第90話

「舐めるなぁ!」


腹に拳を突き入れたのだが…すぐに羽を使って後ろに羽ばたき、アストロシティは衝撃を殺しながら私から距離を取った。


先ほどは、アストロシティには致命的とも言えるタイミングでクロスカウンターが入ったはずだが…。


「なるほど…生まれつきの身体能力だけはバカみたいに高いんですね」

「あの程度ならすぐに回復する!私は高貴な神だからな!お前のような、人上がりの下賤な輩とは違うのだよ!」


あのクリーンヒットですら、大きなダメージになっていないことを考えると、アストロシティの肉体は相当な強度を誇っているようだ。


(これは…肉体強化の魔法だけで勝つのは流石に至難の技のようですね)


たしかに反射神経や膂力などは魔法で強化したいま互角ではあるが、耐久力はそうもいかない。


恐らく、アストロシティの攻撃が1回入っただけでこちらはかなり削られてしまう。しかし、こちらは相当な数の攻撃を叩き込む必要がある。


依然としてこちらはまだ『不利』なようだ。


権能ドミニオン並列詠唱パラレルキャスト五重奏クインテット

「第2門、9門混交真階位オリジン分離思考マルチタスク


ならば、肉体強化以外もすればいい。むしろ、これこそ私の得意分野、いや私の担当領域である、魔法戦に持ち込めばいいのだ。


ただ「雷神たちの宴テンペスツバンケット」ですら、あのアストロシティのスピードを捉えるのは難しい。恐らく罠を張り、不意打ちで魔法を仕掛ける必要があるだろう。


権能ドミニオンだと!忌々しい!亜神デミゴッドの分際でぇ!!」

「ああ、そういえば貴方にはなかったんですよね」

「人上がりめぇ!!神聖な神の御業を人上がり如きが使うとは…神を侮辱する行為!絶対に殺す!」


猛スピードで近づいてくるが、今度は先ほどのような突進はしてこなかった。


カウンターを警戒したのだろう。横ぶりで攻撃範囲を広く取るが、すぐに離脱できるように軌道は少しだけ私から逸らしていた。


つまりアストロシティは、槍の射程ギリギリ、こちらの剣は届かない距離を見極めて狙ってきている。偉そうなことを言って、神の割にセコい戦い方だ。


「オラァ!オラァ!」

「ちっ…」


だが、セコくはあるが有効な戦法でもある。


槍の横振りを受けとめると、間合いを詰めるには少し遠い。この距離とアストロシティの速度だと、こちらが詰め切る前に、向こうの次の突きが飛んでくるだろう。となれば、こちらも安易に距離を詰めることも出来ない。


さらに間合いの問題で、今度は防戦一方になり、両手の剣を使い受け流していくが、1合1合が重い。しかも向こうはかなり力いっぱい振っているようなのに、全く勢いが衰えないのも困った話だ。


(だんだん手が痺れて怪しくなってきました)


体力の面でもどうやら負けているらしい。これでは防戦一方のこちらが完全にジリ貧である。


ふと、私とアストロシティの戦いを不安そうに見ている恋人たちの姿が視界に映った。ふむ。少し借りるとするか…。


「第7門、真階位オリジン異常成長マスグロース


第7門の植物創造操作魔法を、シイカが先ほどから伸ばしていた地下茎にかける。人の腰よりも太い木が地面から伸び上がってきた。


「なっ!?」


不意を突かれたアストロシティの身体を、地面から生えた植物が一気に覆った。そのまま、特に武器を持つ手を中心に縛り上げていく。


(第10門、第8階位・自己転移テレポーテーション


右腕のすぐ近くまで一瞬で移動。


「右手、貰います!」


そして、槍を持つ右手に両手の剣をクロスするような斬撃を放った。


「な、んだとぉ!?」

「申し訳ありませんね」


切り取った右腕だけをもって、また自己転移テレポーテーションを使って離脱する。


「武器を奪わせていただきました」

「下郎め…武器を奪うとは姑息なやつめ」


もちろん奪った右手と槍は吸収させてもらう。かなり濃厚ではあるが、はっきり言って魔力の乱れた汚い身体のため、あまり吸収効率はよくない。


それでも、今までの戦いで消耗した分以上は補充できた。


「ふんっ」


アストロシティは、右手を再生する。精霊以上の身体になれば、部位再生は容易だ。腐っても従神マイナーゴッドのアストロシティには再生など、朝飯前だろう。


「やはり神力を全て奪うしかないですね」

「神の戦いとはもともとそういうものだ。腕がなくなっただけで力の大半を失う、下賤な人上がりにはわからんだろうがな!」


たしかに、戦いに関する認識はアップデートする必要がありそうだ。急所を狙う、端の方から切って消耗させる、というのは人間ほど効果的ではない、ということだ。


「人間のあさましい戦いをしやがって!神の戦いとは!その存在の全てを互いにかけた!誇り高き決闘なのだ!」

「へぇ…私を神と認定してくれるんですねぇ」

「認めておらん。神と人の戦いは挑戦と試練。つまりお前は私にいま挑戦している立場なのだよ。そして私がお前を試してやっているのだ…その証拠を見せてやろう!!」


アストロシティがたった今、再生させた右腕をバッ、と高く上げると…。


「あっ?」


突如、全身に灼熱のような激痛が走った。激痛の先を見ると私の身体から槍が何本も生えていたのだ。


見れば後背にはいつのまにか召喚の魔法陣らしきものが設置されていた。そして、そこらから槍が生えて、私をいる。


「これが私の本当の武器・殲滅の槍ドゥームブリンガー。我が家に伝わる神槍だ!人の軍隊を天罰として数秒で絶滅させた謂れもあるのだ!」

「ぐぅっッ!」


5本の槍が、アストロシティの元に向かう。そして、血濡れの槍は、まるで従者のようにアストロシティの周りに浮いて、止まった。


「お前は所詮、人生まれ。神への挑戦者に過ぎないのだ。神と決闘など片腹痛い!人上がりと、生まれつきの神。その格の違いを見せてやろう!」

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