第83話
長く続く山道と鬱蒼と茂る森の中に辛うじて通る街道と獣道の間のような道を抜ける。ようやく王都の城壁が向こうに見えてきた。
「精霊殿、向こうは万全の態勢のようだね。あの城壁を見ればわかるだろう?」
バンラックが城壁の上を指してそう言う。
一応、こちらは木の陰などに隠れて気づかれない位置取りにはしているはずだ。しかし、すでに城壁内に多くの兵が詰めている。
弓矢や投石機などを遠距離の武器を構えている兵士が1325、補給兵らしきもの合計で498人。
城壁の向こうには恐らく王都の騎士団だろう気配が約1000騎ほど。正確に言うと1023騎。
そして、先頭に立っているのがアザレア。そのアザレアはというと、
あれは、なかなかに魔力の奪い甲斐がある。
「あっちは城壁から遠くを観察するような天恵を使っていました。だから、少し前からこちらが来ることがわかっていたはずです。すでに城壁の後ろにも騎士たちが控えてますからね…全部で2845人とアザレアになります」
「!?精霊殿!わ、わかっていて、わざと?それにそこまで相手の正確な数値が!?」
「当たり前です。何のためにここまで、これだけの力を貯めてきたと思ってますか?」
私は余程、凄絶な顔をしていたのだろう。
私の顔を見たバンラックはこれまで見たことのないような、ひどく引き攣った顔をしていた。恐らくクリスハルの記憶にもあるまい。
「向こうに勝てると思った戦力を存分に集めさせてなお、それを正面からぶち破る」
「なっ!?」
「それが最高の復讐になるんですよ」
クリスハルは、生前、何度も事態を何とかしようとしてその都度、アザレアに心を折られた。それをきっちりと味わわせてやらなくては、復讐にならないではないか。
「前回、私はアザレアを圧倒しました。それを逃がしたのですから、王都に戻りさぞや焦ったことでしょう。だからこそ必死で迎え撃つ準備をしたはずです。その時間は与えました。彼女も殺されたくないでしょうからね」
人間は生きるチャンスを与えられれば、足掻き、足掻き、足掻いて、生きようと必死になるはずだ。アザレアは今、とにかく用意できる全てを用意して、私を迎撃しようとしているに違いない。
「そこを圧倒するんですよ。最高の準備をしたからこそ、圧倒されれば、何をやっても勝てないという絶望感が彼女を覆うはずです!」
これでもまだ希望を持つなら、また何度でも、突き落とす。敢えて、生きる希望を与えてから、精一杯足掻かせてから、突き落とす。
何度も突き落として、最後は足掻く気が起きないほど絶望させるまで続ける。それでこそ、自ら命を断つに至ったクリスハルの復讐も完遂するだろう。
「では、まずは私が1人で行っています。合図があったらみんな、わかってますね」
「…ん…やる」
「ハルさん、お任せください!私が、みんなの盾になります」
「わ、私はみんなの後ろについていきます」
「お任せください、師匠」
「ふふふ、ハル。後ろにいる公爵家の騎士団の出番がなくなるかもしれませんねぇ」
ポピーはともかく、ほかの4人はやる気満々のようだ。4人が張り切れば、バンラックたちの出番となると精々が、取りこぼしを拾うだけだろうな。
再び前を向くと、私は木の陰から出て、城壁の前に堂々と姿を現す。
「聞こえますかー!」
第3門で肉体のうち声帯やら、口腔周辺の筋肉を強化して、声を大きくする。城壁の兵士たちはまるで落雷のようなバカでかい声にすら、驚いて固まってしまっているようだ。
全く…。大声程度でワタワタしているなんて、バンラックの騎兵と比べるとだいぶ練度が足りない。
「これからそちらに攻め込みます!悪いですが、そちらの数が多いのでこっちに手加減は期待しないでください!そして死にたくなかったら逃げてください!」
殲滅するつもりはないし、私は虐殺者でもない。目的はアザレア、そしてアザレアを生み出して放置した王族だけだ。あとの命運については、私が構うところではない。
「逃げるなら私たちは追いませんからー!」
もちろん、バンラックの騎兵たちがどうするかまでは知らない。捕虜として捕まえれば、貴族ならば身代金になるし、平民なら奴隷にでもするだろう。
それを私がどうこうするつもりもないが…。
などと考えていたら、ヒュッ、の音がして城壁から1本の矢が放たれた。頼りない矢は、私の3メートルほど手前に落ちる。
「今の矢を宣戦と受け止めます!」
開戦はあった。では今から戦争の開始だ。声の拡大を辞めて、別の魔法の詠唱を始める。
「上級精霊になった際に開いた、第5門、風操作創造系統と掛け合わせた新しい魔法の実験台となってください」
第5門、風創造操作は、空気…いや気体の操作に特化した魔法だ。気体を作る、操作する、この2点だけだが、人の生存に必須な気体を自在に出来るというのは、かなり強力である。
ちなみに、地球のファンタジー小説では風の刃などという、物理現象としてはどう考えてもありえない魔法があるが、もちろん現実的には無理だ。
かまいたちなどの現象も、真空などとは無関係なことは証明されている。
「
今回はまた新しい魔法を試す。それは
「第9門・
魔法で、ほかの魔法を補助する。極めて稀に、息の合った魔法使い2人が2つの魔法を行使することはあった。しかし、さすがに4つの魔法を同時に、は史上初の試みだろう。
「混交魔法ではなく、複数の魔法を同時発動するという私でも初めての試みです…いやぁどうなるんでしょうね」
新しいおもちゃを手に入れたときのように、素晴らしくいい女と出会ったときのように、信じられないような発見をしたときのように、そんなワクワクを胸に魔法を完成させた。
「名付けて…」
初めて使うこの魔法。人間では超えられない既存の枠組みを超えた魔法。一体どれほどの威力を持つ魔法になるのだろうか!ああ楽しみだ!!
「
そして軽く上げていた右手の人差し指をクイ、と下に下ろした。
するとその直後、天を貫くような巨大な雷が3条。
ゴォンッッッッ、のいう地響だが、轟音だかよくわからない音ともに城壁に降り注ぐと…
城壁が爆発した。
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