第38話

さらに翌日、私たちは、特に波乱もなく、王都に戻ってくることができた。


狩ったものは、売ればかなり高価な代物だ。ややこしいことは嫌なので、魔素材ギルドに、さっさとオークブレイブの装備を持ち込むにする。


事前に話はつけていて、盾だけはリジーが持ち続けて、残りのほとんどは売っぱらって金にすることにした。


迅速に持ち込んだのだが、やはり騒ぎにはなってしまった。しかし誰かが何かを言う隙も与えずに、さっさと買い取りの受付まで持っていく。


「こ、これオークキングの装備?いや、待ってください。鑑定師を呼んできますね」


受付にいた中年女性が、ドタドタと後ろに下がっていき、すぐに眼鏡を着けた老境に差し掛かったあたりの男性を連れて来る。


事情を話していないのか、女性に引っ張られてきた男性は困惑顔だ。


「おいおい。なんだ、なんなんだよ?」

「この武器を見てほしいのです」

「あん?これか?」


中年女性に促されて、オークブレイブの、鉈のような剣をじっと見ていた男性だが、しばらくして顔色が変わった。


「こりゃあ、オークブレイブの剣だな。実績点が8500の化け物だ。誰がやったんだ?双剣の遣いの連中か?」

「こっちの3人です」

「見たことねぇやつらな。もしかして、ジャイアントキリングってやつか?」


中年女性がこくこく頷き、私たちのギルドカードを男性に見せた。


「登録したてが2人か。なるほど…ね」


ちなみに、実績点は、狩った数ではなく、戦った中で最も強い魔物や群れの得点で決まる。実績点というのは、この傭兵が、どれだけの魔物に対処できるかどうか、を知りたいからだ。


つまり、私たち3人はこれまで実績点があったリジーも含めて8500点となる。中年女性に呼ばれた男性はガシガシと頭を掻いてから、私たちを見る。


「そこの双剣のにいちゃん。あんたの立ち振る舞い見てりゃあわかる。あんたが狩ったんだろうよ。だけどな、ここのルールで狩った魔物と実績点の差がデケェと確認の作業が必要になるんだ」

「妥当ですね」

「同じく実績点9000前後のやつらと戦ってもらって能力を確認してもいいかい?」

「もちろん構いませんよ。実績点が0の新人のことを無条件で信じたりしたら、むしろあなたたちの仕事を疑いますよ」

「そうか。話が早くて助かる。ちと、待っててくれや。今日は街中にやつらがいたはずだからな」


そう言われたので、ギルドの建物内にあるテーブルに座って待つことにした。待っている間は、ギルド側が美味い紅茶を出してくれる。30分ほど待つと先ほどの男性が再び声をかけてきた。


「お前ら、待たせて悪かったな。こっちが実績点8800のチームだ」


そう言って男性…聞けば、この王都支部の長みたいだ…が紹介してきたのは、先日、剣術の教師として紹介された、セオーレだった。


後ろには3人男性がいるが、恐らくチームのメンバーなのだろう。


「おっと、若手がジャンアントキリングしたって言うから来たが、なるほど坊っちゃんのチームか」

「なるほど、実績点が8800のチームとはセオーレさんのチームのことですか。今日は、よろしくお願いしますね」


セオーレと3人の男が集まるチームは『双剣の遣い』と言うらしい。名前からして、双剣使いのセレーネを中心としたチームのようだ。


今も、セオーレが3人の男にいろいろと指示を出している。


見る限り、重装備のブロッカー、軽装備で弓矢を持っているシューター、もう一人小型盾を構えた男はスカウトという身軽さは感じないので、サポーターだろう。


(リジーは双剣使いのセオーレとシューターの攻撃を凌ぎつつ、ブロッカーも足止めして下さい。フィニはリジーのサポートに入って下さい)

(……ハル様……?)

(私はあの小型盾の男から仕留めます。恐らくサポーターですので、周りは守ろうとするでしょう)(………不意打ち?)

(ですね。初手で不意を突いてサポーターを行動不能に。次にシューターの順ですね)

(………ん…)


次にリジーに目配せする。リジーが、少し不安な表情をしていたので額に軽くキスをする。


(ハっ…ハルさんっ!もうっ!)

(リジー、緊張しすぎですよ)

(だって、私、3人も抑えられませんよぉ…)

(昨日教えた防御魔法を駆使すれば、余裕だと思いますよ。それどころかセオーレくらい下せると思いますよ。信じて、任せます)

(ハルさんズルいですよ、その言い方…わ、わかりましたぁ。ガンバリますぅ)


リジーは、尻尾の先の1メートルほどにも装甲を着けている。両手だけでなく、第3階位で強化した肉体による尻尾の攻撃は、魔物には通じないが、そうでない人にはかなりの威力を出すだろう。


人が、足で攻撃しようとすると、体勢などを気にする必要がある。しかし、それとは異なり、リジーの場合は尻尾で攻撃しても体勢は崩れない。


攻撃手段として計算すると足ではなく、手がもう1本あるのと同じなのだ。


また蛇の下半身だから、バランスがよく、倒されることも少ない。その難攻不落なリジーの後ろから、フィニが魔法で牽制するのだから、かなりやりづらいだろう。


「さて、坊っちゃん、悪いけど、この前の能力が限界ならば厳しい戦いになりますよ」

「なるほど!それは胸を借りるつもりで頑張らせて貰いますね!」


セオーレは先日の能力しか知らない。しかし私はオークブレイブを吸収したお陰で、魔力濃度は飛躍的に上がり24.99%となっている。


なんでそんな数値かというと、25%からなる中位精霊の魔力密度が関わってくる。何と中位精霊は低位精霊の10倍の密度があるのた。


だから%で言うと低位精霊における250%になるまで上がらなくなる。250%まで魔力が貯まると中位精霊へと『羽化』する訳だ。


オークブレイブのお陰で、今は恐らく100〜120%までは貯まっている。中位精霊になる日も遠くはあるまい。


「お前…嫌な感じだな…」

「そうですか?私は新人ですよ。偶然、運良くオークブレイブを倒せただけです。真剣にやったら大人気ないですよ?」

「そういうところが嫌なんだ。奥の手を隠し持ってるヤバいやつはそういうことを平気で言う」

「イヤだなぁ〜そんなことありませんよ」


王都支部長が、ぬ、と間に顔を出してきたので、会話が止まった。初めて使う魔法だからな、小賢しいマネをしたが、時間は取れた。


「双方とも、そろそろいいか?」

「ええ。お願いします」


私がそう肯定の意を口にすると、セオーレも鷹揚に首を縦へ振った。


「では、始め!」


私もリジーもフィニも、話している間に強化魔法は使用済みだ。リジーとフィニはすでに第3階位まで強化が出来るようになった。グラムス程度ならすでに互角の力量はある。


そして私は…魔力濃度が飛躍的に上がった影響で、出来ることが、また増えた。少し時間はかかったが初めて使うにしては上出来だろう。


(第1門、第3門、混交真階位オリジン加速アクセラレーション


第1門と第3門は、ようやく真階位オリジンを使えるまで開くことが出来た。この身体は、本当にこの2門に対しての適性が高すぎる。


今使った魔法は、地球に居た頃から、もしこの領域にたどり着くことができたら使おうと構想していたが、結局、果たせなかった魔法だ。


神経を加速させて、体感時間を5倍にする。そしてほかの速度上昇や肉体強化の魔法と組み合わせることで、その中で、私だけ普通の速度で動けるという反則技だ。


この魔法があれば、天使たちにも遅れを取らなかっただろうに…悔しいなぁ。


全力で踏み込む。


魔法の影響で、水の中を動くような速度に見えるセレーネと、固まっている様にしか見えない盾役の横を簡単にすり抜けられた。


そして、盾を構えたサポート役らしきの男の前に、妨害もなくあっさりとたどり着く。


「!!!」


斬り殺してもあれなので、ユピテルの護拳で腹を一発。サポーターの男は反応すらできず、後ろに吹き飛んでいった。3メートル飛び、5メートルほど転がると、ピクリとも動かなくなった。


そこで魔法の効果が切れて、時間が元に戻った。この魔法は強力だが、とにかく効果時間が短い。身体への負荷が高く、長く使うと指数関数的に魔力をバカ食いするようになる。


私の体感で5秒が効率的にもちょうどいい。神力まで手に入れても10秒使えるか。


「ちぃ!」


吹っ飛ばされてから、ようやく味方の惨状に気づいたセオーレは、舌打ちをした。


そして、セオーレは、私ではなく近くにいるリジーに攻撃を仕掛けようとする。私は距離があるし、まずはリジーを戦闘不能にすることで、数の優位性を得るためだろう。


だが、近づこうとするセオーレに、リジーは鋼鉄で覆った尻尾を振って牽制した。空振った尻尾が地面に当たると、轟音がして、直径1メートルほどのクレーターが出来る。


「あっ…ぶなっ!」

「させませんよ!」


セオーレが飛び退いたところに、今後はリジーから一気に距離を詰める。飛び退き中のため空中にいてセレーネが反応出来ないところをリジーは、オークブレイブの巨大な盾で、殴りつけた。


「ぐぅっ…とんでもねぇパワーだな!」

「……スキあり…高速飛礫マシンガンスロー…」


フィニが小声で魔法を唱える。リジーのパワーで、さらに空中に吹き飛ばされたセレーネに、ナイフが雨のように降ってきた。


第9門第5階位高速飛礫マシンガンスロー。たくさんの物を一気に飛ばす魔法だ。フィニはマントにナイフをたくさん持ち歩いていて、それを一気に飛ばしたのだろう。


セオーレは慌てて、何本か手に持つ双剣で撃ち落としたが、数といい、速度いい、全てを捌ききれるものではない。


「ぐああああっ!」


悲鳴を上げて、地面に落ちてきたセオーレ。身体に何本もナイフが刺さっているからだろう、蹲ったまま立ち上がれないようだ。


その隙をリジーが見逃すはずもなく、巨大なメイスを構えて、セオーレに振りかぶる。


「セオーレをやらせたりはしないぞ!!!」

「遅いですね」


雄叫び上げたブロッカーが、セオーレを庇うために前に出ようする。しかし、私が後ろから背中を左の護拳で殴りつけて動きを止めた。


私は二人の戦いを観察しながら、すでにシューターの男を気絶させていた。そのまま、セレーネとの間に割り込もうと必死になってるブロッカーの、後ろに回っていたのだ。


背中から殴られても、鎧の上からだからか、あまり効いた様子はない。ただ驚きはしたらしい。


「なっ、いつのまにグワッァ!?」

「驚いてる暇があったら反撃ですよ」


慌てて振り返る瞬間を狙い、切れ味をなくして頑丈にしただけのユピテルで、ブロッカーの顔面を思いっきり殴り付ける。


「ぐえッ」

「降参して下さい」


ユピテルの切っ先を、痛みに突っ伏したブロッカーへ突きつけて降参を促した。するとブロッカーの男が答える前に、セオーレが両手を挙げた。


「降参だ!降参だよ!あんたら、どんだけデタラメに強いんだよっ!」

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