準備
第18話
木の枝にかかる鳥の巣を私の目は捉えていた。
木の枝らしきものを組んで出来た巣からは、小さな雛鳥が餌を求めてか、顔をのぞかせて、親鳥に向かってピーチクパーチク騒いでいる。
(ここはどこでしょう?)
心の中の疑問に答える声はなく、ざざ、と風で茂る葉が揺れた。葉が揺れる度に隙間から射す光が、あたりにチラチラと影を落とす。
「お前たちは自由でいいなぁ…」
私の意志とは関係なく、口が開き、ボヤく。
周りを見ると、周囲にある建物の様式に見覚えがある。私がこの世界に来たときに倒れていた場所、つまりクリスが通っている学園だ。
私は先程まで、公爵邸のベッドで寝ていたはずだ。いきなり、こんなところに来るわけもない。
(前にもこんなことがありましたね…)
これはまた恐らく過去なのだ。まだ生きていたときの、クリスの記憶。そう自覚したら、今回も、クリスの記憶が流れ込んできた。
どうやらクリスは、アザレアの目を盗んでこの鳥の巣の様子を見守っていたようだ。
家に帰れば、地下牢のような部屋。学校では暴力で口で虐め抜かれたクリスにとって、この鳥の観察は癒やしだったようだ。
「お前には天恵、関係ないしなぁ。羨ましいよ」
クリスの視線は、巣から飛び立ち、チチチ、と鳴く鳥を追いかける。どこかに逃げたい、同時にそんなクリスの感情も流れ込んできた。
「あ、いたいたクリス〜」
そんな呑気な声が聞こえた瞬間だった。
背中からはブワッと汗が吹き出していき、全身が引き攣るように強張るのを感じた。呼吸は全力疾走したかのように粗くなり、心臓が早鐘を打つ。
私の意志ではない、クリスの意志と本能がこの声の存在を全力で拒んでいた。
「あ、あ、あ、アザレア…さ、ま…」
クリスの怯えきった声に、声の主アザレアはニヤリとサディスティックな笑みを浮かべた。その反応が嬉しくて仕方ない、という風の。
「私の目を盗んでこんなことしてたんだぁ〜?」
「!!」
アザレアが、気まぐれと言った感じで、木を力任せに蹴飛ばした。すると、メキメキメキというイヤな音ともに、中程から木がパッキリ折れて、倒れた。
慌てて枝にかかっていた鳥の巣がどうなったか確認すると、奇跡的に巣も雛も無事だった。
思わず安堵したその直後…。
グシャ
アザレアは、無事だった鳥の巣を、雛ごと踏みつけた。子供を助けようと戻ってきた親鳥も平手で地面に叩きつけて、あっさりと殺した。
「あーあ。この鳥もクリスに見つけられちゃったから死ぬハメになったのよ〜クリスひっどーい!ギャハハハ!!」
「…ッッッッ!!」
「はぁっ!?何、その目?それ、私に向けていい目だと思ってるの?」
私は、気づくと宙を舞っていた。視界の遠い向こうに、アザレアが見える。片脚を上げているので、私はアザレアから蹴られたのだろう。
(第1門、3門は当然として、第2門の精神操作、そして第10門の移動系まで持ち合わせている)
過日はコロシアムの客席からと、距離が遠かったためはっきりとは見えなかった。が、今回は間近だ。魔力の流れがはっきり見える。
(クリスの復讐心の為せる技か、偶然か)
吹き飛ばされた身体は、建物の壁にぶち当たり、そのままズルズルと地面に落ちた。身体には力が入らず、そのまま地面に投げ出されっぱなしになる。
そこでクリスの意識は一旦失われるが、まもなく水をかけられたのか、意識を取り戻す。
意識を取り戻すと、私は、どこかの部屋の、冷たい床に転がっていた。周りにはおおよそ同じ年と思われる少女たちが並んで立っている。
それの中心にいるのがアザレア。要するに、この少女たちはアザレアの取り巻きだ。
そして、私を押さえつけるのだけは大柄な少年だった。クリスから流れ込む知識で、彼がアザレアのいわゆる親衛隊というやつで、騎士の家系の男、名前はレシアだとわかる。
アザレアに毎度、命令をされては、満面の笑みでクリスを痛めつけてくる、アザレアの次に名前が上がる復讐対象である。
少女たち、そして騎士の少年の顔に浮かぶのは、共通して、嘲り、見下し。自分より下と確信した存在を、蔑むサディスティックな快感に酔っている。
気づくと、私の首には首輪、そしてそこから伸びる鎖があった。鎖の先は、勇者王女のアザレアが握っていた。
「何で…どうして…僕に…こんなことを…僕を苦しめることを…するのですか?」
「えー知らない。気持ち悪いから?」
這いつくばるクリスを見て、さらに笑みを深めるアザレア王女。嗚呼、見ていてひどく気分が悪いが、今のこの身体は、私の制御を受け付けない。
これは過去の映像でしかないのだから。
「お願いします。アザレア様、許してください」
「クリス。別に貴方が悪いことをしたからじゃないのよ?貴方は存在そのものがゴミでカスなだけであって、悪いことは何もしていないわ」
クスクスクスクス。誰ともなく、私を囲んだ少女から笑いが漏れる。
アザレアは不意に、手に持った鎖を力いっぱい横に振った。鎖に繋がれたクリスは、勇者のパワーに抵抗できる訳もなく、地面に引き倒された。
首から引きずられたため、顔面から強制的に地面とキスをさせられ、唇が切れ、血が流れた。
そこを、さらに頭をふみつけられて再度、地面に顔を押し付けられる。クリスの頭を踏みつけてきたのは騎士の厚く、硬い革靴だ。
硬く冷たい地面と、硬く重い靴底に挾まれた頭蓋骨が、嫌な軋みを上げた。
「うぐぅっっ」
「クリスぅ〜あんた、ほんと弱々ねぇ。天恵なしってホントにただのゴミムシなのね。あ、あと学園の床にゴミムシの血を垂らさないでね」
頭を打ち付けたからか、視界が定まらず、起き上がることさえ儘ならない。
頭の重みがふと消えたので、何とか地面に手をついて、起き上がろうする。しかし、再び頭に鈍い衝撃が走り、再び地面に叩きつけられた。
「アガァっ」
「誰が起き上がっていいって言ったのよ?ゴミムシはまだ地面とお話してなさいッ!!」
横目で周りを見てわかった。今度は騎士の少年に身体を押さえつけられて、アザレアに頭を踏みつけられたのだ。
「全く、まだ躾が足りなかったのかしら?」
「……」
もはや、立ち上がる気力どころか、意識が朦朧としていて返事をする気力もない。
「そういえば、昨日は、何で、女子生徒と話をしていたの?」
唐突に聞かれたことにクリスの頭が混乱するのがわかる。が、なにかに思い当たったようで、口からやっと、という感じで言葉が出てきた。
「…道…を…聞かれて…」
しかし、その当たり前過ぎる説明はアザレアにとっては、火に油を注ぐだけだった。
「はぁ!?口答えするな!」
「ヒギィッ!?」
アザレアは踏みつける脚にさらに力を込める。頭が潰されるような激痛が走り、悲鳴が口から漏れる。
「ゴミムシには反省が必要よね?」
「……」
「天恵なしは人で無し。人の恰好をすることすら烏滸がましいです。みなさん、この人で無しに分相応というものを教えて差し上げなさい」
口すら動かない無力感。勇者の力で押さえつけられたまま、興奮する少女たちによってクリスは裸に剥かれていく。
まるで獣。クリスは、この少女たちに服を引き裂かれ、誇りを、心を、何もかもを殺され、蹂躙されていく。
「アザレア様、これ結構大きいですわ」
「まぁ、これは…」
下半身に目をやったアザレアが少しだけ、顔を赤くしてから、そうなったことを振り払うように、声を大きく上げた。
「こんな下品なものをぶら下げて、やはり罰が必要ね。高貴なる天恵を持つ貴族の前で白日に曝すことで、浄化しましょう!」
力なく横たわる
休み時間に、授業中に、丸一日、学校に晒された。通りすがった女子生徒、笑っている男子生徒、見て見ぬふりの教師陣。
−−−−−アザレアだけではない。
−−−−−こいつらの全てが恨めしい。
−−−−−それなのに、ああ何と自分の無力なことか。
−−−−−アザレア…お前が憎い!
−−−−−殺したい!
−−−−−無惨に!
−−−−−残酷に!
−−−−−苦しめるだけ、苦しめて!
−−−−−恥辱に塗れさせて!
−−−−−赦しを乞うこの女を嘲笑って!
−−−−−嬲りに、嬲って殺してやりたい!
−−−−−殺すだけでは飽き足りない!
−−−−−屈辱を!最大限、誇りを奪う、屈辱を!
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