第88話

「さて、そろそろ彼らが到着する時間ですかね?」

「魔法神様…あの、彼らとは?」

「ほら、森の方…聞こえるでしょ?」


ザワ…ザワ…。


風に混じり人の気配が、鬱蒼とした森から流れてきた。1人や2人ではない。明らかに軍団規模の相当な数の人が、森からこちらに押し寄せてきている。


その多数が王都に向かってくる気配にアザレア王女が狂ったように笑い出した。


「くあーはっはっはははは!」

「どうしましたか?無能な頭がさらにおかしくなりました?」

「うるさい!腐れ神め!やっとか!私はね、事前に各地にいた門兵たちを、王都に呼び戻すように命令を出していたんだ!どうやら、それらが届いて彼らが王都に戻って来たみたいだなっ!」


そう言い放ったアザレア王女の顔が狂喜に歪む。なるほど門兵を呼んでいましたか…あー門兵ねぇ。


「ま、魔法神様!もしも全ての門兵が押し寄せてきたら…全門兵は2万人もいるんですよ?」

「うーん。2万人だとするとだいたい30秒くらいですかね?」

「さ、30秒とは?」

「門兵2万人を殲滅するために必要な時間です」


広範囲の魔法を3回、狙いを定める時間を含めるとそんなものだろう。


「はぁ…はぁ!?たった30秒ですか?だって2万人もいるんですよ?」

「ええ。私の広範囲魔法を使えばそんなものだと思います。まぁ、でも門兵はこないでしょうね。何せこの国の門兵は今ほとんど残っていませんから」

「え?魔法神様、それはどういう…?」

「ふふふ。いやね、今から来るのはアザレアへの助け何かじゃありませんよ…むしろアザレアにとっては死神の類でしょうねぇ」


ザワめきが大きくなり、ついにその群れの先頭の姿森の奥の方に見えてきた。


それは多くの男たちだ。ただ彼らの目は血走り、口の端からは涎が際限なく垂れている…見るからに尋常ではない男たちだ。


そして何かに取り憑かれたかのように、視線はアザレア王女の方向を見ていた。


もちろん混交真階位ミックスオリジン魔法、感情感染パンデミックの感染者である。その効果は広まり続けて、ついにこうして長きに亘る想い性欲が結実する時が来たのだ。


「おおおお!あれはっ!!あそこにいるのはっ!!アザレア王女だぁぁぁぁっつつ!!」

「うおおおおおお!犯せっ!犯せええええっ!」

「ヒャッハー滾るぜぇぇ!!!」

「ヤルぞぉ!!!!ヤルぞおおおおお!」

「スッキリ〜!!!!」


おおよそ2000人はいる、感情感染パンデミックにより目が血走り暴走した男たち。国中から集まった彼らは、鬱蒼とした森を越えて目標のアザレア王女の元にたどり着いた。


そしてお目当ての王女を目の前にした彼らの性欲は際限なく暴走し始める。


アザレア王女は押し寄せて来たのが助けではないことに気がついて、目を丸くして尻もちをついた。股間からは湯気が立つ液体が漏れ、腰が抜けたのか立ち上がろうともしない。


「い、イヤーーー!ウソっ!?あの変態どもっ!森のときにぶち殺したのにっ!なんであんなにたくさんいるのよっ!?」


アザレア王女があの群れを見て、あれほど怯えている理由がわかった。なるほど、アザレア王女は、どうやら一度、感情感染パンデミックの魔法を受けた人間に会ったことがあるらしい。そしてそのときの感染者は殺してしまった、と。


「ま、魔法神様、あの人たちは?」

「私の考案した感情感染パンデミックという魔法により、邪な性欲を持つ人間の性欲の方向性を、すべてアザレアに向けるようにされた人間たちです」

「そ、そんなことが可能なんですか?」

「可能ですよ。さて、なので早くクリスハルがトドメを刺さないと、あの人の群れにアザレアは犯し殺されますよ?」


森から出てきた彼らは、ゾンビのように歩きながらこちらに向かってきている。100メートル程度の距離なのであと1分ほどで、アザレア王女は捕まるだろう。


クリスハルは「爆裂火球エクスプロージョンファイアボール」を手のひらに発生させてアザレア王女に向けた。


震える手を向けられたアザレア王女は這って逃げようとするが、到底、範囲から逃れるのは不可能だろう。


しばらく、クリスハルは手を向けていた。


しかし、迫りくる男たち群れとアザレア王女を交互に見ると、大きくため息を吐いた。そして手に持っていた「爆裂火球エクスプロージョンファイアボール」を天に向けて撃った。


「はぁ…そのままでいいです。私がこの天恵をつかってトドメを刺すよりも、あの群れに飲み込まれる方がもっと過酷な最期でしょうから」

「いやいや、あのアバズレ変態王女様なら2000人くらいはお相手できるかもしれません」


アザレア王女を見る目には、優しげな雰囲気のクリスハルとは似ても似つかない暗く深い憎悪が浮かんでいた。まるで汚いものでも見るかのような目線のクリスハルに、それでもアザレア王女は縋った。


「た、助けて…クリスハル…」

「ボクがキミを助ける理由があったら教えてほしいんだけどな?」

「く、クリスハル…」

「魔法神様から聞いてないの?ボクは自分の命をかけてでも復讐をしたかったんだ、キミにね。キミが最も苦しむ方法で殺してほしい!そう願って命を断ったボクの気持ちがわかるかい!?」


アザレア王女は腰が抜けてまともに動けない。もともと天恵が壊れていては単なる少女でしかないのだから動けたところでどれほど意味があるか…。


「王女さまぁぁぁ!」

「捕まえたぁぁぁ」

「はぁはぁ柔らかい柔らかいよぉぉ」


ついにゾンビのような男たちは、念願のアザレア王女を捕まえる。長きに亘る彼らの想いが結実する余韻もなく、アザレア王女はあっという間に組み伏せられ、剥かれ、そして…


「イヤっ!うそっ!助けてっ!助けてぇええ!」

「キミは、そうやって助けを求めたボクを一度でも許してくれたことがあるかい?」

「謝る、謝るからっ!辞めてっ!こんなにたくさん無理だからっ!絶対に無理!こんな人数いたら壊れちゃうからっ!」

「ふう…敢えて言うよアザレア」


大きく息を吸ったクリスハルは、顔が歪むほどの笑みを口角に浮かべると、男たちの群れに飲まれ消えていくアザレア王女に向かって言い放った。


「ざまーみろ!死ね!クソ女!」

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