地球最強の魔法使いが異世界のいじめられっ子に転生しました
そこらへんのおじさん
転生
第1話
「貴様を、この地球から追放する!」
高らかにそう宣言した男から、私は槍のような武器を突き付けられていた。
経緯は、全くわからない。
何せ、この男は、私が休んでいた高級ホテルの一室に、一切の前触れもなく、空中に浮き出るように現れたのだ。
そして、目の前に出現するや否や、そんな宣言をしたからのだから、わかるはずもない。
地球の人類史上、最高峰の魔法使いと言われる私でも、彼が浮き出てきた原理すら解明できない。男が、かなり高等な存在なのは間違いないだろう。
「どなたが存じませんが、突然ですね。今日は、大きめの仕事を終えた自分へ、ご褒美の日なのです。それなのに追放と言われても困ります」
「黙れ!」
男が乱暴に槍を振り払うと、机の上にあった罪のない高級シャンパンが、これまた高級ホテルの部屋の壁に当たって、単なる染みに変わった。
「下賤のっ!人間上がりが!口答えするなっ!」
怒りの言葉とともに、バサリ、と男の背中で何かが広がった。それはまるで鳥の羽根。彼の姿は宗教画に出てくる天使のようだった。
「天使?」
「ふん…我は、神界から来た裁定者だ。大人しく沙汰に従うのだ。人間上がりの魔法使いめ!」
「人間上がり…と、先ほどからおしゃっられいますが…。ふぅむ。なるほど、私の神力が原因ということでしょうか?」
鼻で笑ったように見えた天使の顔が、ニヤリと歪んだ。なるほど、図星ということか。
私は、魔法使いという、地球では異端な存在の中でもさらに異端だった。
まず、魔法を極めるために、人間を辞めて、自分の身体を精霊と化してしまう。しかも、それに飽き足らず、体内を構成する魔力濃度を突き詰めていったら、その魔力が神力に変わった。
そうすることで、私は、人の身から亜神へと成り上がってしまったのだ。
「で、神力が原因として、神界の裁定者と名乗るお方が、なぜ私を追放処分にする必要があるのでしょう?」
「貴様がほかの神を殺した罪だ。強欲にも力を得るために神を殺して、力を奪い取ったな。お前の力を見ればわかる。大人しく追放処分を受けよ」
「それは、冤罪ですね」
事実はその逆だ。亜神になった私は、神界の存在を感知できるようになった。ところが、それを逆探知したある神が私の力を奪おうとしてきたのだ。もちろん、私はその神を撃退し、力を奪っている。
冤罪というのは、奪ったのは確かだが、順番はその逆ということだ。
「言い訳は無用だ。すでに裁定は下っている」
「裁定者ねぇ。裁定しないで裁定者って、神界は言語センスが人類以下なんですね」
「ふん。人間上がりが何を言っている。だから、こうして裁定をして貴様を断罪しているのだ」
「裁定は『悪』を決めるんですよ。私の力を奪いたいだけの腐れ野郎が裁定?それとも神界って、そんなのが正義なクソ野郎のたまり場なんですかね?」
カマをかけた私の言葉に、天使たちは怒るどころか平然としていた。この天使、どうやら私が冤罪ということを折り込み済みでここに来ているらしい。何だ、本当に抱き込まれているのか。
「くくく。言葉が汚いな。流石、人から神になったやつは下品で敵わん。さっさと処分するぞ」
「素直に言うことを聞くと思いますか?」
人から亜神になった私は、数多の魔法を操る。その中でも得意なのは雷魔法だ。
脚で地面をコツコツと叩くだけで、地面が帯電して雷いくつ分にも相当する電撃が、天使のみ目掛けて飛んでいく。
「貴様の手は割れているのだ!」
天使は、私のその攻撃手段を知っていたのか、すぐに空に飛び上がり、電撃から逃れた。そして、飛び交う光条を避けて私に接近してくる。
「っ!?早いですねっ!!」
魔法使いとしては、この世界で1番、人類史上でも1番を自負する私だが、実は苦手な魔法もある。
それは肉体強化の魔法だ。これだけはいくら修練しても使えるようにならなかった。
だから私は、肉体能力的に、普通の人間とは大きく変わらない。そのため、高速で、かつ立体的な動きをする天使たちに、私の目はついていけなかった。
「滅びよ!」
「がアッ!?」
私の腹から槍が生えた。いつのまにか後ろに回った天使が俺に槍を突き立てたようだ。
「つ、追放じゃなかったのですか…」
「抵抗したのでな、仕方なく、だよ」
「忌々しい…」
さらに、正面から、横から、次々と天使の槍が何度も突き刺さった。そして、突き立てられた槍から、私の神力…神としての力が吸い取られるのを感じる。
「う…これは…まずい…ですね…」
そして、私の意識は消えていく。
☆☆☆☆☆
朦朧とした私の意識は、覚醒と非覚醒の狭間を揺蕩い、その朦朧さに、自分の境界すら危うく拡散しそうになる。
「もう、無理だ…僕には耐えられない」
これは私の声ではない。
悲痛な、苦痛な、耐え難い、悲嘆と絶望を孕んだ、少年の声。真っ暗闇の中、その声だけは、何故かはっきりと私の耳に聞こえてきた。
「あいつらに復讐したい!でも無理だ…力のない僕では…到底あいつらに…」
これは誰の声なんだ?
問いへの答えはなく、少年の声は、心は、私の意識に深く深く浸透してくる。
泥を啜るような苦しみ。
身を焦がすほどの怒り。
暗く深い海の様な恨み。
「異世界との扉を繋ぐ?異界の強者を宿らせる?本当かは知らないけど…僕の今の力で駄目なら…」
少年が描く、魔法陣は…術式は…異界との扉を開いて、繋げる…。
「僕の身体を明け渡すから…復讐を!あいつらに復讐を!あいつらが!泣いて!叫んで!謝っても!なお続く!!地獄のような復讐を!!!」
落下…そして暗闇…。
…
……
………
どれくらいの時間が経ったか。
数秒にも思えるし、数百年にも感じられる暗闇に包まれた時間。
不意に、消えかかったはずの私の意識が、再び覚醒へと向いていくのを感じた。
「上手くいきましたか…?」
肉体を消滅させられかけたとき、私の意識の核となるものに残り僅かな神力を使って保護をかけた。そして、精神だけを自分の身体から抜き出したのだ。
もちろん、天使に気づかれる可能性があったが、やつらは、そこまで丁寧な仕事はしていなかったようだ。何せ賄賂大好きの腐れ野郎だからな。
安堵からか、無意識的に、目を開ける動作をした。そして、実際に開けることが出来たことに驚く。
「!?肉体が残っているのですか?」
精神だけを抜き出したのだから、当然、肉体は消滅していたはずだ。だから、目を開けられるはずがない。
それでも目を開けることができた私の視界には、小綺麗な石造りの建物が立ち並んでいた。建物の角度からして、私は…寝転がっていたようだ。夕焼け空が、目に染みる。
肉体があるなら、状況の確認が必要だろう。まずは上半身だけを、起き上がらせてみた。
妙に視線が低い。
私はもともと2メートル近い超長身だった。ところが、今の身体を見てみると、170センチメートルを少し超える程度しかなさそうだ。
「これは…何が起きているんでしょう?」
立ち上がろうとして、地面についた手に、べちゃりとした水っぽい感覚がある。
慌てて見てみると、濡れた手には赤い塗料のようなものが、べっとりとついていた。かすかにする鉄のような臭い…。
「…血でしょうか?」
確認するまでもなく、全身が血に染まっている。さらに周りに目を遣ると、この身体があるのは血の海のど真ん中だった。
血の海を見ても、私は極めて冷静であり、思い浮かんだのは「もしかして俺の肉体ではないのか?」ということだった。
精霊でもあった私は、身体が普通の肉体ではない。そのため身体には文字通り、血が通っておらず、切っても血は出ないはずだ。
はずだが、現実にこの身体は、紛うことなく、血まみれになっている。私は1つの結論を導き出す。
「この肉体の持ち主が死に、魂が空になった肉体に私の精神が憑依した、そんなところですかね」
ただ壊れた肉体に憑依しても、すぐに死ぬだけだろう。現在、血まみれながら、怪我の1つもないのは私の精霊としての特性が引き継がれて、再生したからだと思われる。
「肉体の再生で、残ってた神力も使い果たしたみたいですね…」
僅かに持ち逃げしたはずの神力も、今の肉体には感じられない。身体を治したことで、神力が消滅し、私は神ではなくなってしまったようだ。
「まずは現状把握をしましょう。それも慎重にしないとですね。また天使に追い打ちされたら、即死ですから」
流石に、一般人に憑依したのは気づかれないとは思うが、それにしても把握は必要だ。
「この肉体の死因からですが…ん?これは?」
地面に広がる血の海の中に浮かび上がる不思議な模様。それは魔法に関するものだったため、魔法使いの私にはそれが何かはすぐにわかった。
「魔法陣?通常の魔法よりも時間をかけた儀式を行うことで、強い魔法を行う…この魔法陣…最近も見たような気がします…うーん?」
覚醒前の揺蕩う意識の狭間で、何かを見た気もするが…イマイチはっきりしない。
「はっきりしているのは…これは異界の扉ですね」
しかも自分の命を捨て駒にして、自分の身体に異界の者を呼ぶ儀式だ。つまり私の精神は、この身体の持ち主に呼ばれたのか。
「この建物の屋上に行ってみましょう」
儀式を完成させるためには、死ぬ必要がある。そして状況からしてこの魔法陣に向かって飛び降りてその目的を果たそうとした可能性が高そうだ。ならば、屋上に何らかの痕跡があるかもしれない。
倒れていた側にある建物は、入口もすぐ近くにあった。正面から中に入ると、石造りの立派な建物だが人っ子一人見当たらない。
内装は整えられ、床には絨毯が敷かれ、廊下には彫刻なども飾ってあるので、それなりの金持ちが来るところなのだろう
が、調度品といい、建築資材といい、明らかに現代建築ではない。どうやら、異界に呼ばれたという推測は間違いないようだ。
「この服も、なんといいましょうか、高そうなのは間違いないですが、地球の文化上にはなさそうなデザインですね」
複雑な模様が刺繍された、豪華な上下。フリルもたっぷりあって、18世紀のフランスなどで着られていた、全体的に膨らんだシルエットの服が多い、ロココ調というやつに似てはいる。
ま、今は血塗れだけど。
人の気配がしない建物の階段を登ると、踊り場には鏡があった。優しげな目つきをした、細身の17、8歳程度の少年が映っている。
「目付きは優しく、顔立ちは…うん、前の私の肉体よりイケてるかもしれません。この方は、かなりモテてそうです。そして、どこをどうみても私の肉体ではないですね。憑依という線は確定ですか」
憑依した身体は、お坊ちゃんなのか、鍛えられていない身体を叱咤して、階段を引き続き登ると5階で屋上に出た。屋上の隅には、揃えられた靴と、靴に敷かれた1枚の紙があった。
「これは…この方の遺書ですね…」
恨み辛みが書き殴られた遺書。
この肉体の持ち主は、自ら生きることを放棄して、命を捨ててまで、私をこの世界に呼んだみたいだ。
※※※※※作者からお願い※※※※※
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