第21話

剣盾オークは、明らかに棍棒オークよりも格上のオークだろう。身体に纏っている魔力がかなり濃い。


それに構えにも隙がない。魔法は…さっきのオークもそうだが使っているようだ。まず確実に第3門の魔法で、筋力を強化しているだろう。


「ブヒヒヒッ!」


剣盾オークが、私に向かって、剣の切っ先を突きつけてきたきた。単なる威嚇なのかと思いきや、剣の先で魔力が蠢いている。


これは…種別は射撃魔法…攻撃方法は突き刺し、操作対象は土…土槍アーススピアーかな。


「ふん」

「ブビィッ!?」


空中に浮かび上がってきた土の槍を、大脇差で切り裂く。魔法で出来た槍なんぞ、魔力を通した武器で簡単に切れる。魔力で覆ったくらいじゃ無理だろうけどね。


さらに一歩踏み込み、盾を持つ左手を、ユピテルの護拳で下から殴りつけた。


浮いた脇腹から、大脇差を突き刺す。


突き出した大脇差が、剣盾オークの腹の筋肉すら軽く貫き、腹の内側まで達するのを感じた。


「だけどお腹の肉が厚すぎて、ほとんど内側まで届いていませんね…」

「ブッヒャァッッッッッ!!」


怒り狂ったのか、剣盾オークが剣を振るってくる。剣と言ってもまるで鉈のような重く、厚い、鉄塊のような刃物だ。


私は、盾を持つ手を殴りつけたユピテルを体の前まで引き戻し、剣盾オークの鉈を受け止めた。


この巨体と強化魔法の組み合わせから繰り出されるパワーに、危うくたたらを踏みそうになるが、何とかギリギリ堪える。


ギャリギャリギャリ、とユピテルとオークの剣、金属同士が擦れる耳障りな音を立てる。私は、半ば力任せにオークの剣を払って、強引に受け流した。


「とんでもないパワーですね!」

「ブッヒャ!」


右手の大脇差を引き抜いて、切り上げようとしたときだ。突如、右足の踏ん張りが効かなくなった。目だけ足元に向けると、右足が踝くらいまで地面に埋まっている。


ぬかるみマッディの魔法!?」

「ブッヒャヒャ〜♪」


浮かれた声を出してるオークが妙に腹立つ。私を、罠にかけたと喜んでいるのかな?


足を引き抜こうとしたのだが、それよりも早く、オークの鉈が左横から飛んできた。慌てて身体の横で両手の剣を交差させてガードする。


「ぐうっ!」


体重差があるからだろう、私は思いっきり右横に飛ばされた。すっ転びそうになるのをかろうじて堪えて着地に成功する。


しかし私が体勢を整えた直後に、剣盾オークが追い打ちを仕掛けてくる。盾を私に向けた体当たりだ。


私は避けるではなく、ユピテルの護拳で、盾を正面から殴りつける。今度はキチンと姿勢を取っているので、打ち負けない。


盾が止まり、均衡が取れたところで、不意に力を抜いて、盾側のさらに横に回り込む。


剣盾オークは、バランスを崩し、一歩だけ前のめりになるが、それが大きなスキになった。


下がってきた無防備な後ろ首に、体重を乗せて、大脇差で切り込む。首は脂肪がないからか、腹ほどは阻まれず、スッと大脇差は入っていく。


そのまま下段まで振り切ると、ゴトリとオークの馘首が落ちる音。一瞬遅れて、ボタボタと切り口から血が吹き出してきた。


「いま、助けますねっ!」


蛇女ラミアの少女が必死で槍オークの攻撃を凌いでいるところ、オークの後ろから忍び寄って一閃した。


☆☆☆☆☆☆


「あのっ、助かりましたっ」

「すみません。少々お待ちいただけますか?」


お礼を言ってくる蛇女ラミアの少女に待ったをかけて、3匹のオークを吸収した。うむ。特に剣盾オークはファングウルフと違ってかなり濃厚だったようで、3匹合わせて1%は濃度が上がった。


全身がボウ、と光り、身体の構成が組み変わっていくのを感じる。これは霊体から下級精霊に魔力の格が上がった証拠だ。


と、同時に第9門がわずかだが開くのを感じる。


「これはッッ!!」


使えるのは間違いなく雷操作魔法だろうと、私にしては理屈もなく確信している。


いくつかの門では、使える魔法に複数の相反する系統があり、どちからしか会得できない。


例えば第5門は土と風、第6門は水と火のどちらかが使えるのだが、地球では私の第5門は土、第6門は水だった。


そして第9門の系統は、雷操作か氷操作の2択…。


電磁石コイル


足を電磁石にする。するとワラワラと砂粒…いや、砂鉄だ…が集まってきた。しばらくすると脚が真っ黒い塊に覆われるまでになっている。


威力としては低いが成功だ。無事、下級精霊となり雷系統を習得したようだ。雷系統は使い慣れていたこともあり、これで戦闘における不安がかなり払拭できる。


「あ、あの…」


いい加減放って置かれた蛇女ラミアの少女が、私に再度話しかけてきた。


「お待たせしました」

「い、いえ。オークの身体が消えたのはぁ?あ、いやそうではなくぅ〜」


蛇女ラミアの少女は、カバっと大きな身長を折り曲げた。長くて豊かな黒髪が一緒にバサっとお辞儀した。


「た、助けて頂いてありがとうございますぅ」


そう、頭を下げたまま、少し語尾が間延びしたような独特の口調でお礼を言ってきた。


「ショートソードを持って、土を操るということはもしかして森司祭ドルイドの天恵でしょうかぁ?あ、いや大丈夫です、言わなくてぇ!すみません、探るようなことを…」

「あははは」


もちろんそんなことはないのだが、余計なことを言う必要もないだろう。フィニも、いつも通り、特に表情を変えていないしね。尻尾は、ふりふりしてて可愛いけど。


「それより私にオークたちを擦り付けてきたオッサン…いえあの方は一体?」

「彼は私とチームを組んだ斥候スカウト傭兵マーセナリーですぅ。最近組んで、数回しか仕事をしていませんので、詳しい素性までは知りません〜」


蛇女ラミアの少女は、そう説明すると、申し訳なさそうに首をふった。


「申し遅れましたぁ。私も傭兵マーセナリーでして、名前はリジーと言いますぅ。天恵は…命の恩人だから申し上げますが、盾騎士シールドナイトですぅ」


盾騎士シールドナイトは、文字通り、大小あらゆる盾を使いこす戦士の天恵だ。だが一方で、武器に適用される天恵ではないため、攻撃が一切魔物に通用しないという難点があるらしい。


「ここには何をしに来たんですか?」

「この先にある村の人たちと、商人がやり取りをしたいようで露払いとしてルート上の魔物を狩っていましたぁ」

斥候スカウト盾騎士シールドナイト…攻撃役の人はどちらに?」

「実は私たち背後に回られた不意打ちを受けて…逃げられたのは私とさっきの斥候スカウトの人ですぅ。残りは向こうで倒れていると…」

「あー…」


それは絶望的なやつだね。攻撃役がいなくなるなんて逃げるしかないわ。


「で、リジーさんはこれからどうするのですか?」

「これ以上は仕事が続けられません〜。街に戻って事情を説明して体勢を立て直しますぅ」

「あの斥候スカウトオッサンはどうされますか?理由がなければ、取り敢えず〆るつもりではありますが…私を止めますか?」

「いえ、止めません〜。あんなことをされて止める理由がありませんし、そもそも、あの戦い見るからに私で止められるとは思えません…」


リジーは、素直に吐露した。蛇女ラミアって昨日、調べた感じだと、勇敢な種族と書いてあったけど何だかイメージが狂う。


そう言えば、地球で魔法使いやってた頃にも、ブラジル人で、サッカーもサンバも嫌いで、陰キャ系で日本のアイドルが大好きなギークの友人がいた。


私はITが得意ではないので、そういう方面では専ら彼に頼っていた。


彼は「ブラジル人が、みんなサッカーとサンバ好きで陽気な人ってイメージ持たれてもなぁ。そうじゃないやつもたくさんいるよ…」と言っていたことを思い出した。


パブリックイメージは、そうでない人を苦しめることがある、と。

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