第39話
「坊っちゃんよ、もしかして、この前の手合わせのときには手を抜いていたのか?」
「いえいえ。アレから腕を上げただけですよ?」
少しも嘘はついていない。本当に前に鍛錬をつけてもらったときは、手なんか抜いていなかった。
「はぁ!?巫山戯るな!そもそもお前、天恵はなしって話だったよな!?どういうことだよ!天恵なしで何をしたんだよ!?」
−−−−−天恵なし?
−−−−−なんだそれ?
−−−−−そんな訳ないだろ?
セオーレが口を滑らせたせいで、周りがざわつき始めた。確かに、私の天恵がないことを口止めする契約はしていない。だが、だからって、こんなに簡単に口外するとは、ねぇ?
「あははは。教えてもいいですけど、恐らく真似はできませんよ」
「御託は良いからさ、教えてくれよ」
強くせまって来るセオーレに向けて手のひらを突き出した。不思議そうに手の平を見るセオーレの目の前で、魔力を集中させる。
「セオーレさん、今、私が出したこの手のひらに何かを感じますか?」
「何かを感じるって言われてもなぁ。良くわからないが、単にお前の手の平が見えるだけだろ?」
「ああ。残念です。それでは教えることは出来ませんね。諦めてください」
反応からわかっていたが、セオーレには魔力視の才能はないようだ。もちろん、魔力を知覚できなくては、働きかけることもできない。
働きかけることが出来なければ、当然、魔法を使うことも出来ないに決まっている。
「は?そりゃあ、どういう意味だよ!?」
「簡単に言うと、セオーレさんには才能がないので使えないということです」
「じゃあ、お前にはその才能があったと?」
魔力視は精神に起因する。クリスハルの方に魔力視があったかはわからないが、恐らく自分の精神に起因する可能性は高い。
だから才能と言われると、何と言ったらいいのかわからない。
「厳密には、その才能があってさらに天恵なし、だから使える技術ですね」
「なんだそりゃ!何で公爵のお坊ちゃんがそんな技術を知っているんだよ!」
セオーレは私の肩を揺さぶり、問い詰めてくるが、そこまで話すわけにもいかない。
「秘密です」
「ズルいぞ!そこまで話したなら教えろ!」
「何がズルいものですか。いい加減にしてくださいよ。私の天恵がないことを勝手にここで話しただけも怒ってるんですよ。これでも先輩だからと譲った大サービスなんですから!」
「なんだよ!ケチだな」
ケチとはなんだ。こっちは頼まれたから情報を教えてあげたというのに、全くひどい言い草である。
しかし、この言い方、セオーレは、私が子供だからとどこか甘く見ているのかもしれない。あまりこのまま舐められぱなしなのも癪だ。
周りにほかの人たちもいることだから、そういうことをされないように、キチンと釘を刺しておくことにしよう。
「…セオーレさんが山師、そこの弓を持ってるのが弓騎士…」
「は!?へ!?」
「それとその小型盾持ちが祈祷師で、ブロッカーの大盾持ちが荷駄師、ですか」
「な、なんでそれを…」
セオーレが動揺してしまったことで、周りも何のことかわかっただろう。そう、私が話したのは、双剣の遣いのメンバーが持つ天恵だ。
魔力の流れを読むと、どんなことを、どれほど出来るかは、すぐにわかってしまう。またどのような天恵があるかのリストは、あちこちの図書館に置いてある。
だから、第1門の魔法で記憶したリストと、魔力視で読み取った出来ることを突き合わせれば、天恵が何かを読み解くのは簡単にできるのだ。
「それと、セオーレさんは、頭の…これは古傷ですね。これのせいで左足…うーんと、それも膝下だけ天恵の恩恵が少なそうですね」
「はぁっ!?ちょ…!」
こんなことも、魔力の流れを見ることができれば簡単にわかる。セオーレは、頭の回路が一部損傷している。傷自体は回復しているのだが、魔物の攻撃だったのだろう、回路は回復していない。
そして、その回路の流れから下半身、それも左足の膝下だけ恩恵が与えられなくなっている、なんてことも見抜けるのだ。
「私の天恵なしをバラされたお返しです。あとは、そうですね、セオーレさんにケチと言われてしまったので、その通りにして、情報料を頂くことにしましょうか」
「金を取るのかよ!?」
「人の好意に対しての返答で、ケチと返すような人にさらなる好意を示そうとは思いません。そういう考えならば、私も相応に対応するだけですから」
元々はこちらが譲ったのだ。だからこそ、調子に乗って、こっちを軽く見る様な行動は厳格に対応するということを示しておかないとね。
「うぐ…く、すまなかった」
「わかりました。謝罪は受け取りましたが、それはそれとて情報料として…そうですね、3万シデナくらい払ってもらいましょうか?」
「3万シデナ!?私、今、あ、謝ったよな…」
謝って済むかどうかを決めるのは、絶対に加害者ではない。それに、今回の件は、彼女は、はっきりと故意でしている。過失ならば、仕方ない部分もあるが、わざとそうしたのならば、何らかの形で罰を与えるべきだ。
少なくとも、私はそう思っている。
ちなみに3万シデナは、日本の価値で言うと30万円くらいなので、結構な額ではある。
「人をバカにしておいて、謝罪したら、もうそれ以上は何もしなくて良い、と言うのが貴女の考えなんですか?」
「いや、その、な?3万シデナは…その…」
「それが貴女の考えと言うなら、構いません。今すぐ貴女の両腕でも切り落として、謝罪だけですませることにしましょうか」
「ぐ…わかった…払うよ!」
私が剣を抜いて、怒りを示すと、セオーレは漸く引き下がった。
つくづく、この人はかなり図々しい性格をしているな。ま、世の中を生き抜くにはこれくらい図々しくないといけないのだろう。
明日、この人、私に剣を教えるために公爵邸に来るんだよなぁ。また話をばら撒かれても困るので、できる限り情報を与えないように気をつけなきゃね。
セオーレは腰に下げていた袋から、大きめの5000シデナ金貨を出すと、6枚きっちり渡してきた。
「確かに頂きました。まぁ、いずれにしても今後貴女とのつき合いはよくよく考えるべきでしょうね」
「…ここまでして許してはくれねぇのかよ」
「貴女…まだ懲りずに…」
「いや、その…」
もし私が怪力無双の豪傑のようなやつだったら、ここまでしたら、逃げ出すはずだ。それでもまだこんなことを言って食い下がるのは、何処か私を、舐めているからなのだろう。
「これで、今回の件がチャラになっただけです。というか、セオーレさん、私のことをまだどこかで甘く見てますよね?私が子供だからですか?それとも天恵がないからですか?」
「う!いや、すまない。以後気をつけるよ」
「ええ。次、私を甘く見る行動をしたら、警告なしで殴り飛ばしますからね」
周りは私の宣告に、シン…、となった。そして、どこかバカにするような雰囲気があった私を見る目つきが変わった。セオーレを通した脅しが、充分に効いた証拠だろう。
「それに、そうやって天恵に胡座をかいているといつか足元を掬われますよ。ま、もう掬われたあとですかね?」
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