第15話
一旦、部屋まで戻り、フィニにメイド服を渡す。
…元グラムスのクローゼットには、何故こんなにメイド服がたくさんあるのだろうか。
しかもフリルたっぷりで、リアルなメイドというより『秋葉原か!?』という感じのやつだ。
パニエやら、ホワイトブリムやらも揃っていて、グラムスの半端ないこだわりを感じる。
絶対領域が見えるミニスカートではなく、ロングスカートのメイド服だったので、まだ理性があった。そう思っておこう。
サイズもフィニにぴったりのものから、かなり大きめのまであるのを見つけたのが、グラムスを1番怖く感じた瞬間だった。
「服…ありがと…ござ…ま…」
「気にしないでください。貰いもんみたいなものですから、ね?」
メイド服に袖を通したフィニはペコペコ何度もお辞儀をしてくるので、そう言って止めた。
あのグラムスが残しただけのもんだからね。お礼を言われるのも、しのびないくらいだ。服には罪はないから使わせてもらうけど。
「ハル様…たくさ…御奉仕…する」
決意表明とともに両手をギュッと握りしめて、気合充分なフィニだが、直後、きゅうう、っと可愛らしい腹の音がした。
「あ、すみませんねフィニ。お腹がすきましたよね?」
「…あ…う…」
顔を赤くするフィニ。聞こえづらくはあるが、言葉が聞こえると、フィニの意思もだいぶ伝わる。
しかし、フィニがまだ朝ごはんを食べていないことをすっかり忘れていたな。というか、私もすでに腹が減ってきて昼めしを食べたい。
時間的にも、早めの昼時くらいになっているから、一緒に食べてしまおう。
「厨房はどちらでしたっけ?」
「…ハル様…こっち…」
フィニが私が着ている服の袖をちょん、と端だけ摘んで軽く引いてきた。顔は…やはり無表情のようだが、尻尾がぶんぶん振られているので、得意げなのがわかる。
(うーん。この小動物感…)
なーんて思いながらも、昨晩はバッチリやっちゃったんだからな。何と言うか、10代男子の性欲の強さよ、と思う。
袖を離す気がないらしいフィニは、迷いなくスタスタと進んでいく。昨日来たばかりでも、ちゃんと部屋を覚えているらしい。
「…ここ…」
「おお、そうみたいですね」
まもなく昼時だからか、中からは少し騒がしい音がしてくる。ちらりと覗くと、鉄火場だった。
「これは、もしかして昼飯まで待たないと、ダメな感じでしょうか…?」
「…大丈夫……待つ…」
ぐー。フィニの宣言とは裏腹に、腹の虫の方は、さらなる抗議の音を立てている。このままというのも可哀想だな。
「そうですね…待つのもフィニに酷な気がしますから、外にでも食べに行きましょうか?」
「……うん」
こくこく。まだフィニは言葉を発することに慣れていないみたいだ。どうにも言葉少なに、ゼスチャーで済ます癖がついている。
ま、無理に直すようなこともないか。そのうち時間が解決してくれるだろう。
「ハル様…フィニ…お金ない…」
「それは大丈夫ですよ。部屋の引き出しにお金がたくさんありましたから、それを使いましょう」
グラムスの小遣いだろうが、知ったこっちゃない。適当に金色だったり、銀色だったりの貨幣っぽいのを持ってきているので、使えるだろう。多分。
腰に下げていていた小袋を空けて中にに入った貨幣を見せると、フィニは目を軽く見開いた。
「これ…2枚で…庶民の家族…1月、生活をしていける…」
500円玉の倍はありそうな大きさの金貨を指してそう言った。庶民の家族が1月、ということは地球の価格で言うと15〜20万円くらいか?つまりは1枚10万円くらいかな。
確か、江戸時代は小判1枚でそのくらいの価値だったはず。大きさも、小判はちょうどこのくらいだったはずだ。金、銀などが地球と同じような希少性がないと成り立たない話だけど…偶然なのかな?
「なるほど。それくらいなのですね。私は貨幣の価値がわかりませんから、確認を含めて食べに行きましょう」
「…わか…ました…」
こくこく。
☆☆☆☆☆☆
ということで、フィニを伴って、屋敷の外に出た。実は昨日、学校から馬車で戻ってくるとき、町並みは観察していたので、見当はついている。
「えーと。たしか、こっちの方でしたね」
「……ハル様…場所…わかる?」
「ええ。昨日、馬車でこのあたりを通りましたからね…フィニは苦手な食べ物とかありますか?」
「…食べる……全部…好き…」
「そうですか。じゃあ、適当にそこらへんの店入りましょうか?」
確か馬車で見た限り、屋敷から数分あるけば、繁華街、というか目抜き通りに付くはずだ。
綺麗に石畳で舗装された道を、フィニと2人並んで歩いていく。
「そういえば、ここってどんな街なのですか?」
「…王国…王都…ジーナス」
「ディアンデス王国の王都なんですね…ということはさっきまで居たのは、公爵家の王都屋敷といったところですか?」
「……ぅん」
つまり、私やグラムスは、恐らく学園に通うために王都のこの屋敷に居た。そして、昨日から1度も、公爵である父親や母親を見ていないのは、両親とも領地に居るからだろう。
「それは、王都なら、あれだけ立派な目抜き通りがあるのもわかります」
「王都…お店…たくさん…」
とは言え貴族の店はややこしそうなので、庶民の店にしよう。明らかに屋台なんかの、庶民向けの店も馬車の窓から見えていたからな。
「お、見えてきましたね。あのあたりです」
「……いい匂い…」
「フィニが食べたいところに行ってみましょう」
「ハル様…ありが…う…」
くいくいと弱く袖を引く手についていくと、串焼きっぽい店だった。茶黒いタレをかけて、灼いているからか、塩気のある焦げ感ある匂いがあたりに漂っていて食欲を刺激する。
フィニの尻尾は…千切れそうなほど、ぶんぶんと振られていた。
「あ、嬢ちゃん?その服装、メイドかなんかか?」
「…ぅん…ハル様…専属メイド…」
「串焼き食べるか?」
「ハル様…聞く…」
屋台の気の良さそうなおっちゃんに話しかけられたフィニが、それでも誘惑に負けず、私に確認を取ろうとしている。
「ハル様…串焼き…」
「ああ。では、2本頂きましょう」
無表情ながらも、不思議とフィニからの圧を感じた私は、木に2本買うことにした。
「店主?2本だといくらですか?」
「50シデナだな」
袋の中身をフィニに見せながら、小声で40シデナを払うのにどれを使えばいいか、確認を取る。
「ハル様…これ…25シデナ銅貨…」
フィニは、袋の中にある500円玉くらいの銅で出来たような硬貨を掴むと、私に渡してきた。袋から同じ硬貨をもう1枚取り出してから、屋台のおっちゃんに渡す。
何となくだが、1シデナ10円くらいだろうか?一本250円。日本でもそれくらいで売ってそうな気がする。
「では、これで50シデナですね」
「毎度あり。これが串焼き…2本だな。熱いから気をつけろよ」
1本をフィニに渡して、残った1本にかじりつく。香ばしい表面のカリカリ具合と、弾力ある肉質に歯がサクと入る感じが堪らなく美味しい。鶏肉のハツに少し似ている。
味付けは塩以外に、何を使っているのだろう?醤油とは違う、黒い…酸味を抜いたウスターソース、といった味わいだ。かなり濃厚なコンソメスープと言われると、そんな感じもする。
「この…タレ、かなり美味しいですね」
「…ぅん…」
「だよね。このタレ再現できませんかね」
「……再現…あの屋台…無価値に…」
「あははは」
串焼きを食べながら、歩きながら、フィニと雑談をしながら、別の屋台も覗いてみる。あれよ、これよというフィニに付き合いながら、食べていたら、気づけば腹が膨れていた。
「フィニ、私はそろそろお腹いっぱいです」
「……お腹いっぱい…」
ふぅ〜、と満足気に息を吐くフィニ。さて、貨幣価値なんかも何となくわかってきたので、そろそろ屋敷に戻るとしよう。
そう、フィニに提案しようと思ったら、100メートルほど向こうで、大きな建物の前に人だかり出できていた。一体なんだろう?
「ハル様…人…たくさん…」
「そうですね。すごい人だかりです。うん。少しだけあの人だかりが何なのか、確認だけしてから、屋敷に戻りましょうか?」
「……ぅん」
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