第3話

「ジオフォトス家は、ディアンデス王国の由緒ある貴族家で、国王を出したこともある名家です」


ヒルデスの説明はそう始まった。ディアンデス王国というのも聞いたことがない。やはり、違う世界に飛ばされたという線が濃厚のようだな。


「今の当主様はカデンツィア・ジオフォトス公爵になります。御年49歳で、天恵は将軍ジェネラルになります」


誇らしげに言うヒルデス。将軍ジェネラルって言うのはよっぽどの天恵なんだろうなぁ。


「ご長男で嫡子がバンラック・ジオフォトス公子で30歳、天恵は聖騎士パラディン、その弟君がグラムス・ジオフォトス公子、20歳で天恵は槍騎士ランスナイトになります」


グラムスも、クリスの遺書に、ヒルデスに並んで恨みつらみが書いてあった名前だ。まさかの兄だったんだな。


あ、でもバンラックもカデンツィアもなかったな。


そのグラムス含む2人の兄だが、どちらも戦闘にとても向いてそうな名前の天恵だ。


将軍ジェネラル聖騎士パラディン槍騎士ランスナイトの天恵について教えてくれますか?」

「わかりました。まず将軍ジェネラルですが…」


……すぐに3人への賛辞で話を脱線させるヒルデスとの会話を総合すると、やはり天恵は大気の魔力を勝手に動かして、自動的に魔法の様な効果を発揮できる能力で間違いなさそうだ。


天恵ごとに、使える範囲や能力がかなり限定されているし、天恵は1人1つしか授からない。


その分、鍛錬不要ですぐに使える。


本人たちは魔法を使ってる自覚すらなく、手足を動かすのと変わらない感覚で使ってるはずだ。


言ってみれば、魔力のオートマ操作だ。


「私の天恵がない、と言っていましたよね。天恵がないやつはどれくらいいるのですか?」

「少ないです」

「ほぅ?」

「基本的に、天恵はほとんどの人が授かります。ないのは1000人に1人いるか、いないか、です。まぁ、いても仕事がろくに貰えず、餓死したり、犯罪者になったりなど…悲惨なものです」


天恵がないクリスのような人は、まともな人間扱いされないということか。


「私の扱いは?」

「お父上、御当主様の慈悲で、この様に学校にまで通わせて頂いてるのです。少なくとも学校を卒業になる18まではこのままでしょうな」


滔々と語るヒルデス。公爵家が如何に、天恵のない私に慈悲深いかと恍惚としながら喋り始めたので聞き流すことにした。


実は、さっきから話を聞きながら体内魔力を動かす練習もしている。ヒルデスからの情報はもはや大したこともなさそうなので、さらに練習に集中した。


10分ほどすると、だいぶ癖が掴めてきた。もともと地球に居たときから、魔力よりもさらに濃度が高く扱いづらい神力を自在使いこなしていたのだ。


これくらいは簡単な話だ。


第1門と第3門の魔法はスムーズに使えるようになった。これまで使ったことはないが知識としては知っていたので楽勝だ。とは言え、私の全盛期と戦ったら10秒も持たないだろうが。


そもそも身体を構成している魔力の総量も密度も純度も低すぎるので、出力がかなり低い。


まぁ、1時間ほど前までは単なる人だったのだ。厳密にはこの身体も精霊にすら届いていない、半精霊と言ったところだしな。


強くなるためには、元の力に戻るためには、相当な鍛錬を積む必要がある。が、一方で鍛えがいがあるとも言える。


まもなく、ガタン、と馬車が止まった。屋敷についたのか?と私が考えている間に、ヒルデスで折れていない方の足で立ち上がっていた。


「さて、坊ちゃま、覚悟は良いですか?屋敷に着きましたよ。もうあの様なことは出来ませんからね」

「手の平返しが随分と早いんですね」


こいつが、こういう態度に出るだろうことはわかっていた。聞く限り、屋敷には、このヒルデスよりも遥かに強い兄たちがいるのだろうから。


「ふふふ。公子様にボロボロにされたあと、私からも復讐してあげますよ?」

「私が、もしその兄たちに勝ったら貴方の命もなくなることは、割りとスカスカっぽい頭で計算しているのですか?」

「ハァ?私を騙し討ちしたくらいでいい気になってるんですか?公子様は私の10倍は強いですよ」


なんだ、10倍程度なのか…なら、一方的に殺されるようなことはないだろう。逃げたり、何なりくらいは最低でもできそうだ。


ヒルデスは私の返事を待たず、馬車から降りた。そして、片足で飛び跳ねながら、逃げるように屋敷に入っていった。


「流石は公爵家。立派な屋敷ですねぇ」


ヒルデスが逃げ込んだ屋敷は、もちろん公爵邸なのだろうが、ぱっと見に、地球で見かける小学校くらいの大きさはある。


運動会が出来るほどの庭には、丁寧に管理されているのだろう、一面の花畑が広がっていた。


私がプラプラと庭を歩いていると、しばらくして屋敷の中から、ブレストアーマーを着た、やたらゴツい男が出てきた。男は何人かお供を連れていたが、私の姿を認めると、お供から巨大な槍を受け取けとる。


「クリスぅ」


ムキムキの巨体に、金属鎧と巨大な槍。怒りを浮かべている顔立ちを見るに、歳は大学生くらいだろうか?そして、私の名前を呼ぶところから、こいつがさっきヒルデスが説明していた次男グラムスで間違いないだろう。


「この出来損ないのクズが我が家の使用人に怪我を負わせるとは何事か」

「いや、出来損ないに、怪我をさせられる使用人が無能すぎませんか?」

「何か汚い手でも使ったのだろう」

「いや、そんなことは…」

「言い訳は見苦しいぞ、クズ。これは制裁なんだ。死んでも文句は言うなよ」


そういうと、このグラムスの大きな槍と、それを持つ手に、大気の魔力が集まりだした。これも第3門の肉体強化に似た何かだろう。


肉体はともかく槍を魔力で覆うのは…見たことのない技術だな。何か意味があるのか?


もしかして動きを補佐するためとか?魔力を内部に通すならともかく覆うだけでは、武器の威力が上がらないから、大した効果はなさそうだな。


しかし、とは言え、このグラムスという男、ヒルデスとは比べものにならない。操っている魔力、そして技量、何よりも向こうは武器持ちで、私は素手。これだと今は、勝てるか、どうかギリギリだろうな。


正直、戦いたいとは思わないが、問答無用のようだし、この身体の元の持ち主との義理もある。やるしかなさそうだ。


「でやッ!」


素早く、そして鋭い突きだ。天恵とやらの恩恵もあるのだろう。しかし2メートルは越える巨漢とは思えない素早い動きから、鍛錬もかなり積んでいるのは間違いない。


少しだけ顔を動かして、顔面を狙った鋭い突きを避ける。当たったら確実に脳みそグチャグチャになって即死コースだ。本当に殺す気らしい。


躱して宙に浮いた槍をすぐに横に振り、こちらの態勢を崩そうとしてくる。が、それも気づいていた私は腰を落として避けた。


腰を落とした姿勢から、一気に前傾姿勢となり、踏み込む。しかしこれは、グラムスは上手くバックステップをして距離を稼いだ。


「へぇ、やりますねぇ」

「貴様…何者だ!」


流石に大口叩くだけのことはある。地球でもここまで槍が使えるやつはそうそう居なかった。そして、グラムスは、流石に私が強すぎることに違和感を覚えたようだ。


「見ての通り、貴方の愛しき弟クリスですよ?」

「クリスにこんな動きが出来る訳がない!」

「でも、現実は出来ているので、ね」


脚の強化をさらに1段階上げる。


先ほどよりもさらに早い踏み込みに、グラムスは槍で応戦してくる。突きではなく、横振り。牽制が目的なのだから、正しい選択だろう。


私はさらに姿勢を落として、スライディングの要領でグラムスの足元に滑り込む。そして足払いを掛けたのだが…。


「さすがに体重差が大きいですね…」


グラムスの足は微動だにしなかった。


槍を振り切ったグラムスが、手元側の石突きで足元にいる私を狙ってくる。避けることすら間に合わないタイミングのため、腕に強化をかけて、槍をパリィ。


次の攻撃を繰り出してくる前に、腰を落としたグラムスの脚の間をくぐり、後ろに回る。


そして背中を駆け上がると、無防備なグラムスの首を脚で蟹挟みにした。


「くそっ!ちょこちょこと動き回りやがってッ!」


槍を頭の上の私に向かって突き出してきた。しかし自分の頭の方向だからだろう、槍の勢いが鈍い。私は突き出された槍を掴み、そのまま槍を足技に組み込んで、首を押さえつけるのに利用する。


右の頸動脈を槍で、左の頸動脈を脚で押さえ付けられたグラムスは…ついにグルンと白目を剥いた。


私が離れると、グラムスの巨大は、ドォンと大きな音を立てて、地面に沈む。受け身も取れてないから、完全に意識失ってるな。


締めて、頭に登る血を堰き止め、ブラックアウトさせた訳だ。鎧まで着たこいつに、素手でダメージを与えるなら、こんな方法しかないだろう。


「ふう。中々に強かったですよ。やはり私が強くなるためには、武器術を覚える必要がありますねぇ」


ギリギリだった。油断などが所々に見えたし、締め落とすような技も意識していなかっただろう。


次は油断しないだろうし、組み技も警戒される…。2回目をやって果たして、勝てるだろうか。何とか、この身体を使いこなし、地球にいた頃よりも強くならなくてはな。


安心して、決意を新たにしたそのときだ。ふと、私の後ろに立つ影があった。


(背後に対しても気は抜いて居なかった…それなのにこの距離まで気づかせないとは…何者だ?)


誰何を問うために、反応して振り向くより先に、その影は私に声をかけてくる。


「まさか、グラムスを倒すなんてねぇ。クリスは、いつのまにそんな強くなるほど鍛錬をしたの?」


それは、いやに優しげな声色だった。

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