飛躍

第37話

「クリスにぃ、大丈夫?」


不意に聞こえてきた声の方に、視線を合わせた。


視線の先に居た声の主は、14、5の少女だった。頭から生える緑色の奇妙な髪色。その隙間からは花や草?が生えているという、不思議な容貌をしている。


いやいや、今、気にするべきはそういう問題ではない。私は、オークブレイブを狩った帰り道、あの変態槍騎士が門番をしていた村にいたはずだ。


村長に金を払い、空き家を借りて、リジー、フィニの2人とイチャコラしたあと、ベットで寝ていた…というのが記憶の最新情報である。


「だ、大丈夫だよ…ポピー…ぼくは…大丈夫だから気にしないで…」


私の意志とは無関係に、口からはそんな言葉が紡ぎ出される。ポピー?そうか、あのピピの娘のポピーか…この年齢になっても交流があったんだな。


大きく美しく育ち、母親のピピを思わせる容姿に、私は、勝手に親しみを覚えてしまった。


周囲を見渡す…これは街?いや、これは王都ジーナスの街並みだ。どうやらまた、例のあれ、アザレアやグラムスに関する記憶が蘇ったときの夢?と同じだろう。


しかも、クリスの身体が負ってる怪我の具合、怪我の箇所から見て、今回の記憶は、以前、見た夢の続きだと思われる。


「ちょ、ちょっと、クリスにぃ、その傷、また王女様にやられたの!?」

「え、いや、その、そうだけど…」


深いため息をついたポピーは、懐から白い布を取り出す。手元にある水筒で、その布を軽く濡らすと、一番怪我の酷い額の傷を拭った。


「うっ…」

「滲みるかもしれないけれど、我慢してね」


ポピーは、クリスの額の傷についた汚れや、血を拭ってきれいにしていく。


「ポピー、いつもありがとう…本当に助かるよ」

「それは良いんだけどね…クリスにぃはアザレア王女との婚約は…やめられないんだよね」

「うん。そのことを話したら、前に大怪我させられたから…無理だと思う」


何でこんなめに、僕が何を悪いことしたんだ、クリスの行き場のない怒りが心に浮かんでは消える。


「そっか…そうだよね。ごめんね、ボク、クリスにぃが大変なのに…助けてあげられなくて…」

「そんな!良いんだよ!ポピーがこうやって話を聞いてくれるたけで助かってるからさ!」


クリスがそう言うと、ポピーは、照れるような嬉しそうな顔になった。そして笑顔がほころぶように、頭に咲く花もいくつか開いた。


面白いな、感情と連動しているのか…。


「ところで、ポピーはどうしてここに?」

「あーえーと、ね」


キョロキョロと周りを見回すとポピー。私の知識によると、このあたりは商店街というより、市場だ。


荷馬車ギルドカーゴギルドという、荷運びに便利な天恵を持つ人が集まり、物流を支えるギルドがある。物流を支えるいうことは、様々な物が、遠くから集まってくるところ、という訳だ。


結果として、荷馬車ギルドカーゴギルドの建物は問屋街というか市場のような場所を兼ねていることが多いらしい。


クリスは、このあたりが、商店街でもなく、貴族街でもないので、人に見られることが少ないということで良く来るようだ。


だが、一般人が立ち寄るような場所ではない。


「クリスにぃは、ボクの天恵知ってるよね?」

農場ファームだっけ?」

「そそ。異空間にボクしか出入りできない農場を作って、いつでもそこに出入り出来るってやつだよ」

「すごいよね。ものすごく便利な天恵だ」


それは使いようによっては、荷運びにも使える。何も農場という空間があり、出入り出来るのなら、農作物を育てなくてはいけないこともない。荷物置き場に使うことだってできるだろう。


ポピーは荷馬車ギルドカーゴギルドに入ろうとしていたのだろうか?ちょうどクリスも同じ様な疑問を抱いたみたいだ。


「うん。でもさぁ、武術系天恵ばっかり優遇されるこの国だとボク、やりづらいんだよね」

「確かに…そうだね…もったいない…」

「だからさ、ボク、この国を出る準備をすることにしたんだよ…それでまず荷馬車ギルドカーゴギルドに行って話を聞いてきたんだ」

「そ…そうなんだね…」


クリスがかなり落胆したのが伝わってきた。数少ない味方が、どこかに行ってしまう。そのことが、かなりのショックだったようだ。


「クリスにぃったら、大丈夫だよ〜」

「?」

「この国の外で生きていける算段付けたらさぁ、クリスにぃも呼んであげるから!それにちゃんと外に行くときは、声かけてから行くから安心してよー」

「あ、ああ、ありがとう。ポピー、その日を楽しみに待ってるよ」


まだどことなく、落胆気味のクリスの両手をポピーはギュッと握りしめた。


「クリスにぃは全く心配性だなぁ」

「あはは。悪いね。ポピーにはいつも良くしてもらって感謝しているよ」

「そんなことないよ!ボクはクリスにぃにたくさんのものをもらったんだからさ!ママも死ぬ間際までクリスにぃには感謝していたんだからね」


ポピーはそう言って、クリスを慰める。クリスは口の中で小さくありがとう、と言った。


「あ、そうそう、今日ね、すっごく、おいしいお菓子を手に入れたんだ。明日さ、クリスにぃのところにボクが届けて上げるよ」

「お菓子かーありがとう。楽しみにしてるよ」


そんな感じで気軽にポピーに手を振り別れたクリスだが、これがクリスに取っては今生の別れとなってしまった。


翌日になっても、そのお菓子を届けに来るはずのポピーが来なかったのだ。


もし何か事件に巻き込まれていてはマズイ、と朝、クリスは学校へ向かわずに、ポピーの家に向かう。しかし、ポピーの家はもぬけの空だったのだ。


窓から中を覗くと…家の中には、家具すら置いてなかい。そらは、まるで夜逃げのようで…。


「そうか…天恵がない僕は…ついに彼女に愛想を尽かされて、捨てられたんだな…」


捨てられたという絶望が、クリスの心を染め上げると、プツリ、とテレビのスイッチを切ったかのように視界の画像が消えた。


☆☆☆☆☆☆


「ふう。寝汗がひどいな」


クリスの記憶から追い出されるように、私は目が覚めた。左右からフィニとリジーに、腕を絡め取るように抱きつかれているので、身動きは取れない。


とは言え、起こすのも偲びないので、姿勢は変えないまま、思考だけ動かすことにする。


「クリスはポピーに捨てられたと思っていたようだが、あれはアザレアが手を回したな」


さっきの記憶?夢?の中で、ポピーと話をしていたときのことだ。


視界の端に、クリスを観察する魔法…いや、天恵の痕跡を捉えた。まぁまぁの腕前のようだが、私の魔力観察眼はごまかせない。


そう言えば、以前オークナイトを狩って、ジーナスに戻ったとき、これと同じ様な天恵の形跡を見かけた。


スパイだか、何だかに余計な報告をさせる訳にもいかない。その場で捕まえて、拷問したのだが、案の定アザレアの手下だった。


余計なことをアザレアに話されても困るので、その諜報員は天恵を消す実験に使わせて貰った。


あ、キスはしてないよ。


あれだ。体液たっていろいろある。毎日、身体から捨てる体液?廃液?あるでしょ?ばっちぃ話だけど、あれを無理やり飲ませて実験した。地球にはアレを飲む健康法もあるとか聞くから死ぬようなことはないでしょう。たぶん。


そしてその後は、抜け出せないように、ぎっちり縛り付けてから、郊外に見つけた廃屋に閉じ込めておいてある。


餓死はしないように、食べ物は置いてある。トイレはできないけどね。うん。今日の思考は何かシモの話が多い。思考中断!


「さて。縛り付けたあいつに聞いて確認をしておくか。場合によっては一工作必要かもな」

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