第16話

フィニを伴って建物に近づくと、人だかりが建物への入場列だとわかる。


老若男女問わず並んでいる人混みだが、見れば列を作っているようで、特に混乱は起きていない。私は列の後ろにならんでいる、庶民風の中年男に話しかけた。


「すみません。これはなんの列ですか?」

「何だぁ?兄ちゃん、金持ちの商人様かなんかだろうが、それなのに知らないのか?これからこの闘技場で、王女様が魔物を狩る演武をしてくださるあかんだ!」

「魔物を狩る?」

「魔物は魔物だよ。魔物も知らないなんて、田舎にでも引きこもってたのか?」

「え、ああ。本日は、どちらの王女様が魔物を狩るのですか?」


まさか王女が1人ということもあるまい。カマをかけてみることにした。


「なんだ。ホントに兄ちゃんなんも知らねえーんだな。第2王女アザレア様に決まってるだろ。勇者の天恵を持ってる超美貌の王女様さ!」

「ア…ザレア……」

「おう。そうさ。王女様を呼び捨てはいけねぇぞ。誰か聞いてるからわかったもんじゃねぇからな。おっと列が動いたみたいだ!じゃあな!」


そう手を振り中年男は列の動きに合わせて進んでいったが、私はそれどころではなかった。


アザレア…。その名前を聞いた瞬間、身体中に強い悪寒が走ったのだ。


無理もない。アザレアは、クリスの遺書に最も、強く、怨念深く、呪いのように何度も書かれていた名前なのだ。


あいつに会わなければ…

あいつが居なければ…

あいつと


グラムスやヒルデスとは比にならないほどの恨み。その婚約者が、第2王女で、またいかにも強いだろう『勇者』という天恵を持っているという。これは詳しく調べる必要がありそうだ。


「まさか、第2王女様とは驚きです。クリス…ずいぶんと大変なことになっていたんですねぇ」

「???…ハル様?」

「フィニ、屋敷に戻る前に、その魔物を狩る演武とやらを見て行きましょう」


これだけの人だかりだ。


中に入れるのか不安だったが、列はまるみる建物に吸い込まれていき、まもなく私たちも中に入ることが出来た。


どうやら今回の試合に関しては、国民に開放をしているらしく、入場料は取られなかった。国威発揚などのためだろうか?


入口をくぐり、中に入ると、かなり広く作られていて、恐らく日本にあった武道館くらいの広さはありそうだ。


「ハル様…すごく…大きい…」

「ああ。どれだけの人が入るのでしょうね」


武道館は2万人は中に入れたと思うが、中の形状も似ているのでやはり同じくらい入れそうだ。真ん中の舞台とそれを囲う円形の客席。


そっくり過ぎて驚くが、見せ易さなどを考えると、自然にこの形に収束するんだろうな。


わー、という歓声とともに、片方の入場口から何物かが、何人もの人に引き摺られて出てきた。


それは肩まで2メートルはある、巨大な牛のような生き物だ。全身を鎖で縛り、繋ぎ止められて、大の男が10人がかりで引いてきている。


「あれは?」

「…あれ…魔物…」


フィニがボソリと説明してくれた。あれが、この世界の魔物なのか?


あれは地球では、魔物とは呼ばない。半精霊にも及ばない『霊体』と呼ばるものだ。


大気に漂う気体状の魔力は薄い。だが体内で精製することで固体化し、魔力の濃度、純度を飛躍的に高めることに成功した。


結果として私の身体は肉から、魔力に置き換わり、精霊と化し、圧倒的な力を手に入れた。


霊体は、その前段階であり、魔力濃度が極めて低いが、通常の生命とは異なり、体組織がわずかでも魔力に置き換わっている生命のことだ。


「魔物っていうのですか?もしかして、ああいうのが、街の外にはたくさんいるのですか!?」

「…いる」


極めて低いとは言え、それは精霊や神に比べればであり、私が取り込むのには充分な濃さはある。


つまり、私だけはあの魔物を倒して、魔力を吸収することで、まるでテレビゲームの様にレベルアップが出来る、という訳だ。


「魔物を倒すのに何か資格とかはいりますか?」

「…ない」

「フィニ、どうやら魔物を倒すことで、私は強くなれるみたいです。だから空いてる時間を魔物狩りに充てたいです」

 

狩ってるだけで、ある程度、戦闘の技術も身につくだろうしな。魔力を吸収していくことで、遠くなく力を取り戻すことが出来るだろう。


「…ハル様…手伝う」

「流石にフィニはあぶないですよ」

「……盾になる」

「いやいやいや…フィニを盾にするなんて、そんなことはさせられません」

「…ハル様だけ…ダメ」


頑なに、私だけが行くことをフィニはゆるしてくれない。一般的には、それだけ、危険ということなのだろうか。


「そんなに危険なのですか?」

「………武器…効きづらい」

「そういうことですか…」


フィニの心配の意味がわかった。天恵を持たない私たちには厳しい、ということを言いたかったようだ。だがそれは誤解だ。


「天恵が適用されない武器では攻撃が通じない…そんなところでしょ?」


こくこく。


霊体であっても、魔力で構成された生命体は、極端に物理的な衝撃に強くなる。攻撃を通すために必要なことが魔力を通すことだ。


例えばグラムスの天恵は騎士だった。わざわざ槍と言うからには、文字通り槍を使う際に、あの魔力を纏うような力が発揮されるのだらう。


天恵が云々とフィニに言われて、意味がわかった。


魔力をまとえば、通すのと同じ様に霊体にも攻撃が通るようになる、と推測できる。つまりそのために魔力を纏わせるのだ。


つまり、魔物蔓延るこの世界で、天恵の攻撃手段がない場合、魔物には無力同然、ということなのだろう。


「それに対しては大丈夫ですよ?」

「……わかった…でも…付いては行く…」


真剣な目で袖をギュッと掴まれるとさすがに反対を押して強行をは出来ない。


「わかった…わかりましたよ。フィニも連れて行きますから…納得してください」

「……ん…」


フィニの強情さに折れたところで、周囲からワーッという歓声が溢れてきた。その声に闘技場に視線を戻すと、反対側の出入り口から、1人の少女が出てくるところだった。


凛とした表情。整った顔立ちに黒髪黒目。出るとこが出たプロポーション。地球では数多の女優やアイドルを抱いたが、それにも劣らない美貌だ。


「アザレアさまー!」

「アザレア様、素敵ィ!」

「王国の守護神!」


黄色い歓声が飛び交う中、アザレアは背中に背負った巨大な剣を引き抜く。すると広範な空間の魔力が一気に少女へ集まってきた。


(あそこまで集めてくる範囲が広いと一時的に周りの連中は天恵を使えなくなる、あるいは制限されたりしそうですね)


魔力は大気と同じで、常に濃度が一定になろうとする。だがそれにも限度がある。あそこまでまとめて持っていくと、しばらく…数十秒間、あのあたりは魔力的に真空状態になるだろう。


それほどの魔力。


アザレアは、大量の魔力を纏った両手剣を構えると牛の魔物に目にも止まらぬ速さで接近した。


そして接近しながら、巨大な両手剣をまるで木の枝のように軽く振ると、牛の魔物が縛ってある鎖ごと一刀両断にされる。


この会場に、あの速さが見えた人がどれだけいたのか。大半の人には、アザレアが瞬間移動したら、牛の魔物が真っ二つになってたようにしか見えていないだろう。


「国民のみなさん!私たちのような武器術天恵持ちがいれば魔物脅威など恐れるに足りません!ですから、私たち武器術天恵持ちが戦うためにも護衛料の納付をよろしくお願いいたします!」


この国は山国で、平野が少なく、山間にポツポツと村や街がある国だ。


そのため、町村は独立独歩の気風が強く、国が何か出来ることはほとんどない。


街道の整備も、主要なもの以外はかなり怠っているようだ。その主要な街道すらも、よく調べると、半分以上は商人側の寄付で成り立っている。


そのため、この国は税金がかなり安い。代わりに武器術天恵持ち派遣料、通称・護衛料という名の高額な税金を取って、各村に武器術の天恵を持つ人間を派遣して、魔物から守っている。


今回のデモンストレーションは、その護衛料獲得のための広告みたいなものだったのだろう。


「あれが…アザレア王女の力ですか…」


スピード、パワー、そして今、魔物を切り裂いた技量。全てが今の私を圧倒的に上回り、正面から戦ったら今の私は恐らくもって1分。勝利はとてもではないが難しいだろう。


参ったな、とボヤきながら頭をポリポリ掻いていたら、フィニが横合いから抱きついてきた


「……ハル様…震えて…」


フィニに指摘されて気づた。手が、脚が、微かに震えていた。確かに、強さに驚いたがビビる程ではない。むしろ恐怖が本能や身体にまで刻まれて、それが反応したのだろう。


「これは…元の身体の持ち主が本能的に怖がってるみたいでさね。私は大丈夫ですから」

「……ん…ハル様…方が強い」

「今は勝てないですけどね…今が夏休みで幸いでしたよ」


夏休みには徹底的に特訓をして、あの勇者を完膚なきまでにぶちのめしてやらないとな。明日から魔物狩りだ。

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