第23話

斥候スカウトのおっさんが懸命にオークの斧を捌いてるのを尻目に、私たちは道を引き返すことにした。


まもなく剣戟の音が聞こえなくなる。


あの斥候スカウトのおっさんは、どうやら、あまり保たなかったみたいだ。私たちが離れるより先にオークが追いかけてきた。


仕方なく対処するが、霊体から下級精霊となった私にとってオークはもう敵ではない。斧を持つ腕をユピテルで切り捨て、大脇差で馘首を刎ねた。


「あわわ。あの、クリスハルさんでしたっけぇ?ものすごく強いんですねぇ!」

「ありがとうごさいます」


リジーが、オドオドとした口調でそう言う。パッと見にリジーは、蛇女ラミアということもあるのか、女性にしては背が高く、目線は私と変わらないくらいのはずだ。


しかし猫背なせいか、どうにも目線は私よりも低い位置にある。そして、モサっと盛られた重い前髪の隙間から、上目遣いで見上げられている。


「ところで……その…クリスハルさん〜?」

「なにか?」

「オークの武器は回収しないんですかぁ?」

「ええと、オークの武器が何か?」

「えぇ?あれぇ?クリスハルさんは、魔素材ギルドの人ではないんですかぁ??」


どうもリジーと話が噛み合わない。というか魔素材ギルドって何?そのギルド員だとオークの武器が何だというのだろう?


「私は、ただの武者修行でここに来ていただけですよ?その魔素材ギルドの構成員だと、なにかあるんですか?」

「ええええぇ!?武者修行で、わざわざ魔物のテリトリーに来たんですかぁ?」

「まぁ、はい」


背筋が丸まって、どことなく自信なさそうなだったリジーが、前のめり気味にそう聞いてきた。思わずこっちが引き気味になったのを見て、リジーは顔を赤くした。


「それより、オークの武器の話ですよねぇ?」

「ええ。よかったら教えてください」

「魔物が持っていた武器は魔素材ギルドが買い取ってくれますぅ。魔物が長く使っているほど、使っていた素材が強いものになり…これを魔素材っていうんですけど…新しい素材に利用されますぅ」

「なるほど…そうなんですね」


この世界の魔物は体組織が魔力に置き換えられており、魔力を扱える。つまり、武器に魔力を通しているはずだ。


長く何度も魔力を通した武器は、魔力を通さなくとも強化される。長年に渡って使い込まれれば『常に魔力を帯びる』こともある。


が、そこまでいかなくても素材が強化されるくらいならば、たいした時間がかからなくても起きる。


ま、私にとっては、魔力を通すのに邪魔なだけだからそんな武器は使わないけどね。


「でしたら、向こうに落ちているの含めて、全て差し上げますよ」

「えええぇ!?あのオークナイトのやつは、たぶん剣と盾合わせて10万シデナはしますよぉ!?」


おー地球換算では、100万円!確かに高額だな。とはいえ、1度上げるよと言ったのを引っ込めるのは外聞が良くない。ここは素直に上げてしまおう。


そしてあの剣盾オークは、オークナイトって言うんだな。地球には魔物なんて居なかったから、まるでテレビゲームの世界のようだ。


しかし、こんな程度でそれだけ稼げるなら、家を出ることになっても、武器持ちの魔物を狩って生計立てられそうね。


「構いませんよ。情報料として差し上げます。その替わり、ほかにもいくつかの質問に答えてもらえますか?」

「もちろんですぅ」

「魔素材ギルドというのは、どうやったら登録できるのですか?」

「ギルド員の紹介があれば簡単に出来ますよぉ。もし登録したければ、このあと街に戻って紹介しましょうかぁ?」


おー。親切にしておくものだな。伝手探すのだって面倒なところだろうから、助かる。


「それはよろしくお願いいたします。あと、ギルド員になったら義務などはあるのですか?」

「何もありませんよぉ。年5000シデナの組合費を払うくらいですぅ」


なるほど。もしかして、魔素材ギルドっていうくらいだから、魔素材の流通を独占しているギルドなのかな?


「魔物の持っていた武器防具…魔素材の取り扱いは魔素材ギルドの専売ですぅ。魔素材をギルド以外に売却したりすると、ギルドの刺客が来て殺されちゃますぅ」

「それも、国が認めている、ということなのでしょうか?」

「そうなりますねぇ。魔素材はどこの国でも、とっても貴重なので、どこの国もギルドを敵には回したくないんですぅ」


そこまで独占産業だと、いろいろと弊害がありそうだけどな。口を出しても仕方ないので黙っておく。


「それで私は魔素材ギルドの傭兵ですぅ。魔素材ギルド員所属の商人を護衛したり、メインの素材調達をしていますぅ」

「魔素材ギルドの商人…?」

「魔素材を、取り扱うギルドですから、当然、商人もいますよぉ。ほかにも鍛冶師とかもいます。全て所属しているギルド員が取り扱いますぅ」


この世界で魔素材言われる『魔力の影響があるほど使い込まれた素材』はかなりの強度になる。


魔力の馴染み具合にもよるが、例えば武器などを作れば、最低でも10倍の値段を出す価値があるくらいには変わるはずだ。


それを独占しているわけだ。ギルドの持つ権力も相当なものだろう。


「傭兵は実質、売るだけの人なので、登録だけなら子供でもできますぅ。でも商人や鍛冶師はなるの大変ですよぉ。かなり審査とか資格とか面倒なはずですぅ」

「でも傭兵も護衛とかあるのでは?」

「それは、実績がないと任せてもらえません〜」


そう言って、リジーは自分が首から下げているカードみたいなものを見せてきた。


カードには、リジーの顔写真と名前、そして『役割:ブロッカー』『種族:蛇女ラミア』『実績ポイント:63』と書いている。


「ここに実績ポイントというのがありまして、それに応じて、割り振られるときの仕事の難易度が決まりますぅ。護衛のときの報酬もこの実績ポイントが基準になりますねぇ」

「この、ブロッカー、というのは?」

「チームを組む際に、参考にする『役割』というやつですねぇ。私のブロッカーは、後衛に相手が行くのを足止めする役割ですぅ」


天恵でやれることが決まっている以上、役割分担をするというのも納得がいく。チームで得意なこと同士を負担すれば効率も良いだろう。


「ほかには前衛で攻撃がメインのアタッカー、後衛から遠距離攻撃をするシューター、索敵などを担当するスカウト、味方の支援やサポートに特化したサポーターの5種がありますぅ」

「このカード、天恵は書かないんですね?」

「普通、天恵は隠しますねぇ。同業者でも商売仇はたくさんいますから…」


言葉を濁したリジーが、先ほど、斥候スカウトのオッサンが討たれただろう方向を見る。


「ああ、さっきの斥候スカウトのオッサンみたいなことがあるということですねぇ」

「そうですねぇ。稀ではありますが、ほかの誰もいない奥地に行くのでどうしても出てきますぅ。ですから手の内は隠して、身を守ることが多いですぅ」


なるほど。さっきリジーが「命の恩人だから天恵を明かす」と言ったのはある意味、信頼の証とも言えるわけだ。


「フィニ、一緒に登録してもらいましょうか?」

「……私も?」

「ええ。大丈夫。私がこれから教えれば、フィニなら斥候スカウトとして、かなりの能力を発揮できると思います」

「…ハル様…信じる」

「ありがとうございます。ということで、リジーさん、私と、こちらのフィニも一緒に登録お願いしますね」

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