第46話

気絶したレシアは敢えて放置して、予定通りの魔物狩りと、右手に持つ武器の素材探しの旅に出ることにする。


武器の素材は、ここから北に5日ほど行ったところにあるハコベ村、というところの、北の森にある洞窟から採掘できる。


魔物は同じく北に住むという竜を狩る予定だ。アザレアが過去に、北の地で竜を狩ったというので、調べてみたら、どうやら生息地らしい。


フィニとリジーは、私から目的地を聞いているからか、黙々と旅に出るための最終確認をしていた。


今回の旅は3週間かかる予定だ。そして計画では、帰ってきたときには、アザレアを圧倒できる戦力になっているはずである。


「あの…ハルにぃ?」

「どうしましたか、ポピー」

「ボクもさ、その、ハルにぃたちに着いていってもいいかい?」


上目遣いで、伺うように聞くポピーの姿は、クリスの夢に出てきた記憶のポピーと同じだった。


(はぁ…そもそも私をハル『にぃ』と、呼んだことから気づくべきでしたね)


私は内心でため息をついた。別に、問題ないと言えば問題ないのだが、この少女は私への警戒を簡単に解き過ぎではなかろうか?


何だか面倒なことになる予感がする。私がクリスでないことを理解しつつも、どこかに『クリス』を求めているのかもしれない。


しかし、そこで私はクリスでないと理詰めで再度説明しても意味がないだろう。彼女も、知ってはいて、理解はしてても、感情が納得してないのだ。


感情の在り方を、理詰めで説いたところで効果は薄いだろう。ま、いろいろと考えることは諦めて『人懐っこい性格なのだろう』と勝手に解釈を足して話を続ける。


「着いてくるのはもちろん構いませんよ。しかし、ポピーは、私たちが、これからどういうことをするか、わかっていますか?」

「細かくは知らないよ。でも、魔素材ギルドの傭兵なんだから、当然、魔物を倒しにいくんでしょ?」

「え、ええ。それはそうです」

「それなら、ボクの天恵、農園ファームは絶対にハルにぃたちの役に立つよ!」


農園ファームは、クリスの記憶によると、望むときにいつでも繋がれる異空間を作り、そこに農園を作ることが出来る天恵だ。


農園があるということは、それだけの空間があるということだ。空間があれば、別に農園として使わなくてはいけない、ということもあるまい。


確かに、ポピーからは、空間操作を司る第2門の魔力の動きを感じる。


「なるほど。魔素材の持ち帰りですか」


前回は、オークブレイブの魔素材を手押し車で持ち帰ってきていた。持ち帰れる量に限りがあるし、かなりの荷物になるので、帰り道の警戒が行きよりも必要になる。


ポピーの天恵があれば、そうした、苦労が一切、不要になる。そもそも持ち帰れる許容量も、手押し車の比ではないだろう。


「それだけじゃないよ!ボクの農園は

「あ…もしかして…」

「そう!野営なんかは、準備も不要で、ものすごく楽にできるよ」


☆☆☆☆☆☆


「ボクの農園へようこそ!」


ポピーが手をひねる動作をすると、目の前に扉が現れた。


ポピーに続いて扉を潜ると、中はキレイに四角く切り取られた1ヘクタールほどの畑になっている。畑のさらに向こうは真っ暗になっており、触ってみると見えない壁がある。


空の色は不思議と外と同じで、目の前に広がる畑は陽の光で照らされていた。


畑の角には、小屋?いや、屋敷とも言える大きめな一軒家と、その横には井戸のようなものまである。至れり尽くせり、いくらなんでも便利過ぎるだろ。


「確かにこれは便利ですねぇ」

「へへへ。でしょ?」


ポピーによると、空間には許可した者しか入れないらしい。元々、空間自体がポピーの天恵で出来たものなので、それくらいは簡単なことなのだろう。


さらに扉は、ポピーの任意で出現・消滅を自由にさせられる仕様だ。もしも入る途中に扉を消滅させたら、ポピーが望む方に弾き出されるらしい。


(この天恵…空間操作系統の魔法と…地面は植物創造操作系統、そして井戸は水操作系統、さらに光闇系統の4系統が組み合わされていますね)


つまり、ポピーは、すでに4つの門が開いている訳だ。大半の天恵は2つの門で、3つ以上の門が開くのは強力な天恵が多い。


植物操作系統は限定的で、中では育成がかなり順調になり、害虫も一切つかない…そんなところか。天候や気温は外気の影響を受けていそうだ。


ただ風は外気の影響ではなく、この空間に限った対流しか起きないだろう。


(土も…これは植物操作系統で、植物を枯れさせて作った腐葉土で出来ている…なかなかに上手な魔力の使い方です)


天恵ではなく、空間操作系統と植物操作系統、水操作系統、光闇系統を駆使して作れば、確かに天候や気温の調整、入れる人間の選定まで出来るだろう。


水も井戸と温泉の2系統作れるだろう。


(おっとおっと、これはいけない。そんなことを考えていても埒が明かないですね)


急速に距離を詰めてきた少女に、何だか思い入れをしてしまっているのだろうか。あるいはクリスの記憶が混じってきて、知らぬ間に私の精神がクリス染まってきているのか。


あるいは両方なのか。


(ポピーとの協力が、いつまでかわからないですからね。肩入れをしてもよくないし、こっちの手の内を明かしすぎるのも、良くないかもしれませんね)


「………家…使ってよい?」

「もちろんさ!ボクの部屋以外にもいくつかあるから、好きな部屋を使ってよ!」


フィニとリジーは、その言葉を待っていたかのように小屋に入っていった。


続いて小屋に入る。中はそれなりに広く、入り口にはリビングらしき広間があり、後方にほかに続くだろう廊下が見える。


廊下からは、見える限り部屋の扉が3つ見える。突き当りにはキッチンだろうか?もあるようだ。


「ボクの部屋は1番手前だから。2人は、ほかの部屋にしてね」

「………ん」


一番奥の部屋の扉を開けると、中は30平米ほどあり、都内ならこれだけでワンルーム物件として貸し出ししていそうな大きさだ。


「旅路に使える部屋とすれば、破格ですねぇ」


広々としているので、ゆっくり休める。さらにこの異空間にいるなら、夜間の警備も不要だ。


「ゆっくり休めれば、翌日のパフォーマンスも変わります。長い旅を思えば、大きく影響してくるでしょうね」

「だよね。だから、ボクは役に立つよって言ったんだ。着いてきて欲しいでしょ?」


いつの間にか横に立っていたポピーが、得意気にそう言う。思うところはあれど、彼女が有能なのは間違いないようだ。


「これは降参です。ぜひ私たちの仲間になって着いてきて欲しいのですが…取り分は、等分にしかできませんよ?」


暗に、等分ではそっちが割に合わないだろう、と言う。この設備は、旅路と考えれば、王侯貴族が使う施設並みと言えるからだ。


「全然、それでいいよ。ボクほとんど戦えないからさ。その代わりそれ以外では役に立つからさ!」

「わかりました。ではチームのサポーターとして登録しますがよろしいですか?」

「いいよ!ハルにぃ、改めてよろしくね!」

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