第2話

私は、正真正銘の魔法使いだ。


だが、地球に住むどれだけの人間が本物の魔法使いに会ったことがあるだろうか。それくらい魔法使いは珍しい存在だ。


魔法使いになるには、魔力を感知できる素質と、身体にある『門』というものを開ける特別な訓練が必要だ。


素質は希少だし『門』を開ける修練ができる師匠にも会うのも難しい。だから本物の魔法使いは、極端に数が少ないのだ。


☆☆☆☆☆☆


「遺書を読む限りは、学校内ではもちろん、家庭でも、かなりのイジメ…いや、陰湿な暴行や暴言に遭っていたようですね…」


何枚もの、恨みつらみの綴られた遺書を見て、この身体の元の持ち主の家庭環境がよくわかった。


ちなみに、魔法を使った言語理解で、こっちの言葉は簡単に読み解けた。それよりも、この身体で、本来なら師匠に従事して、何年もかかるはずの鍛錬をせずに魔法を使えたことに驚く。


「修行もしていないのにこの身体は『門』がすでに開いていますね…素晴らしい!」


魔法を使う『門』は全部で10あり、門ごとに使える魔法が異なる。


数多くの魔法を使いこなした私も、第1門は少しだけ、肉体強化を司る第3門に限っては全く開かなかった。


言語理解は、私の数少なく使える第1門の魔法だ。が、その使えたということが、この身体の第1門がすでに開いていることの証左だ。


「公爵家3男、クリスハル・ジオフォトス18歳。普通にしていたら、あとを継ぐ必要もなく、かつ生活には困らないと、悪くない立ち位置だと思いますが…」


もともと私は『地球からの』追放処分のはずだったのだ。最初は宇宙空間か、火星かにでも飛ばされるのかと思っていた。


もし、そうでないなら、追放先予定だった異界…いや魔術的には平行世界ではあるが…に飛ばされ、その過程でこの召喚儀式に引きつけられたのだろう。


さて、ではこの身体の持ち主には、何の目的があって私を召喚したのか?そもそも、この国は?ジオフォトス家とやらの立ち位置は?


(どうやって情報を仕入れていくのか。しかし、公爵家ですか。そこだけ聞くと、悠悠自適そうで、自殺するなんてことは、とてもなさそうな環境なんですけどねぇ…はてさて…)


頭を抱えて、歩く。歩くと、右脳を刺激して思考が冴えると言うが、気づくと、最初に倒れていた建物前の広場にたどり着いていた。


この身体の元の持ち主は、何故この生まれで虐めを受けていたのか?命を捨てるほどに虐められるとはよほど致命的な要因があるのだろうが、それはどんな要因なのか?


そんなことを考えながら、広場を5周ほど回ったとき、坊ちゃま、と呼びかけるような声が聞こえる。声の方を振り向くと、キレイな執事服らしきものに身を包んだ、20歳ほどの青年が立っていた。


「ん?」

「クリス坊ちゃま、探しましたよ。ささ、馬車に乗って帰りましょう」

「あ、ああ」


どうやらこの身体の元の持ち主の知り合い…服装や言葉遣いからして執事か、使用人か、何かだろうか。私は、素直にその使用人らしき男に付いていくことにした。


☆☆☆☆☆☆


馬車で移動しながら、自分の身体を確認する。そう馬車だ。車じゃなかった。文明レベルは、地球に比べてかなり劣っており、ざっと300年は遅れているだろう。


それはともかく、この身体、やはり人間にしては素質がある。いや、素質があるようにのかもしれない。


というのも、人間から精霊、精霊から神になった私の魂が混ざったことで、精霊の身体になってしまったようだ。


今、目の前に座っている執事や、御者、馬車から見える町並みの、街中の人間を見ても全てが、普通の人間だ。私のような精霊は1人も見当たらない。


精霊の特徴は、身体が圧縮した「魔力」で構成されることにある。神も根本的には精霊と同じ構造であり、その純度と濃度を上げることで魔力が神力に変わることで神となる。


精霊や神は、身体を構成する魔力を自在に使うことで魔法の威力が桁違いに上がる。


何故なら普通の魔法使いは、大気の薄い魔力をかき集めて使うからだ。気体の魔力と固体の魔力。どっちが濃密かなど比べるべくもない。


ただし、体内の魔力も大気の魔力も、門を通すことで『魔法』となることには変わりない。


魔法を使うための10の門の使い勝手などは、努力と素質に依存している。門を最大限開いたときの大きさや、開き易さは人に依って全く変わるのだ。


(地球では、私は第9門、雷創造操作が1番得意でしたが…この身体では、どうなっているのでしょうか?)


丁寧に、ゆっくりと体内にある魔力を動かす。もちろん目の前の使用人に怪しまれぬよう、表情は変えずに、だ。


ま、血塗れの服についてすら、馬車が汚れると布を敷いたくらいでそれ以上は触れてこないような使用人だ。仕事は、適当なのだろう。些細な魔力操作など気づかれることもない。


(この肉体…第1門以外にも第3門の素養が高いのが素晴らしい。鍛錬は全くしていないようですが、すでに門が2つも開いているとは…偶然なのでしょうか…あるいは…?)


稀に鍛錬せずとも、門が開いているやつがいる。地球で最初に魔法を使ったのは、きっとそういうやつなんだろう。


しかし、ほかの門はまだわからない。そのため、時間をかけて鍛錬をしながら出来ることの確認をする必要があるだろう。


「しかし、クリス坊ちゃま、あまり私に手をかけさせないでください」

「?」

「あなたは『天恵』のない、公爵家の恥とも言える存在なのですから、少しは分をわきまえて私に手間を掛けさせないように…良いですね?」


そう言うと、執事の顔が醜く歪む。それは、弱いもの、獲物を見て、いたぶることを考えている顔だ。


(そういうことですか…先ほどから、この使用人、妙に適当な感じがしていましたが…)


これが、この身体の主が自殺したいじめの一端なのだろう。公爵家の3男ながら、使用人にすら虐げられていたのか。


「私の『天恵』は戦士ウォーリアですよ?また坊ちゃまの躾をする必要があるかもしれませんねぇ?」


そう言うと、使用人の周りにある大気の魔力が蠢いた。そして、第3門へ魔力を通して、まるで魔法を使ったかのように、大気の魔力が身体を強化する動きをした。


(私には天恵がない?で、こいつは戦士ウォーリアの天恵…。そもそも天恵とはなんのことなのでしょうか?)


今の魔力の動きは、魔法のようであったが魔法ではなかったと言い切れる。魔法は門を通して効果を得るものだ。


今の使用人の魔法らしきものは、それとは明らかに違った。組んではいない、何かを感じた。


(もしかして、それがこの使用人の言う『天恵』とやらの効果なのでしょうか?)


だが、使っている魔力量はかなり乏しいし、門ごとの最適化もしていないので効率が悪すぎる。これでは大した強化は出来まい。


「ええと…名前なんでしたっけ?覚えていないのですけれど、使用人は、そのように尊大な言い方をするものなのでしょうか?」


クリスが、これまでどんな話し方をしていのかわからなかったので、とりあえずこれまで通り、丁寧な話し方はしてみる。


以前のクリスハルは、虐められていたのだから、もう少しオドオドしていて、こんな言葉遣いをしていないかもしれない。


だからなのか、私の平坦過ぎる口調に執事は驚いたあと、ニチャア、とサディスティックな笑いを口に浮かべた。


「ガキが、トチ狂ったか!いつものように泣き喚いて赦しを請えと言っているんだ」

「なるほどなるほど、でしたら、いつも通り力づくでやってみたらいいのでは?」

「クソガキが!後悔しろっ!!」


馬脚を現し、使用人とは思えない口汚い言葉とともに、男は拳で殴りかかってきた。私は頭を横に軽く動かしながら、使用人の腕を掴み、勢いを殺さないように横捻りにする。


自らのパワーに、私の捻る力を足された使用人の腕がバキバキと小気味よい音を立てた。


「あんぎゃァーッ!」

「見え見えだったので、つい…すみませんね〜」

「ナンデ!俺の腕ナンデ!?」


喚き、転がる使用人の脚を躊躇うことなく、踏み抜く。今度は枯れ枝の束が折れる音がする。


敵対者に容赦は要らないだろう。叩けるやつは、叩けるうちに潰しておくのが定石だ。


曲がってはいけない方向に曲がった自分の脚を、執事は信じられないような顔をして見た。


「〜〜〜〜ッッ!!!」

「何だかすみませんね。それで、お名前はなんでしたっけ??」


この身体、本当に良い。


地球にいた頃、身体強化は微塵も出来なかった。私の能力はそれ以外の魔法に振り切っていて、それでも十分に負けなしだった。


しかし、あの天使のように素早い敵に翻弄されることは多々あり、都度、苦戦させられていることもなかった訳ではない。


だがこの身体はどうだ。さっきの感覚、筋力もそうだが、第1門で使える速度や反射神経や、攻撃を見切るような五感の強化はさらに素晴らしい。


何らかの武器術を覚えてみれば、地球の頃以上に、強さを極められる気がしてきた。


「ひ、ひぐ!なんてことを!するんだ!」

「返事なしですかぁ。まぁ、よろしい。主家に叛逆したんですから、この場で処刑しておけばいいのかと思います。それなら名前は必要ないですしね」

「ヒィッ!?私の名前はヒルデスですっ!坊っちゃん!お許しを」


ヒルデスが速やかに土下座をしてくる。


(ヒルデスですか。ヒルデスという名前は、クリスハルの遺書にも恨みの対象として上がっていましたし、はてさてどうしましょうか?)


この世界で貴族が使用人を処刑が簡単に出来るかどうか知らないけれど、いまの反応からある程度まかり通るみたいだ。


クリスハルの身体を頂いてしまうのだ、そのお礼と言ってはなんだが、復讐も兼ねていてちょうど良かったようだ。


「では、ヒルデス。次からフザけた口をきかないようにお願いしますよ。処刑して、馬車を汚すのも面倒ですからね、今回だけは許してあげましょう」

「わ、わかりました…ありがとうございます」


土下座から深々とお辞儀をして床に頭を擦り付けるヒルデス。しばらくして、ゆっくり、そして伺うように顔を上げてくる。


「しかし坊ちゃま、何故、今みたいな力が?その血塗れなことと何か関係が?」

「なぜでしょうね?気づいたら、血塗れになっていて、突然、力が湧いて来たとしか良いようがないですね」


先程ヒルデスは、私を天恵なし、と言った。


ヒルデスを見る限り、天恵は大気の魔力を使う才能の可能性が高い。しかし、あんな稚拙な魔力操作なんて、効率も悪すぎて、お話にならない。


もし、天恵のある身体だと、、あんな未熟な、成りたての魔法使いにも劣る粗雑な、魔力の行使をしてしまうのだとしたら…。


思わず身震いがした。


そんな勝手な魔力の運用などされては、微細な調整により最大限の効率を発揮する技術の積み重ねである魔法が使えなくなるかもしれない。偶然なのだろうが、天恵なしの身体で良かった…。


「そのようなことが…」

「だが、力が湧いてきた影響か、頭の中がボンヤリしています。さきほどから自分の名前くらいしか実は思い出せないんですよ。だからヒルデスの名前は実は本当にわからなかったのですよ?」


アドリブで、私について、そういう設定にしておくことにした。


異界の神云々なんて、話さないほうがいいに決まっている。もし、天使たちの耳に届いたら今の、俺の戦闘能力だと絶望的だしな。


「そ、そうだったのですね」

「記憶を元に戻すためにも、ジオフォトス家と私についても簡単に教えてくれますか?」





☆☆☆おまけ☆☆☆


第1門 頭にある。五感・反射神経強化、情報処理強化

第2門 口にある。空間操作or精神操作

第3門 胸にある。自己肉体強化

第4門 臍にある。生命操作創造・治癒or死霊

第5門 右腕にある。土or風操作創造

第6門 左腕にある。火or水操作創造

第7門 右膝にある。植物操作創造or動物操作創造

第8門 左膝にある。光・闇操作創造

第9門 右足の甲にある。雷or氷操作創造

第10門 左足の甲にある。防御・結界or移動・物質操作

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