第12話
フィニは押し倒され、剥かれ、屈辱、そして絶望の中に、再びクリスという光を見た。
自分はこのまま暴力に抗うことも出来ず、蹂躙されるのだろう、と絶望していたところに、クリスは現れて、そして救ってくれたのだ。
だから、クリスがまた手を差し伸べてきたとき、フィニは強く思った。この手を、もう二度と離すまいと。
だから、差し伸べてきたクリスの手を、フィニは力がいっぱい、強く、強く、握り返した。
しかし、その平和的なはずの光景で、ゾクリとフィニの背筋を悪寒が走った。
クリスの背後から、禍々しい気配を放つ何かが忍び寄って来ていたのだ。少し前まで、グラムスというクリスの兄だったはずのそれは、いまやフィニの目には人間に見えなかった。
クリスは背後にいるグラムスに気づいてない。フィニは気づいているのだが、声を出せない。彼女は主人に警告を発せないのだ。
(何でこんなタイミングで…フィニはご主人様の役に立たないの!?)
フィニは絶望した。助けに来てくれたクリスまで巻き込んでしまうことに。昨日出会ったばかりで心を掴まれた、優しく抱いてくれた、愛情を耳元でささやいてくれた、人として接してくれた、主人を助けたい。
その強い想いは、長年、フィニが押し留めていた感情を爆発させ、そして爆発した感情は、口から叫びという形で溢れ出した。
「後ろですッッッ!」
☆☆☆☆☆
「後ろですッッッ!」という叫び。本来、目の前の少女の口から、出るはずのない『声』が飛び出たことに、私は戸惑った。
だが躊躇いは一瞬。私はフィニの指摘にしたがってすぐに後ろを振り向く。
そこには、禍々しい槍を構えたグラムスがいた。
(ここまで、気配も感じさせず近づいた?この部屋には扉もあるのに、一体どうやって!?)
グラムスは、私が完全に振り向く前に、素早く槍を突き出してきた。だが槍を避けてしまうと、座り込んでいるフィニに当たってしまう可能性がある。
だから、咄嗟に左手の剣を抜き放ちながら、護拳部分で柄を殴りつけた。
槍の軌道は反れるが、それでも、わずかに右手を掠めてしまう。そして殴りつけた左手の剣は、柄から蒸発するかのように消えていき、数秒で完全に無くなった。
「ゲハハハ!クズ弟よ!死ね!死ぬのだ!」
「軍団のボス猿がお出ましですか…」
昨日の時点では確かに勝ち目の薄い相手だった。向こうの油断と、絞め技などという、ほとんど不意打ちに近い攻撃でどうにか倒せたのだが…。
一晩明けて、現状は異なる。
この身体の能力はしっかりと使いこなるようになっていて、昨日とは違う。このまま攻撃を避け続けるのだけなら、そこまで難しくはないだろう。
「それにあなたの様な下品なボス猿は、私が去勢してあげましょう!」
「ゲハハハハ!クリスごときに、そんなことができるかぁ!」
部屋という限られた空間内だと、逃げ続けるのもどこかで無理が出てきそうだが、それでも昨日ほど無茶な感じはしない。
(それよりも、あの槍の雰囲気…危険ですね)
叩いただけで、消えるというのは普通ではない。何らかの魔力の動きが作用しているのだろうが、この不利な戦いをしながら解析するのは、少し骨が折れそうだ。
「考えごととは余裕だなっ!」
「!」
槍を高く上げての振り下ろし。寸でのところで避けることが出来た。が、地面に倒れ伏せていたヒルデスの体に当たってしまう。
グラムスの槍があたったヒルデスの身体は、先程の消えた剣と同様に、みるみる消滅していく。
骨や肉、血など部位による消え方の違いはなく、まるで消しゴムで絵を擦ったかのようだ。
(これは、もしかして消滅ではなく、転移させているのでしょうか?それもかなり遠くへの転移なのでは…?)
対象を飛ばしてしまう魔法。数メートルから数キロメートル程度の近距離ならば、第9門の魔法にもある。そして、地球に居た頃には移動手段として私もよく使っていた。
飛び方や使用されている今見えた術式から見て、飛び先はかなりの遠く…恐らく星の核や深海、活火山のマグマの中など、遠くで、かつ飛び先に大きな障害があるところになるだろう。
もし常識的な移動ならもっと素早く、掻き消すように消えるからだ。
それだけ遠くへの転移となれば、膨大な魔力が必要となる。空間の魔力を使う魔法や天恵の場合は一時的に魔力真空になりかねない。魔力真空になれば、次の魔法を使うために、かなりのタイムラグが生じるはずだ。
だが、先程から、何度も、連続で遠距離への転移魔法に似た能力をこの槍は発動させている。
(魔力を固体レベルまで濃度を上げて溜め込むことが出来れば使えるでしょう。つまり、グラムスの持つ槍は、魔力を固体化した魔法道具の類ですか…)
それでほとんどの事象は、説明できる。
グラムスが、私の背後にいつの間にか近寄ってきたのも、あの槍の能力を使って、何処からか飛んできたりなどしたのだろう。
しかしだ。さっき槍が掠めたはずの私の右手は、単に切り傷が出来ただけだった。消えてしまった剣やヒルデスとの違いは何なのだろうか?
(無機物と有機物?素材?命の有無?転移魔法の発動条件はいろいろと設定できるますからね…)
転移魔法は能動的に使うこともあれば、受動的に使うこともある。侵入者用の罠や、魔法使いが自宅に設置する移動装置は、条件を満たすと発動する受動的なものだ。
ふと思い当たることがあり、近くにあった、木製のクォータースタッフを手に取る。表面は鉄で覆っているので、魔法は通しやすい。
ちなみに、地球では魔法使いだったが、別にクォータースタッフを使ったことはない。
地球の魔法使いが使うのは、発動体などを埋め込んだワンドがほとんどだ。それも未熟な魔法使いが持つ補助道具程度の扱いで、私は武器などを手に持たなかった。
別に『装備できない』などというゲーム的な処理は現実にはないため、銃を護身に持っていたが、手に構えて使うことはなかった。
「でやっ!」
「そんな棒を振り回してヤケになったか?」
クォータースタッフでグラムスに殴りかかると、槍で叩き落としてきた。そして、柄に叩かれたところから、クォーターが「折れた」。しかし、クォータースタッフが消滅することはなかった。
先程までとの違いは「魔力を込めた」ということ。
(条件はともかく、魔力密度を高くすれば、発動を防ぐことはできるみたいですね)
私の手がさっき槍が掠めたにも関わらず、消えなかったのも、魔力密度の問題だと判明した。
(さっきの剣は、咄嗟だったせいで、魔力を通し忘れていました。それよりも、取り敢えずは武器を見つけないと。鋼鉄製の武器は…っと!?)
「よそ見している場合かっ!!」
グラムスは、槍を一旦大きく振りかぶり、地面と水平に、横振りにしてきた。私は何とかしゃがんで避けることができたが、槍は後ろの壁に当たった。
壁は槍の軌道に合わせてきれいに消滅する。壁の向こうにあっただろう武器棚から、バラバラと武器が零れ落ちてきた。床にいくつもの武器が散らばる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます