第14話
「ご主人…さ…ま…」
「フィニ…」
か細く、非常に小さな声であるが、確実にフィニの口から紡がれた言葉に、私は改めて驚いた。
フィニに近寄って、上着をかける。上着の前をギュッと抱きしめるようにしたフィニの表情は、いまいち伺えない。尻尾は力が抜けているし、肩の力が抜けてるから安堵はしているのだろう。
「ご主人…様…よかった…」
「ああ。フィニが教えてくれたお陰ですね。改めてありがとうございます」
ふるふると、謙遜するフィニ。だけど、あの時、フィニが警告をしてくれなければ、最初のグラムスの攻撃を凌ぎきれなかったかもしれない。
「フィニが声を出してくれなければ、危なかったのは事実ですよ。本当に助かりました」
「ご主人…様…お陰……声…でた…久しぶり…」
途切れ途切れの、か細い声ではあるが、確実にフィニが出している声だ。人形のように小柄なフィニからは想像し易い、高めの、そして平坦な声だった。
「久しぶり…ですか?」
「…うん」
「ということはフィニは、小さい頃、喋ることが出来たのですか?声が出なかったのは、生まれつきではない…と」
「……天恵の……儀で…」
天恵の儀。5歳で、地上にいるすべての人々が、天から受ける啓示というやつだな。そこで天恵が決定するというが…。
「もしかして天恵がなし、と言われたから、そのショックで…とかですか?」
ふるふる。と、首を振ってからフィニは自分が話せることを思い出したのか、口を開く。
「…家族…怖くて…」
思わず、私はフィニを抱きしめた。少し、ほんの少しだけ驚いた顔をしたフィニは、すぐに身体を預けてきた。
「それは…辛かったですね…」
「……うん…今…ご主人様…いる…」
彼女が受けていた境遇は、私の元の身体の持ち主と同じ、ということだ。天恵なしと判断され、家族から酷い扱いを受ける。この世界の神はひどく残酷なことをするんだな。
「さて、外に出ましょうか?」
「……うん…」
ふと、立ち上がったときに、つま先に触れる硬質なものがあった。グラムスが使っていた魔槍だ。私はこれを、魔力を固形化したもので作られてると予想していたが、実際はどうなのだろう?
「もしかして…使えます?」
私は転がっている槍の柄を掴んだ。
やはり魔力を固形化して作っているので間違いなさそうだ。魔力の割合としては中級精霊になる手前と言ったところだ。私よりよっぽど格が高い。
ここまで密度が高い状態ならば、私がその魔力を吸って自らの力にすることができるだろう。
魔力を吸うなら大気の魔力吸えばいいじゃん、と思われるだろう。私も最初はそう思っていた。
ところで、地球の海水って金が混じってるのを知っているだろうか?1トンあたり、1ミリグラム以下と、割合としては0.0000001%。
誰も海水に溶けた金を集めようとはしないのは、単純に効率が悪いからだ。
大気の魔力濃度は、ほぼ海水に溶ける金と濃度は同じくらいと言われている。とにかく非常に薄い。
それだけでなく、魔力には浸透圧みたいなものがあり、薄いところから、濃いところに魔力を移すのには、労力が非常にかかる。
とは言え、濃い魔力を持つものも、気をつけていれば魔力が流れて拡散してしまうようなことはない。
目の前の槍は、金塊で言うと5〜6金(含有率20〜25%)くらいのものではあり、大気の2億倍は濃い。
神力ともなれば18金(含有率75%)以上だけども、下級精霊程度ならば1金(含有率4.2%)程度で充分だから、かなり濃厚である。
「この槍の体積から考えると…まるまる頂いてしまえば1、2%は魔力濃度が上がりそうですね」
私は半精霊なので、恐らく1金もない。だから、かなり魔力の濃い魔槍から魔力を取り込むのは容易だし、取り込めば、下級精霊くらいならば、かなり近寄れる。
柄を掴み、私の魔力を強引に流し込むことで、流れを作る。そして、自分の魔力を戻しながら、槍の魔力も巻き込むことで取り込んでいく。
大気とは異なる濃度の魔力に、立ちくらみがするがそれもすぐに収まり、無事取り込みに成功する。
私に魔力を吸われた槍の残骸は、灰のような残り滓になった。存在を魔力に依存していたから、魔力を抜かれてはこうなるのは必然だろう。
「ふう。かなり体内の魔力濃度が上がったみたいですね…うん。もうすぐで下級精霊になれるくらいの魔力濃度になっています」
「……ご主人様…?」
私が触った途端、さっきまで危ない雰囲気だった槍が灰になった。フィニからしてみれば、何が起きたか、意味がわからないよなぁ。
うーん。彼女にだけは、私の素性とか話してもいいかもしれない。ここの世界のことを知らない私にとって、現地の協力者は必要だろう。
会って1日だけど、彼女が、私を裏切る理由がないし、スパイということもないだろう。性格的にも能力的にも向いていない。
ま、昨日会ったときからの喋れないことから全部演技だった、あるいはこれから彼女に裏切られる、なんてことがあったらそれはそれで、私が人を見る目がなさすぎたと諦めるかな。
「フィニに、話しておきたいことがあります」
「?」
コテン、と表情を変えずに首を傾げるフィニ。…なんか可愛いな…。
「私自身の話です。まだ誰にも話してはいないんですけど、フィニにだけは聞いておいて欲しいのです」
「…ご主人様…の話?」
「ええ。少し長くなりますが、フィニ、聞いてくれますか?」
「…聞きたい…すごく…聞きたい…」
私が真面目な表情になったからか、フィニも口をキュッと結んで真剣な顔になる。
地球…前世?のこと、魔法使いのこと、今の自分は精霊という存在であること、天恵がなくても少しも困らないこと、ほとんど全てを話した。
「ということで、私は本来の、この身体の持ち主ではないのです」
「…フィニは…以前の…ご主人様…知らない…」
「それはそうですね。フィニに出会ったのは、最初から今の私ですからね」
だから、フィニについては、こちらからも裏切ることはない。だが、クリスに、ほかの友好的な関係の人物がいたら、違う。
とても申し訳ない気がする…だろうなぁ。その人物と接する機会が、可能な限り来ないことを祈るしかない。
「…ご主人様…本当の名前…」
「あ、ああ。地球での名前ですね…」
もちろん、私には地球に居たときの名前はある。産まれも育ちも生粋の日本人であり、ちゃんと戸籍に登録されている名前があった。
「…知りたい…」
「偶然か知りませんが、
「名前…クルス?」
「いや。私の国では家名が先にきますので、クルスは家名。ハルが名前、になります」
「ハル様…呼んで…良い?」
名前でそう呼ばれると、何だかむず痒いな。ま、この身体もクリスハルだから、ハルと呼ばれてもおかしくはないしな。
と、私が頭の中でそんなことを考えていたのを、悩んでいる否定と取ったのか、フィニの尻尾が下がって、先だけを細かく振っている。これって、確か不安とか緊張とかだっけか?
「…ダメ?」
「いや。いいですよ。好きにして構いません」
「よかった…ハル様…よろしく…」
☆☆☆☆☆☆
武器庫を出ると、バンラックが腕を組んで立っていた。フィニと連れ立って出てきた私を見て、ニヤリと意味ありげな顔をした。
「やはりグラムスじゃあ、相手にならないか。悪いけど、グラムスは助けるよ。今から治癒術師を使えば命は助かるからね」
「バンラック兄上…」
「ふふ。殺しかけたことを問うつもりはないよ。だけど、悪いけどグラムスはクリスに決闘をしかけて病気療養、ということにはさせてもらうよ?命は助かっても、当面動けないだろうからね。それに家の都合もあるし」
「了解しました」
グラムスが仕掛けていたことを知っていた?どこまでこの男は把握をしているんだ?
「クリス、君は一体、何者なんだい?」
「………」
「しかし、天恵なしなのに、あんな古い武器で魔槍を切り裂いていたね。あれは一体なんなんだ?」
「自分でもよくわかりません。気づいたらできました」
思わず変な声が出そうになったが、普通に返答が出来た。この男、あの闘いを見ていたのか。
「聖騎士の天恵で『統率』って魔術が使えてね。配下の動きをどこからでも見られるんだ。クリスが中庭を駆け抜けていったときにかけさせてもらったんだよ」
「そ、そうなんですね」
「あはは!大丈夫大丈夫!クリスがそのメイドと何を話していたかまではわからないから安心していいよ?真剣な愛の囁きは聞かれたくないもんね?」
「あはは……」
こいつ、顔はいつも目が笑ってない笑み浮かべてるし、言動は掴めないし、本当に怖いな。私のことをどこまでわかっているのやら…。
「しかし、そんな古ぼけた剣でそれだけことができるということは、クリス、君は精霊なのかもしれないな」
バンラックがまるで私の心を読んだかのようにそう言った。この世界にも精霊と呼ばれる存在がいるみたいだな。たまたま言葉が同じなだけで、同じような存在かはわからないが。
「精霊…ですか?」
可能な限りこっちの本心が悟られないように、感情を消して言うが、果たして上手くいったか。どうにも、この身体に引き摺られて、精神年齢も未熟になっているようで、自信がない。
「なるほど、なるほど。ならば、なおさらクリスは気にしなくて良くなったな。結構結構」
「あの…話が…」
だが、バンラックは私の問いには答えず、勝手に納得している。すると懐から小さな鍵を取り出して、私に投げて寄越してきた。
「図書室の鍵をやろう。いくらでも本はあるから精霊について調べるがいいさ。精霊に対しては、基本的に『媚びず、逆らわず、障らず』だからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます