第85話

いま、剣とアザレアは同じ魔力で覆われて繋がっている。だから仮に腕を切り落としても、あの剣を奪えるのかは怪しい。


魔力が引っ張って手を繋げてしまいかねない。さらに、その繋がりを使って繋げた後の傷を修復するくらいならしてくるだろう。


あるいは手を一旦魔力として吸収して生やし直すなんて芸当も可能だ。


もし、修復をされるとまた無駄にエネルギーを使ってしまうのはやはりもったいないのだ。


「クリスハルぅ!どうしたぁ!剣を仕舞うとは、私に恐れをなしたかっ!?」

「恐れをなしているのはそちらでしょう?どうしたんです?かかってこないんですか?」


大きく振り下ろしてくるが、これは剣の横を強く掌底で叩いて、剣筋をずらした。


続く袈裟斬りは、軽く飛び越えて躱す。そこからの切り上げはしゃがむ。


(ううむ。そうじゃないんですよ。その攻撃だと多分できないんですよねぇ)


ただ、この状態のまま、アザレアから剣の魔力だけを奪うことはできる。理論上、可能だ。多分。


私の魔力をあの剣に直接ぶつけて、コントロールすれば良いのだ。剣はただの物体であり、何か意思を持つわけではない。


条件としては、まず魔力を剣に纏わせること。さらに触っていること。この条件が揃えば、魔力を自分に取り込むことができるだろう。


しかし、まず魔力を纏わせるのが難しい。アザレアのコントロールを離れれば、そんなことをせずとも取り込むことができるのだけどなぁ。


今、見る限り、アザレアと剣は、手で持つ以上のつながりを持っている。魔力的には、アザレアは剣に飲み込まれて、一体化しかけているとも言える。


となれば、やはり魔力で覆って、全体をコントロールするしかない。さらに、現在はアザレアにパワーでやや負けてる状態で、両手を使ってしばらく剣に触れているために、アザレアの膂力を押さえ込む力も必要になってくる。


となると…この方法しかないだろうな。


※※※※※※※※※


ハルの恋人たち、5人は開戦からすでに掃討戦のようなことをしていた。


城壁にいた兵士たちは士気も低く、疎らな攻撃に反撃していたから、それすらもなくなってきている。


5人の恋人たちの後ろにいる公爵家の騎士たちは、やることがないので逃げようとする残党を片っ端から捕まえている。


「精霊殿が、ロープが大量に必要になると言っていたので…途中の村々でかき集めてきたが…正解だったな」


バンラックは正面で戦う美少女たちの、あまりと言えばあまりに過ぎる一方的な制圧に、顔が引きつっていた。


「だが、稼ぎ入れ時だ!平民の天恵持ちは奴隷に、貴族は身代金だ!バンラック公爵家騎士たちよ、あの少女たちに続いて、進むのだ!」

「「「「「おおおおお」」」」」


完全なるボーナスステージ。武装は奪えるし、バンラックは丸儲けでしかない。王家が変わるのだからこれくらい当然である。


何せ、各貴族は門兵以外の兵をほとんど持ち合わせていない。兵を雇うのにも金がいるのだから、彼らは常に身を守る最低限しか揃えていないのだ。


一方ジオフォトス公爵家は、門兵を持たず、騎士団を形成して、密かに武力を高めていた。それでもアザレア王女には勝てないが、逆にアザレア王女がいなくなれば、ほかの戦力はどうとでもできる。


ましてや、今、全国の門兵たちは民衆からの虐殺に遭っている。王家が抱える戦力は、だろう。


となれば、ジオフォトス公爵家の騎士団が国一の戦力となる。ここにいる300騎と領地に残した500騎の合わせて800騎。


国内のどの領地も歯向かうことはできまい…と思っていたのだが…。


「精霊殿だけでなく、この少女たちがここまで強いとは…これは精霊殿一行を丁寧に饗さねばな…」


この国の門兵全員が健在でも恐らく蹴散らされるだろう、あまりにも規格外の戦力にバンラックは…。


考えることをやめた。


「うん。無理だってこれ。どうにもならんよ。私が1000人いても足止めが精々だな…」


バンラックが完全に諦めモードに入ったその前方で少女たちは引き続き無双していた。


城壁の兵は完全に壊滅し、アザレアの騎士団に取り掛かっていた。こっちもかなりの及び腰だが、まだかろうじて組織的な抵抗をしてきている。


とは言え、リジーの尻尾の一振りで10人はミンチになるし、グリューンのブレスで30人は炭になるが、それでもまだ、辛うじて、だ。


ハルと異なり、彼女たちは手加減が出来ない。むしろ、大量の武装した騎士たちを前にして手加減を考えられるハルが異常なのだ。


フィニはメンバーたちの中衛に控えて、不意打ちを警戒していたが、だんだんそれが無駄であることに気がつくと、可愛らしいため息を吐いた。


「はぁ…あとは…ハル様…合流する」

「師匠はもう少し向こうにいますね…この騎士たちの群れを駆逐すれば見えてくるかもしれません」

「シイカ…お願い」

「わかりましたよ、フィニ!」


シイカが手のひらを騎士たちに翳すと…地面から大量の木が生えてきて、騎士たちを次々と絡みとっていく。


「権能を使いぱなっしなのも面倒なので、この騎士たちはやっちゃいますよ」

「…ん…よろしく」


シイカの権能は足の裏から木を伸ばして自在に操作するというもの。実はいま地面に着いているシイカの足の裏から地中を伝って木が伸びて、騎士たちの足元から再び地上に出ているのだ。


伸ばせるのは今騎士たちを巻き取っている言わば、地下茎に属するもの。それともう一つ…


「なんだ!?この細いのがうねうね身体をまきとってきて…ううっ頭が…」

「苦しい…助けてくれ…」

「水を!水をくれぇぇ」


地下茎に紛れて騎士たちに伸びたのは根だ。この根は巻き付いたものから水分を奪う能力がある。つまりいま騎士たちは、身体から無理やり水分が奪われてあっという間に脱水症状に陥っているわけだ。


30秒ほどで誰が見ても死を確認できるほどに、はっきりとミイラと化した騎士たちが出来上がっていた。


「ふいい、解除」


巻き付いていた木がフッと消えると、取り残された鎧や剣がガランガランと音を立てて地面に落ちた。


「よーし!ハルさんのところにいきましょう!」

「これでハルと合流できますね」


5人が慌てて駆けていく先には、大量の砂煙が立っていて視界が遮られている。ただ、恐ろしい剣速なのだろう、刃がブンブン風を切る音だけが砂煙を超えて聞こえてきた。


そこにビューと強い風が吹く。あたりの砂煙が一気に流されて、視界が開ける。


「ハル様っ!?」


そこで、フィニたちが見たのは、アザレアが持つ巨大で禍々しい剣が、愛おしきご主人様であるハルをはっきりと貫いたあまりにも衝撃的な光景だった。

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