第89話

砂糖に集る蟻のように、アザレア王女を中心とした男たちによるコロニーが出来上がっている。コロニーの中にいるアザレア王女の姿は見えない。


「うぅぅ…あああ…」


そんなうめき声のようなものが時折、男たちの歓声に混ざって聞こえてくる。そのことだけが、彼女の生存をしめしてた。


「うえ…」

「これは…さすがに…」

「厳しい…ですよ」

「うううむ…復讐か…」


あまりにも凄絶すぎる光景に、フィニは私にしがみついて…ほかの4人の女性陣は目を背けていた。


しかし、クリスハルだけは感情のない目でジッとコロニーを見ていた。これで彼の気持ちは晴れただろうか?復讐の心は少しは和らいだのだろうか?


復讐は良くない、復讐は自分のためにならない。


そういうことを言う人間もいる。だが、それは本当の怒りに身を焦がしたことのない人間が、高みから投げかけた発言に過ぎないだろう。


どうしようもない悪意に追い詰められたとき。大事な人を無残に殺されたとき。その心を復讐が占めることを誰が非難できよう。


心のままに復讐を遂げたとき、復讐者アベンジャーたちはその呪いから解き放たれて、やっと自分の道を歩けるのだ。


やがて、断続的なうめき声も聞こえなくなった。


そう思った直後、魔法で探知していたアザレア王女の生命反応が消えた。さすがに死姦までして貶める必要ないだろうと考えた私は、感情感染パンデミックの魔法を解除する。


解除リリース


指をパチン、と鳴らすだけ。


その音が波紋のように広がると、熱が覚めたかのように、あっさりと男たちは正気に返った。


だが感情感染パンデミックは性欲の方向性を変えるだけで、記憶を消すような魔法ではない。そのため、彼らにはここまでの記憶はきちんと残っている。


「や、やべぇよ」

「王女様を殺しちまった」

「お、俺、しらねー」

「俺もだ!俺最後じゃねーからっ!」


彼らは熱から覚めると、罪悪感と自分のしたことの恐ろしさから早速、逃亡を謀り始める。もともと性根が終わったやつしかこの魔法にはかからないのだから、こうなることは予想できた。


責任逃れ以外、彼らの選択肢はないだろうことは。


蜘蛛の子を散らすように逃げ去る男たち。私は彼らを追いかけるつもりはない。バンラックがいずれ司法の裁きをするだろうが、それは私が関知することではないだろう。


そして急にガランと広くなったその真ん中に、打ち捨てられた遺体が1つ残っている。


遺体を見つめるクリスハルの目には、やはりなんの感情が浮かんでいない。


思いを遂げたこの瞬間、彼はやっと前に進めるのだと思う。アザレア王女から執拗に暴行を受け苦しめられたことで失った10年以上の時は取り返せない。しかし、ここから歩きだせはする。


私以外のこの場にいる人間は、これで全てが終わったと思ったことだろう。


だが…


ビクン、とアザレア王女の遺体が跳ねた。


誰もがギョッとして王女の遺体を見ると、さらにビクリと痙攣して、ついにはその痙攣の勢いで跳ねるように起き上がってきたのだ。


裸のアザレア王女様は未だに生命反応がない。だが遺体からアザレア王女様の生命反応でない別の反応がしている。


「ふふ…やっと生命反応が消えたか…」


アザレア王女の肉体から聞こえてくるのは男の声。


王女の姿に、男性の声という不自然さは不気味さしかないが…。


「来ましたね…アストロシティ」

「来栖波瑠か…人上がりの亜神め…」


それは…アザレア王女に恐らく命を捧げさせ、神力の一部を与える。そして、死とともにその身体をもらい受ける契約をしたのだろう。


みるみるアザレア王女の姿が変わり、筋骨隆々とした天使…ああ、私を殺しに来た、あの天使の姿へと変化した。


「人間上がり…ねぇ?」

「くくく…我は生まれついての神なのだ。この我の高貴な生まれが羨ましかろう?」

「ちっとも?」

「ふん…負け惜しみか…」

「いえいえ。才能もなく、能力もなく、生まれだけで居座ろうとするなんて恥ずかしいことにならなくて良かったです。だって、貴方ってまるで空っぽで無能なアザレア王女と同じですよね。よほど権能と領域が欲しかったみたいですね…高貴なだけでなーんにもできない貴方には無理でしょうけどね」

「貴様ァ…」


結局、元々も持っている能力が違うだけで、アザレア王女とアストロシティに違いなどない。与えられたものにおんぶに抱っこして、本人は何も持たない空っぽである。


もし生まれが貧しかったら、すぐに死んでいたはずのゴミがたまたま良い生まれだったから生きてるに過ぎない。それなのに、どうしてここまで自分が優れていると錯覚できるのか。


「しかし、あの剣を介しての治癒見ましたよ?見るに堪えない弩級のバカしかできない無駄極まる魔力の使い方に反吐が出ましたよ…あれが高貴な生まれに相応しい無駄遣いなんですか?」

「お、俺様の芸術品を…なんだと…!」

「芸術品?あれが?頭が沸いているのですか?むしろ、あんなことを出来る無能の顔を見たいと思っていたので願ったり叶ったりですよ」


実は、以前にシイカの姉であるカナン氏が来た時に言われたことがある。


『アストロシティが一時的にこの星への干渉権を奪っていて、ほかの神が応援で来ることができない』


あのときのカナン氏も、何とか最後の時間を使って警告だけしに来てくれたらしい。


『ほかの神の応援が来るまで隠れて過ごした方がいいのでは?』


とも言っていた。いや。冗談ではない。


「もう1度殺されたいようだな」

「2度は殺されませんよ?貴方のような無能ではありませんので」


クリスハル復讐の物語は終わった。今度は私が復讐の物語の幕を下ろす番である。


「うるさい!私がお前を殺してやるんだよ!」


バサリ、とアストロシティの背中から天使の羽が生えた。そしていつのまにか現れた槍を手に構えると、アストロシティは、雷光のような速度で私に迫ってきた。


(なるほど…この速度ですか…前の身体で見えるはずもありませんね)


「第3門真階位オリジン超筋力ヘラクレス

「第1門・3門混交真階位オリジン超速ヘルメス

「第1門真階位オリジン超反射オーディン


亜神となった私の真階位オリジン魔法。全ての強化倍率はもはや1万倍に達している。亜神になったことによる純粋な肉体の強化を含めると、能力は以前の比ではないだろう。


従神マイナーゴッドであるアストロシティとの気が遠くなるような肉体能力差もこの魔法があれば埋められるはずだ。


抜刀した雷切に魔力を通し、アストロシティの槍を受けながす。ギャリギャリという耳障りな金属音を立てて、軌道を逸らした。


敢えて突進の速度を敢えて殺さないように反らしたため、その時点で、アストロシティの胴はガラ空きになる。


そこに向かって左手のユピテルに魔力を通して、護拳で思いっきり殴りつける。


アストロシティ自身の速度と、私の強化された拳。それが全て上乗せされた拳の一撃が刺さった。


「ボゲェッ!?」

「ほらね?貴方のような無能とは違うんです。今度は私が貴方を殺して差し上げましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る