第84話

「アザレア様!クリスハルが城門前にいます」

「来たかぁ!!クククククク!」


城門のすぐ裏に控える騎士団。アザレア王女はその先頭に立っていた。


普段の自信あふれ、威厳のある態度ではなく、醜い笑みを浮かべたアザレア王女に、騎士団のひどく気持ちは揺れている。


かつての美しく、国民が憧れたアザレア王女の姿はそこにはない。整っていたはずの髪は乱れ、流麗で切れ長の目は血走っている。それはまるで、山奥に潜む鬼婆のような姿だ。


−−−城下町に両腕を失ってさまよっていたらしい

−−−龍を調教したクリスハルに負けたらしい

−−−敗走に際してお供を見捨てたらしい


その変貌に合わせて、そんな噂話が騎士団の耳に届いていた。そして城下町では、それを見かけた市民が山ほどおり、噂というよりは確定情報になっていたのだ。


騎士団はその噂を止めるために大量の金と、権威を使った脅しを使った。しかし、噂を止めた騎士団すら、アザレア王女への信頼は揺らいでいる。


何より極めつけの噂が…


−−−敗走中、移動資金や食料確保のために村々で身体を売っていたらしい


これはいくらなんでも、プライドの高いアザレア王女に限ってないだろうとは思いつつ…。戻ってきてから異様な容貌となったアザレア王女を見ると、確信を持って否定できなくなっていた。


「こちらが万全の体制と知らずに来たか!愚か者めええええ!お前ら!射程距離に入り次第、一斉に弓矢をけしかけろ!」

「はっ!」


アザレア王女は背中に神剣アストロシティを背負っていた。しかし、騎士団としてはそれも及び腰になる理由となっている。


アストロシティは、神剣とは言うが、ほぼ魔剣の部類であった。圧倒的な戦闘力と引き換えに、呪いが降りかかる……これは騎士団内ではかなり有名な噂話である。


「アストロシティの本来の持ち主である神が、私に力を授けると言った!」


その神剣の本来の持ち主である異世界の神から、アザレアは、クリスハルの討伐に協力する、との確約を受けた。


それもどこまで本当なのか。。そこまで出かかり、さすがに不敬だろうと、口を噤んだ騎士団員たちがどれだけいたのものか。


「恐れるものはない!神が私にはついているぞ!」

「「「「おおおおっ!」」」」


騎士団は反射的に鬨の声を上げたが、その大きな声は、熱が下がり続ける内心とは裏腹である。


一方でアザレアは負ける気はしなかった。同じ異世界の神が付いているのならば、クリスハルとアザレアではスペックが違いすぎる。


「クリスハル…ぶっ殺し…」


まるで山間に吹く風のような唸り声を上げたアザレア王女が、さらに口を醜く歪ませた直後。


目の前の城壁が爆発した。


※※※※※※※※※※


「第3門真階位オリジン超筋力ヘラクレス

「第1門・3門混交真階位オリジン超速ヘルメス

「第1門真階位オリジン超反射オーディン


私は城壁の爆発に合わせて、すぐ次の魔法を唱えて身体を強化した。これらの魔法には強化上限がない。持ち前の魔力濃度で、強化倍率が変わるように設定されている。


初めて使った中位精霊のときは、精々100倍程度の強化だったが…上位精霊になって500倍くらいの強化はされるようになった。


さらに魔力濃度を上げて亜神になれば、その強化度合いは加速度的に増していくだろう。実に楽しみである。


「さぁ、みなさん!開戦ですよ!醜い王族たちを滅ぼしましょう!」


5人にそう声を掛けると、左手にユピテル、右手に雷切を構えてから、崩れ落ちる城壁に向かって一気に踏み込んだ。


落ちてくる岩塊を両手の武器で切り裂きながら、神力の元へと…いやいやアザレア王女の元へと一直線に向かう。


最後に、大きな木片となっていた城門を細切れにすると…。そこには後ろに引いて逃げる体勢になっている騎士団と、こっちを向きながら狂気の笑みを浮かべて立つアザレア王女がいた。


「アザレア王女ぉ!その神力、私がいただきますッッ!!」

「クリスハルぅぅう!!!!」


なるほど、剣を構えたアザレア王女は、身体の周りを神力が覆っている。これは天恵を使った際に武器を魔力で覆うのと逆の原理。


剣がアザレア王女の動きをサポートするのだろう。


間違いない、使


「剣の作者と天恵のシステムは同じ神が考えた」

「何を言っているクリスハルぅ」


まずは1合。相手の剣と雷切で打ち合うが…パワーではやや負けている。だが…。


「テクニックはお粗末ですねぇ」

「なんだとぉ!!」


少し芯をずらして受け流すと、アザレアの剣は簡単に逸れてしまった。がら空きの胴を、左のユピテルで思いっきり突き刺す。


「がっ!?」


痛みを嫌ったアザレア王女は、後ろに飛び退り距離をとる。すると、たった今刺した腹の傷口が淡く光り、みるみる傷が塞がると、血も止まった。


たった今、発生した魔力の流れ。治癒の4門ではない、そして精霊の自己修復でもない魔力の使い道。


「なるほど…権能…いや、権能モドキですね」

「くはははは!見よ!この回復力!お前がいくら切り刻んでも無駄だぞ!」


恐らく権能を真似て、回路を自己開発したと思われる何か、だ。本来の権能には遠く及ばない神力と、稚拙な回路だが、天恵以下の魔力効率で治癒現象を起こしている。


(あまりにもお粗末で勿体ない…お猪口を満たすのに、バケツをひっくり返して水を入れているようなものですね)


シイカに聞いたが、権能を与えられるのは神界の中でも極々限られた神だけらしい。そのため、大半の神は権能を持たない。そのことにヤキモキしている神もいるという。


その1人が私を殺した従神マイナーゴッドアストロシティ。


つまり、あの剣の作成者だ。


権能欲しさに似たものを自己開発したのだろう。あまりにも粗雑で出来の悪いものだが…。効果を発現するだけでも、確かに努力はしたのか?


「ぶっ殺すぅぅぅ!!!」

「ううむ」


振り降ろされる剣を受け流し、横薙ぎの剣を避け、距離を取る。再度、距離を詰めてきたアザレアの回し蹴りをスウェーバックで躱して、伸び切った身体を突き刺そうとしてきた剣をユピテルで絡め取る。


「どうしたぁ!クリスハルぅぅ!!さっきから攻撃が来ないぞ!?私を怖れたかぁぁっっ!!!」

「いやぁ…うん」


もし攻撃を加えると…怪我を修復するのにバカみたいな魔力を使う。せっかくの神力まで高められた魔力なのだ。いくらなんでもそれは、ちょっとそれは勿体ないなぁ。


と余りにも無駄に垂れ流される魔力を前に、私はついついバカなことを思い始めてしまったのだ。


「よし!こい!」


覚悟を決める。私は両手に持つ剣を鞘に収め、アザレアに向き直った。

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