第17話

この身体のカタキであるアザレアとの初の邂逅は一方的なものではあったが、衝撃的でもあった。


改めてカタキの強さを確認したので、これからは作戦を立てて、夏休みの期間、自らを強化する必要がある。


そして、改めて思ったのは、ぶちのめすだけで良いのだろうか?ということだ。


(アザレアは、武器術系天恵の派遣料とか言っていたな…もしかして…これは復讐に使えるのでは?)


殴り飛ばして終わりなんて、自殺をするまで追い込まれたクリスから見ると『物足りない』に決まっている。様々な屈辱も含めて倍にして返さなくては帳尻が合わないだろう。


闘技場から出る人の波から外れ、歩きながらそんなことを考えていた私は、屋敷につくと、まずフィニに頼み事をした。


「フィニ、これから図書室へ行って調べ物をするのですが、手伝ってくれますか?」

「…ん…」


こくこく。


フィニは庶子とは言え、元貴族。それなりに教養があるのはこれまでのやり取りでもわかる。ならば、調べごとを手伝って貰えるはず。


屋敷に戻って、使用人を捕まえて図書室の位置を聞き出した。バンラックから、図書室の鍵を預かっているからか、使用人は特に何も面倒なことをせず素直に教えてくれる。


図書室は屋敷の、かなり端とも言える位置にある一角に居を構えていて、歩いて5分かかった。ようやく図書室にたどり着く。


中を開けるとかなり広い。図書室というよりは図書館だ。日本の、地方自治体が運営している市営の図書館くらいの大きさはある。


「ええと、フィニ。調べることは3つです。精霊のことと、魔物のこと、そして勇者の天恵のことです」

「……ん…」

「フィニには魔物のことを頼みましょう。この付近の魔物のことで良いので、一通り特徴とか戦うときに気をつけることなんかを調べておいてください」

「……ハル様…任せて」


2人いるなら、手分けした方が早い。精霊に関することなら私の方が詳しいし、魔物ならフィニが基本的なことは押さえているだろう。


フィニに魔物の調査を頼み、精霊の本を探す。棚をいくつか見て回ると、精霊に関する本は簡単に見つかった。


『精霊は、意志ある自然現象だ。精霊は非常に強い力を持っていて、対象の属性の存在に対して高い親和性を持っている』


決して、軽んじられたりはしない。巨大な霊峰、荒ぶる台風、燃え盛る火山、奥が見えない深い樹海…それらを軽んじるような人間はいない。


しかし、かと言って、それらが人として扱われるものではないのと同じだ。


巨大で、偉大で、歴史を持つようになれば、高度な精霊となり、ついには崇拝対象として扱うような地方もあるようだ。


風が、火が、水が、土が、意思を持ったとき、相対する人はどうするか?


…答えは『障らず』。軽んじず、かと言って媚びもせず、あるがままに受け入れるのだ。


「地球における精霊の概念とは異なる…というよりも正しく認識されていない…という感じですね。魔物との関係も言及されていないしね」


地球の魔法使いであっても、精霊への認識はこの程度の場合が多い。何故なら、実際にそう認識したことと相違ないことが精霊には出来るからだ。


真実は、生命の一部を魔力に置き換えた生命体だ。自然現象が意思を持ったわけではなく、むしろ逆。


生命が魔力に置き換わっていくことで、自然と一体化していってるのだ。


「出来ることから推測するに、こっちの精霊と地球の精霊は全く同じものの可能性が高いですね」


ならば魔物などという便利な存在がいるだけ、強くなるのは容易だ。地球の頃、魔力密度の高い物質を見つけるのに、どれだけ苦労をしたことか…。


『天恵は人に与えられるもので、人でない精霊は当然、天恵を持たない』


精霊は、この世界でも人ではないのだな。そこまで考えた時に、もしや、と思い、王国の継承法を確認してみたら、想像通りの法律が定められていた。


「継承は人に限る、か。これは愛犬に爵位を譲ろうとした貴族がいて、それへの対抗策だったようなのだけど…なるほど、人でなく、精霊の私には端っから継承権がない、と言うことか〜」


公爵位の秩序ある継承を目指すバンラックが、私を警戒しなくなった理由を知った。


「ふむ。身の上の問題はこれで解決ですかね。では復讐手段の模索になる…まずは天恵と、そしてこの国の仕組みを調べましょうかね」


☆☆☆☆☆☆


フィニが魔物に関する情報を、レポートの様にまとめてくれていた。主に10種類ほどが魔物として確認されているが、そこまで脅威となるものはいないようだ。


続けて、勇者の天恵を調べる前に、以前のクリスの部屋に行くことにした。夏休み後に不自然にならないようにクリスのことも知っておく必要がある。


それに件の勇者と嫌々ながらも、長年一緒にいたなら、様々な情報を持ってもいるだろう。勇者の件はそこから手を付けてもいいはずだ。


「以前のクリスを知るために、この部屋を確認しませんといけませんね…立て続けで悪いのですが、またこっちでも手伝ってください」

「……ん」


クリスは家ではグラムスとヒルデス、そしてグラムスの取り巻きの男たちに普段から暴行をされていた。


バンラックや父のは無関心というか関係を持ったことがろくにない。そもそもこの王都屋敷には父もバンラックもほとんど姿を見せない。


領地に引きこもっている時間が長いため、クリスからすると他人に近い感覚のようだ。


「やはり学校の方が酷いみたいですね…」


アザレアが婚約者というのは本当のようだ。そして彼女がイジメの主犯格というのも、かなり長い期間に渡ってそうだった。


小さいころはとても仲良く、婚約は4歳のとき、王女側からの発案だったらしい。


だが、天恵の儀でクリスが天恵なしとわかったとき全てが変わった。


よりにもよって、アザレアは「勇者」という、過去に遡っても数人しかいないような非常に貴重な天恵だったのが事態を悪化させた。


最初はワガママを言って困らせる程度が徐々にひどくなり、現在ではまるでクリスを奴隷のように扱っている。


ストレス解消と称して殴りつけるなどが日常茶飯事のようだ。恥辱と暴行、暴言、5歳から現在までの13年間は、時が進めば進むほど、絶望に彩られていくのが彼の手記からわかる。


彼なりに抵抗はしたらしい。逃げたり、あるいは婚約を解消してくれるように頼んだりもしたが、それは彼女の怒りを買うだけだった。


「ゴミくずのような貴方が、私と婚約できていなかったら生きることすら許されないのよ?私に感謝するならともかく、巫山戯た態度ね!」


土下座しながら解消を頼んだクリスに、アザレアはそう言い放ったらしい。いつしかクリスは抵抗することすら恐ろしくなり、言われるがままとなっていた。


(これは、かなり拗らせていますね…だけどクリスはそれでも諦めていないところがあります)


つまり、何故、王女の父である国王が婚約を破棄させないか、ということだ。そこに何らかの理由があり、それが突破口になるのでは?とクリスは考察している。


しかし、クリスは気づいてないようだが、。王女という手前、天恵なしのクリスにそんなことは言えない。それが、この態度の起点だったのだろう。


落とし物を拾って渡す際に女性に声をかけた、それだけで殴る蹴るの暴行を働いているのだから、間違いない。


「第2王女ということで甘やかされて、国王も婚約を破棄させず言うことを聞いていた…あたりが妥当ですがね…まぁ、だとしても、胸糞が悪いです。それが免罪符になる次元は、とうに超えていますからね」


5歳からの13年。自死を実行するほどにクリスは追い詰められていたのだ。


歪んだ愛情と支配欲。王女であるが故に、クリスが天恵がなしが故に、それが許される環境が出来上がった。そして、その環境がアザレアという怪物を産んだ。


「怪物は退治されなくては、ね?」


これはクリスの弔い合戦だ。元の持ち主に充分な義理を果たすことが、そして私なりのケジメにもなるだろうから。

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