第13話

バラバラと、壁の裂け目から散らばる武器。


使えそうな武器を横目で見繕う。悠長に選ぶ時間もないので、私はとっさに、手元近くに転がっていた大型のナイフを拾うことにした。


硬質な輝きを放つ黒いかなり長めのナイフは、とても軽く、素材は見当がつかなかった。


「ゲハハハハ!それは雷閃剣ユピテルだな!」

「ユピテル?」


ずいぶんと偉そうな名前だな。地球だとどっかの神話に出てくる雷の神様だったな。


「名前は御大層なものだ。何せ、精錬することで鋼鉄より固くなる貴重な金属を使った品で、代々、公爵当主が愛用してきたのだ」

「ほう。そんな代物がなぜここにあるのです?」


倉庫の奥に、大したものでもなさそうにしまってあったにしてずいぶんと謂れがあるようだ。


「ふん。今では魔法技術の発達で不変硬鋼アダマンタイトに取って代わられた自体遅れの遺物よ。役立たずに要はないからな」

「…なるほど…」

「で、クリスよ。鋼鉄より少し硬いだけのゴミを握ってどうする?私の持つこの魔槍ルインと打ち合えるとでも思ってるのか?ゲハハハハハハハハ!」


これは…なるほど。指で触ってみる。


素材の精錬に魔法を使っていないのは、確かなようだ。それどころか、鋼鉄と比較しても、途轍もなく魔力伝導率がいい。


何だったら、この身体よりも魔力が通しやすく感じるくらいだ。完全に身体の一部として扱える。


これなら、魔力次第で切れ味を上げることも、単なる頑丈な鈍器にすることも可能だ。偶然だが、素晴らしい武器を拾ってしまったらしい。


全力で魔力を通すと、ユピテルがボンヤリと光を放つ。これは高速で巡回している魔力が素材と共鳴して起きる現象だ。相当に魔力の馴染みがいい証拠とも言える。


「へー。かなり魔力の通りが違いますね」


雷魔法は使えなくても、魔力を与えて強化させることは出来るらしい。光るユピテルを左手に構える。


「ゲハハハ!奇妙な術だな?それとも何か汚い手でもまた使ったのか?」


喋りながらもグラムスは、魔槍を鋭く突き出してきた。私は、それを左剣で絡め取り軌道をずらす。予想通り、剣は消されなかった。


「予想通りですね」

「む!?何故、その剣は消えないのだ!?またイカサマをしやがったのか!?」


グラムスは疑問を口にするが、僅かな時間でもそれは大きなスキとなった。左剣で反らして、絡めて引いたことで、グラムスの槍を持つ腕が伸び切った。


グラムスが引き戻すための、その一瞬、動きが止まった槍の柄を狙う。すると、まるで野菜を包丁で切るかのように、スパリと柄が切れた。


カランカランと、ペットボトル程度の長さにまで細切れにされた柄が地面に落ちる。


「やっぱり、これはいいですね」

「な、なんだと!?」


驚き、呆気に取られるグラムスに、左の剣を構えて接近した。肉薄する距離になれば、槍で出来ることは極端に減る。


ま、これだけスキだらけなら、槍でなくても結果は変わらないだろうけどね。


直接、腕で触れるほどの距離まで近づくと、まず股間に斬りつける。ギロチンのように、上から下に向かって剣閃が走った直後、ボトボトボトと何らかの肉塊が地面に落ちた。


「え?」

「だから去勢すると言ったでしょう?」


落ちてきたそれを踏みつけて、潰す。さらに何度も踏みつけ、床との間ですり潰して、治癒魔法でも2度と接合できないようにする。


「あああああッっ!?」


信じられないものを見る、絶望とも痛みとも取れない顔をして、グラムスは前かがみになった。


顔が下がり、私より下になった頭の髪の毛を束で掴む。何本か毛が千切れるが、それも気にせずに、頭を無理やり引き起こした。


「これで2度とあのような、下劣で、最低で、唾棄すべきことはできないでしょう」

「ク、クリスぅ…貴様なんてことを…」

「これは制裁ですよ。私の怒りもそうですが、ピピの分の制裁でもあります。貴方のような醜男の犠牲者をこれ以上出す訳にもいきませんからね」

「ピピぃ?だれだそいつはボゲッッッ」


そうだろうな。こいつの婦女暴行は、ピピに始まったことではない。少し調べただけで、数え切れないほどの女性を泣かせ、追い詰め、心を壊している。


このような男が、いちいち被害者女性の名前を覚えている訳がない。だが、腹が立ったので殴ってはおいた。


「貴方のような低能では覚えられないでしょうね」

「低能は貴様ホゲブッ!?」


何かを言いかけたグラムスをさらに殴りつけた。


「貴方は低能のゴミです。貴方のようなゴミは子供を残しては迷惑です。だから切り落としました」

「ふ、ふざけるボゲッ!?」


殴る。髪を掴んだまま、まるで餅つきのように殴って殴って、角がなくなるまで、繰り返し殴る。


「流石、発情ザルは、下半身にいっつも血が集まっているからか頭が悪いですね。さっきから、その腹立つ口ごたえをする度に殴られているのに気が付きませんか?」

「ひっ、ひぃっ!?」

「良かったです。ようやく学習したようで…。学習のためには、やはり繰り返しが大事ですね」


笑顔のまま殴る。掴んでいた髪の毛が殴打の衝撃で全て千切れてしまって、グラムスが床に倒れた。


度重なるダメージで、ハゲ散らかしてしまったグラムスの、残り少ない資源を乱暴に掴み直して、再度頭を引き上げる。


「ひぶっ…何も言ってないのにぃ!」

「多数いる貴方の被害者も、理不尽に暴力を振るわれていましたからね…口ごたえしたらもちろん殴りますし、気が向いても何となく殴ります」

「ひょ、ひょんなひどいぶええええっっ!?」


正面からの殴打に鼻の骨が折れたようだ。大量の鼻血がグラムスの顔面から吹き出た。


ボタボタボタと、流れ落ちる血が、床に新しい染みを作る。


「口ごたえしたら殴ると言ったでしょう?」

「ひょんえぇぇぇ」

「だいたいね、貴方のような下品な猿に抱かれたい女なんて居ませんよ。つまりは不要どころか、あるだけで害をまき散らす汚物です」


単なる肉片と化した、元グラムスの男の象徴をさらに足で執拗に潰す。肉片どころか、もはや床に出来た赤いシミでしたなくなったいた。


「良かったです。汚物の処理が出来て」

「く、くりすぅぅっっ」

「うるさいですね…」


グラムスの顔面を蹴り上げる。防御も取れないグラムスはまともに蹴りを受けて、前かがみからいっきに仰け反り、無防備な腹を私に晒す。


そのグラムスの無防備な腹に向かって、左に構えた剣で、右脇腹から鎖骨下あたりまで斜めに切りつけた。


グラムスが着ている不変硬鋼アダマンタイトの鎧すら紙のように切り裂き、その下にある腹肉も一緒に切りつけた。大きな鎧傷から、鮮血がブワッと吹き出す。


「ギャアアアッッ!!?」

「大の男なのに、ぎゃあぎゃあ、とうるさいですねぇ…ま、無理やりでないと女に相手にされない汚物だから仕方ないですね」


そのまま刃の向きを変え、鎖骨下から左脇腹へ、さらに横一文字に切り裂きながら、最初の切り口まで戻った。


地球の頃の私では、絶対に考えられない動きだが、流れるように一息に切りつけられた。この剣が、すごく身体に馴染んで振りやすいというのもあるかもしれない。イメージ通りに身体が動く。


「はぇ?」


最後は悲鳴すらなく、グラムスは、ドウ、と地面に倒れ込む。


鎧の腹部には大きく三角に切られた穴が空き、その下にある腹肉も同じ様に切り裂かれていた。


そして、腹圧に押された中身がその大きな傷口からボトボトと零れ落ちてきた。まだ意識のあるグラムスの顔が絶望に染まる。


「武器があれば、こんなものですか…」

「え?ひっ!?これっ!?俺の…俺様の…!?」


グラムスは、必死に手で床に溢れた自分の中身を掻き集める。かき集めた中身を何とか腹の中に戻そうとするが、腹圧のためかそれも出来ない。


「溢れてるぅ!戻らないぞぉ!!ヒィィィ!!!」


やがて、掻き集める手が震えて、動きが鈍ると、グラムスは完全にうつ伏せになって、そして動かなくなった。


「ふう。何とかなりましてね。それにしても怒りに任せて、目的を果たしてしまいましたが…」


呆然とするフィニを見て、彼女が死守していた最後の一線は守れたことに安堵をする。が、赤く腫れた顔を見て、また怒りがフツフツと沸いてきた。


あーいかん。本当に精神が未熟になっていて、感情に振り回されてるなぁ。致命的な失敗をしないように気をつけないとね。


また、ふう、と大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。


「クリスの弔いも、できたみたいですし、ピピさんの無念も少しは晴らせたでしょうか?今回はこれで良しとしましょう」

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