外の人間が活躍している。
そのため、それを隠したいディアンデス王国とはかなり折り合いが悪いのだ。
魔素材ギルドとしては、ここはそれなりの魔素材が手に入る場所ではある。しかし、それをチャラにするほどに、ディアンデス王国とのやり取りが面倒なのだ。ぶっちゃけ撤退してもそこまで困らない。
ディアンデス王国としては天恵のことは広められたくないが、魔素材の取り引きはかなりありがたい。
門兵に、国の人員と税収の確保を割くディアンデス王国は、魔素材ギルドの傭兵がやるように、魔物を積極的に狩りにいくことがほとんどできない。
門兵は飽くまで受け身のため、それほどの数をこなすわけではないのだ。
そんな訳で、実績値8800の私と、この国の面倒くささの象徴であり、武術系天恵以外を見下すことで有名な王女に、べったりの騎士。
魔素材ギルドがどっちの味方をするかなど、考えるまでもないだろう。
現に、周りの
レシアも自分がアウェイのことを理解したのか、騎士にあるまじき下品な舌打ちをした。
「魔素材ギルドのクソどもめ。俺のような神から選ばれた天恵を持つものに対して無礼過ぎるぞ!」
「天恵しか誇ることがないんですかね。仕事らしい仕事もせずに、あの性悪王女の尻を追っかけ回すだけのダダ飯ぐらいで、この木偶の坊は?」
「木偶の坊は、天恵なしの貴様だろうがっ!!!」
そう叫んだレシアは堪忍袋の緒が切れたのだろう、唾を飛ばしながら、拳を振りかぶってきた。
使った魔力は確かになかなかのものだ。恐らくバンラックといい勝負が出来るだろう。
だが、それだけだ。私は、ブレイブオークとの戦いを経て、バンラックの次元はとうに超えていた。放たれた拳を掴み、私は悠然と立ち上がる。
「流石。木偶の坊は、こんな見え見えで、ショボい不意打ちがせいぜいみたいですね」
「クリス…貴様…一体…」
掴まれた拳を少しも動かせないことに、レシアは信じられないものを見るような顔をした。
これまでのクリスなら、拳を受け止めるなんてありえないからだ。ましてや受け止められた拳が万力のような力で少しも動かせないなど、レシアの常識からは考えられない。
「ほら。あちらに広い場所がありますから、そこでたっぷり痛めつけて上げますよ。あ、もしかして不意打ち以上は何もできませんか?怖かったら、お城に帰って、あの性悪女のスカートに頭突っ込んで泣いてていいですよ?」
☆☆☆☆☆☆
「降参と自らの口から言うまでか、あるいは気絶か死亡した場合にのみ試合が終わります。両者ともよろしいですね?」
魔素材ギルドの受付のお嬢さんに、中庭を使わせてほしい旨を告げたら、審判まで申し出てくれた。
恐らく、ギルド側もこの騎士に思うところがあるのだろう。降参と自らの口から言うとはつまり、審判が止めないよ、と宣言しているのとほぼ同義だが…。
「掛かってこっ!?」
開始の合図とともに加速の魔法を使い、距離を縮める。そして、ユピテルの護拳で顎を狙ったアッパーを打ち込む。
「ッア!?」
メキョメキョと顎の骨が折れる音がする。続けて、アッパーで踏み込んだ右足を軸にして、左足を使った後ろ回し蹴りで、再度、顎を狙う。
横合いからの顎への痛打により、砕けた骨が完璧に外れた。
三度、ユピテルの護拳で、今度は正面から、口を狙う。すでに、かなりのダメージを受けたところへの痛打。バラバラと歯が吹き飛び、頬は裂け、顎は完全に潰れ、レシアの口から下は形をなさなくなっていた。
そこで、加速の魔法が切れる。
「よしよし。これで降参が言えませんね」
「ッッッッッ〜〜!?」
王女付きの騎士が圧倒される戦いを見ても、魔素材ギルドの傭兵たちは落ち着いたものだ。恐らくは昨日の戦いを見ていた傭兵たちだろう。
ならば、彼らからすると、この結果は、予想外ではなく、予想通りだったはずだ。
「おお、やっぱりあの細身の兄ちゃんの勝ちだな」
「今日の酒代は頂きだな!」
すでに賭けの対象にもなっていたらしい。
戦う人材を揃える魔素材ギルドは、国の主な人物の戦闘能力も分析している。
セオーレはかなり高い評価の戦士だった。動かせる魔力量は、グラムスと大差ない。しかし、そんなことは魔力視が出来ない大半の人間にはわからないことだ。
シンプルに、積んだ技量と経験で、魔素材ギルド側の評価では、レシアと互角か、勝る程度という評価だったようだ。
私は、そのセオーレに圧勝したのだ。魔素材ギルド側や昨日の戦いを見た傭兵たちは『私が勝つに決まっている』という予想をしていることだろう。
「あの、自称天恵なし、やっぱりヤバいなぁ」
「『双剣の遣い』が瞬殺だったって聞いたけど、あのスピードはマジだなぁ」
「本当のところはどんな天恵なんだろうな?」
「
「ありえそうだな」
勝手な傭兵たちの憶測を私は無視して、レシアを〆にかかることにする。
痛みに立ち尽くすレシアに足払いをかけると、抵抗も出来ず見事にすっ転んだ。状況を理解できないレシアが起き上がる前に、素早くマウントポジションを取る。
パワー、スピード、反応速度、全てが勝っている上に、こっちはマウントポジションなのだから、レシアに勝ち目があるわけない。
必死の反撃は全ていなし、こちらの拳は全て届く。まぁ、魔力差が大きくて、単なる拳は当たっても効果がない。魔物に、魔力の通らない武器が効かないのと、同じ理屈だ。
そもそも天恵にかまけて、ろくに体術も鍛えてなかったのだろう。レシアの天恵は神官騎士。治癒魔術を使える上に、メイスなどの鈍器や盾の扱いに長けるというオールラウンダーだ。
しかし拳闘の技術はない。だから、レシアの拳は力任せで、技術も何もないのだ。
必死に自らに回復魔術をかけて、傷を治そうとするが、完璧には治らない。
「ほうはん!ほうはんだ!」
「ほうはんって何ですかぁ?」
「へぶっ!?」
恐らく降参と言うレシアを無視して、顎を殴る。度重なる殴打で、レシアの顎は、皮膚から骨が飛び出して、原型を留めないほどに砕けていた。
ここまで、酷いと治癒系統魔法の第8階位にあたる
こっちの世界の天恵で実現しようとすると、アザレアと同じくらいの魔力を使う天恵でないと回復出来ない。
「仮に降参だったとして、私が止める理由ありますかね?私がこれまで、あなた方にいくら許しを懇願したかと思っていますか?あれだけのことをしたあなたが、この程度の傷と痛みで許されると思いますか?」
敢えて折れた顎を叩き、殴り、気絶しそうになったらこっそり、雷で刺激して起こしてやる。
「ゆるひて…ゆるひて…ほめんなはい…」
「断ります。まだまだ地獄はこれから続きますよ」
「ひうわーーー!?」
私の宣言に、ガクリと気を失うレシア。受けたダメージが深すぎるのか、雷で刺激してももう目を覚ますことはなかった。
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