第86話
アザレアが何度も剣を粗雑に振り回してきて、私は内心で舌打ちをしていた。その振り方では、私の魔力でアザレアの剣を覆うのは難しいだろう。
私が思う理想的な攻撃を誘発するには…。
(次、横ぶりが来ますね…誘ってみましょうか)
横振りの剣を大袈裟なスウェーバックで躱す。そのため、一瞬動きが硬直するほど、身体を伸ばすことになった。
(さぁ、この体勢にちょうどいい攻撃ですよ…いくらバカな貴女でもわかるでしょう?)
アザレアがニヤリとしたのが見えた。剣先をこちらに向けて、腰元まで引くと待ちかねていた胴を狙う理想的な突きを放ってきた。
(よし来た!今ですっ!)
私は意図的にその攻撃を腹で受ける。背中まで深く貫通するのを確認してから、腹筋、背筋を使ってキチンとしめて、そして両手もガッチリ剣を押さえた。
抵抗なく私の身体を刃が貫いたことに、アザレアは歓喜の声を上げる。
「よぉおおおおおおおおしよーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしッッッッ!クリスハルを仕留めたぁぁッッッッッッ!!!」
アザレア王女が、馬鹿みたいな声を上げて喜んでいる間にも、私は着々と準備を進める。
身体を貫通した剣は、血というもっとも濃厚な私の魔力でびっちり覆われている。そして剣をガッチリ両手、腹筋、背筋で押さえつけたので、アザレアの膂力ではすぐには抜けないだろう。
長い時間は不要だ。10秒あれば十分!もうこの時点で5秒は過ぎた。あと4、3、2、1…。
「この神力!いただきますよっ!!!」
「なっ!?抜けない!?クリスハルっ、貴様何をしてっ!?」
全力で魔力コントロールに集中する。すると剣が持つ圧倒的に濃厚な魔力が、みるみる私の身体に流れ込んでくるのを感じた。
「いい感じです。素晴らしい!」
「貴様っ!もしやこの剣の力を…!?」
「気がつきましたか…もう遅いですけどね」
剣がみるみる痩せ細っていき、グレートソードほどあった剣が、いつのまにかショートソードのような大きさになっている。
「貴様っ!よこせっ!」
「…もう膂力では勝てないでしょう?」
アザレアが引こうとするが、全く剣は動かない。
私がかなりの魔力を吸った結果、魔力による強化度合いが爆発的に増えているのだ。そのため、アザレアとの膂力差はなくなるどころか、すでに完全に逆転している。
「ど、どういうことだ!?神剣の力を得て、私は無敵になったのに!?」
「ふうむ。貴女は実に無能な女ですね」
「な、なんだと私は勇者の天恵を持ち、神に選ばれた存在なのだぞ!」
本当に…だからこいつは無能なのだ。
「はぁ、貴女の力というのは…『何もせずに得た天恵』『神からもらった剣』『神が渡した力』しかありません。そこには何一つとして貴女自身が獲得したものがないですよね」
「う、うるさいっ!神から認められた…」
「はっ!その神は今どこにいます?いないでしょ?最後に信じられるのは自ら身につけた技。貴女自身は空っぽなんですよ。せめて何の努力もなく得た天恵を使って、民の生活を良くするとか、国を豊かにするとか、そういう意味のある使い方をすれば、それは貴方の力となったのに」
「そ、そんな無駄なことなどするか!私の天恵は私が選ばれた証拠!だから私のためな使う」
「はぁ、だから貴女は天恵や剣を納める単なる器でしかない。別に貴女である必要すらない、それが敗因なんですよ」
私に刺さった剣はさらに小さくなる。ついにナイフの大きさになり…針になり…。そして最後は泡のように弾けて消えた。
そして消えるのとほぼ同時。
私の魔力が…ついには神力に至る。
全身に神力が漲ってきた。
「でも、愚かで、無能で、下劣極まる女・アザレアよ、1つだけお礼を言いましょう。貴女は心底間抜けで、あばずれで、醜くて、最低な女でしたが、そんな油虫以下、便所にこびりついたクソ並な貴女の無益な行動のお陰で、私は神に返り咲くことができました…むんっ!」
「うわっーーー!?」
少し力を入れたときに漏れ出た魔力の圧だけで、アザレアは木の葉のように吹き飛ばされた。
神力とは言え、まだ入り口の亜神級ではあるが、それでも既に死ぬ前の魔力を超えている。
そして神力になるのに合わせて、肉体が変化していくのを感じた。魂の形に、身体を構成する神力が引っ張られれていっているのだ。
見る見る、私は見た目まで元の姿に戻っていった。
「素晴らしい!素晴らしいですよっ!魔法神・来栖波瑠、本格的に復活しましたっ!」
しかも、それだけではない。
すでに真階位まで開いていた第1門、第2門、第3門、第5門、第9門に加えて、残りの全ての門…第4門、第6門、第7門、第8門、第10門が一気に開くのを感じたのだ。
「あははっ!これは復活どころではありません!以前より遥かに強くなっていますよ!」
生前を超えた強化に私のテンションは、うなぎのぼりに上がっていく。湧き上がる力に歓喜する私にフィニがおずおずと近づいてきた。
「ハル様…なの?…魔力が…ハル様の…まま」
「フィニ…ええ。私です…魔力が完全に元に戻った影響で体を構成する魔力が魂の形に引っ張られてしまったみたいです」
「ワイルド…イケメン…」
そう言うとフィニはハシッっと抱きついてきた。前はフィニの頭は胸元くらいにあったのに、今ではお腹に顔を押し付けているみたいになっている。
クリスハルは、やや太り気味だが、優しげな見た目をしていた。
だが生前の私…そして今の私はその真逆にある。目つきは鋭く、身体はいつも鍛えていたがどちらかと言うと細身だった。背は2メートル近くあり、手足は長い。ゆえに生前の私の見た目は…猛禽に例えられることが多かった。
狙ったものを逃さず、遠くから様子を見て、一撃で仕留めるその生前の戦い方も含めて…。
「
「らいとにんぐほーく?ハルさんのこと?」
「師匠が前の星で付けられていたあだ名ですね」
懐かしい呼ばれ方だ。いや、たった2ヶ月ぶりでしかないのに、随分と時間が経った気がする。
「ふむ」
第10門の魔法を使って、アザレアの前に瞬間移動をする。亜神の魔力なだけあって、詠唱もほとんどなく、威力も段違いだ。
軽くしゃがんで、地面に伏したアザレアの髪の毛を掴むと、力任せに無理矢理持ち上げた。
「い、いだぁい」
私に睨まれた恐ろしさからだろう、鼻水と涙を臆面もなく流している。嘗ての傲慢な姿はそこにない。
「さて、アザレア」
「ひっ!?」
「これから貴方を裁く人を紹介しますね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます