第22話

「ちくしょー。いきなり大損だぜ!これじゃあ報酬も無理だな…」


斥候スカウトの傭兵ハコベは、オークと遭遇してすぐに逃げ出した。それもチームメンバーを完全に見捨ててだ。


一旦、100メイルほど逃げ、途中、クリスハルたちに押し付けた場所から、さらに200メイルほど逃げたのだが、そこであっさり息が切れた。


息が切れたハコベは、周りを見回したが、オークが追いかけてきていないことを確認したため、ようやく一息ついた。


普通の傭兵ならば、この程度の距離で簡単に息を切らすものではない。が、そこはハコベの能力の低さなのだろう。


街に向かう街道の横にある切り株に腰をかけて、一服している。


「ふぅ〜。まったくよぉ〜オークの奇襲で、いきなり壊滅とかやってらんねぇぜ。使えねぇやつらだ」


キセルの先からタバコの煙を燻らせながら、ハコベはこれからのことを考えて舌打ちをする。


「チームは全滅だから、まぁ適当に言い繕っておけば問題ないだろうが…先立つ物がなぁ…」


ハコベは、ほか3人の傭兵と臨時のチームを組んでゴブリンなどの低級な魔物たちを討伐、その装備を売却するという実績を挙げた。


その実績を以って、商人から依頼を受けた。とある村までの、通商の通り道にいる魔物の事前の露払いと、移動の際の護衛の任務だ。


しかし、先程、オークの奇襲でチームは壊滅。


オークはゴブリンと比べるとランクが高く、実績値としては500より上の傭兵マーセナリーが相手にする魔物だ。


実績値50〜100程度のハコベたちのチームで太刀打ちは出来なきだろう。


足の遅い蛇女ラミアの盾騎士は逃げ遅れたようだが、普通、盾騎士だけでは魔物を倒せない。盾騎士の女は死ぬしかないだろう、とハコベは思った。


斥候であるハコベがオークの群れを見つけたときには、もうすでに遅かったのだ。正面のオークに気を取られて、ハコベはチームの背後に回ってきたオークに気がつけなかった。


チームが奇襲を受けるということは、いわば斥候であるハコベの責任とも言える。が、彼はそんなことは気にしなかった。


自分の失敗を気にしていても何にもならない。危険になったら、真っ先に逃げなければ、命がなくなるのだから。


「へへ。こんな寂れたところだからよぉ逃げ切れるか不安だったが、途中にいたバカなガキどものお陰で助かったぜ」


ちらり、と再びあたりを見るが、まだオークが追ってくる気配はない。奇襲を許すようなこの無能な斥候が、あたりの気配を探ることに、どれだけ意味があるかは不明だが。


「追ってこないところを見ると、まだ戦っているかあるいはオークが追うのを諦めたのか。いずれにしても、オークを擦り付けられてラッキーだったぜ…ま、俺の代わりに死んでくれや」


この男、あっさり味方を捨てて逃げるのも、逃げながらターゲットを誰かに擦り付ける行為も、初めてではない。


足の速さだけはそれなりに自信のあるハコベは、危険な敵と判断したら、作戦もなく、取り敢えず逃げる。逃げて、逃げて、そして誰彼構わず擦り付けすることで、これまで命の危機を逃れてきた。


擦り付けが発覚して、指名手配になっている国すら複数ある。だが、この片田舎の辺境にあるこの国家には、ハコベの情報が届いてなかった。そのため、どうにか上手く潜り込めたようだ。


コン、とキセルのタバコを捨てて、ハコベはキセルを懐にしまった。


「ま、命があればどうとでもなる」

「命があればね」


ハコベの独り言に、何故か答える声があった。


☆☆☆☆☆☆


あの擦り付けてきた斥候のやつ、許せない。


だから、私たちは剣盾オークを討伐するとすぐに斥候の後を追う。どこまで逃げているか、追いつけるか不安だったが、僅か数百メイルも追跡したら、切り株に腰掛けて休んでいるところを見つけた。


しかも、呑気にキセルなんか吸ってやがる。


擦り付けてきたあのとき、せめて申し訳ない顔をしていたとか、今も罪悪感がある、とかならまだ救いようもあるのだが…。


「へへ。こんな寂れたところだからよぉ、逃げ切れるか不安だったが、途中にいたバカなガキどものお陰で助かったぜ」


後ろの草むらに隠れていても気が付かないで、こんなこと言ってるしね。私たちを殺す気満々だったようで、罪悪感すら欠片もないようだ。


そうとなれば、やり返されても、この斥候野郎は私たちに文句を言えないよね?


「ま、命があればどうとでもなる」

「命があればね」


私が、そう言って、やつの独り言に返事をした。ギクリ、とわかりやすい反応をした斥候野郎は振り返って俺を見て、驚愕する。


「なっ!?」

「いや〜。殺す気満々の擦り付けをした後の一服はどうだった?」

「てめっ!生きていたのか!」


斥候の男は、腰のナイフを抜き放った。確かに、私が生きてると都合が悪いだろうけどね。まさかここまで来て、まだ私たちを殺す気とは中々にゲスなやつだ。


「良かったです。貴方がゲス過ぎるので、容赦をする必要がなさそうです」


そして斥候は、私に襲い掛かるためだろう、立ち上がろうとして…失敗した。何故なら、斥候の脚にはグルグルと砂鉄が巻き付けられていたのだ。


「な、なんだぁ!?この砂は?」

拘束する砂鉄アイアンサンドバインド


第9門2階位魔法、拘束する砂鉄アイアンサンドバインド。電磁石で地面の砂鉄集めて、それを磁石で繋げて拘束をする雷操作創造魔法でも最も初歩的な魔法である。


第9門は、まだ開きも甘く3階位魔法が精々だ。だが使い方次第では幅広い効果が望めるため、地球にいた頃、第9門はとても愛用していた。


第9門は極めれば攻撃手段としても最上だ。武器術との相性もよく、これから伸ばしていくのが楽しみではある。


「さて、私を殺そうとしていたのですから、もちろん逆のことが起きてもおかしくないですよね?」

「こ、殺す気か!?」

「むしろ、あそこまでしておいて、何で自分は殺されないと思うのでしょうか?いくら何でも自分の発言が図々しいとは思いませんか?」


正直、呆れてしまった。この斥候スカウトのオッサンは、どこまで自分本位なのか。ここまでしておいて、殺されないで見逃されると思う根拠を知りたい。


「か、金ならやる!だからッェェ…」


取り敢えず、顔面を殴っておいた。護拳側で殴るとそれで終わってしまうので、素手でだが。


カランカラン。


殴られた勢いで、ナイフは手から離れる。鼻から溢れる血が、切り株に赤い染みを作った。


「金をやるって貴方、頭悪いですね。それって、貴方を殺してから、奪えばいいだけですよね?いずれにしても貴方をこのまま放っておくと、これからまた同じような犠牲者が出そうですしね」

「ッッ!!」


斥候のオッサンは、私の発言に身体を強張らせた。このオッサン、やり口に慣れている感じがする。恐らくこれまでにも同じことをしているだろう。


ならば、同じような犠牲者が出る前に、このオッサンには引導を渡すべきだ。


「と、考えていたんですけれど、流石に私が直接、手を下して殺すのは、何となく目覚めも悪いですし変な容疑を掛けられても面倒だなぁ、と思いましてですね…」

「そ、そうだよな、殺すのは良くない、うん」


安堵を浮かべた斥候に私はナイフを拾って渡す。


ナイフを受け取った斥候は疑問を顔に浮かべるが、それを無視して、私は彼の後ろの方を指で指す。


私の指し示した方向に斥候スカウトが振り向くと…そこには鼻息を荒く立てながら、斧を構えるオークが立っていた。


「お、オーク!?」

「なのて、私もあなたに擦り付けをやり返すことにしました。では、ご機嫌よう」


足を縛られた斥候スカウトは逃げ出せない。だからオークと正面から戦うしかないだろう。あのナイフだけでオークを捌ければ助かるだろうが…無理だろうね。

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