第19話

黒檀鋼オールドエボニー:雷閃剣ユピテルの素材』


クリスハルの重苦しい記憶を見せられ、あまり気持ちのすっきりしない朝を迎えた私に、フィニがそんなメモを渡してきた。


フィニも昨晩中に渡すのを、すっかり忘れていたらしい。


それを朝になってふと思い出したのだろう。昨日の夜、脱いだメイド服のポケットを裸で探す姿は中々に良い眺めだった。


黒檀鋼オールドエボニーですか…それって、どこで手に入るかフィニはわかりますか?」


こくこく。


フィニが私の持ってる紙の裏を指してきた。裏返すと『ディアンデス王国:王都から片道5日:ハコベ村北の森』と書いてあった。


「なるほど。ありがとうございます。早速、今日これから…というわけにはいきませんから、今週は準備に時間を使い、来週に出かけることにしましょうか?」

「…うん」


遠出をする前に、まずは魔物狩りだ。まず、どの程度、私は魔物相手に戦えるのか、というところから確認していく必要がある。


「その森にも魔物は出るのですよね?」


コクコクと頷いたフィニは別の紙を出してきた。その紙には、魔物の名前らしきものが3種書かれていて、その特徴も併記されていた。


「…その森…出る魔物」

「ああ。もう先回りして調べておいてくれたのですね。フィニは、本当に用意が良い。ありがとうございます」


ふるふる。これは謙遜だな。尻尾が振られているから内心嬉しいのがバレバレだ。なんか慣れてきた。


フィニはメイドとしてもだが、秘書としても有能らしい。戦闘云々が出来なくても、もう充分に助けられている。


さらにポケットから、フィニは別の紙を取り出してくる。それは手書きで紙に記された地図だった。そしてその中の一箇所に白くて細い指を当てる。


「…今日…ここ」

「ん?もしかして今日、狩りする場所も選んでくれたのですか?」


コクコク。


「…近場…魔物弱い…」

「フィニ…貴女、最高すぎませんか?」

「…うう…ハル様…ほめすぎ…」


両手で顔を覆って、ううう、とか言ってる。指の間から見える頬も赤くなっているのがわかった。珍しく顔に感情が出ている。


「いや、本当に助かります。今日は行く場所の選定だけで終わるかと思っていましたから」

「…時間…大事」

「そうですね。あのアザレアをぶちのめすための力を蓄えないといけませんからね」


フィニには私の事情を完全に話して、その上で納得もしてもらっている。つまり、アザレアを完璧なまでに叩きのめす、という目的も共有しているのだ。


だから、フィニなりに、そのための最短経路を考えてくれたのだろう。今日からの魔物狩り予定もそうだし、そのために必要な武器についてもそうだ。


「それじゃあ、早速、フィニが選んでくれたところに行きましょうか?」

「…うん」


☆☆☆☆☆☆


左手で逆手に持つユピテルは、防御にも攻撃にも使える。が、大きな護拳や、幅広で肉厚な刃など、どちらかと言うと受け流したり、反らしたりに向いている。


そのため、右手には攻撃力を重視して、ユピテルよりも長めのショートソードを順手で持ってみることにした。片逆二刀流というやつだ。


片逆二刀流は、地球でも東西問わずあった。西洋での右手にレイピア、左手にマインゴーシュと、割りにメジャーなスタイルでもある。


右手に持つものは、鋼鉄製の、刃渡り60センチほどのショートソードを選んだ。半曲刀と言われるタイプで、刀身が緩く歪曲している片刃、先端は鋭く尖っている。


見た目としては、日本刀、それも大脇差と言われるものだが、パッと思いつく日本刀よりやや刃厚で頑丈そうだ。その分、刀身の割に重量があり、重さで断ち切ることも考えられているのかもしれない。


サイズ的には、片手で使うものだが、恐らく地球では重さのせいであまり使われなかっただろう。


だが、こちらでは天恵があり、剣を使う際に筋力が強化されるのが一般的と思われる。そのため、地球では考えられない重量の武器が作られているのだろう。


「それでは、フィニ、早速行きましょう」

「……うん」


外に出るのに、フィニにメイド服を着せていくわけにはいかない。外用の丈夫なパンツに、ブーツ、長袖のシャツを着せている。さらに上半身はレザーアーマーもつけている。


武器は使うことはなさそうだがナイフ。左腕には大きめのバックラーを嵌めている。慣れていないと慌てて取り落とすことがあるからだ。


私も似たような格好をしている。ただバックラーは持たず、背中にユピテル、左の腰に大脇差を差している。


念のために、食料は数日分持ってきている。日帰り予定なので、よほどのことがない限り使わないだろうが。


屋敷から徒歩で1時間ほどで、街を囲う壁の出入り口にたどり着く。出入り口には門兵が立っているようだが、特に検問はしていないようだ。


「あの門兵は、魔物が中に入ってこられないように見張っているのですね」

「……魔物…戦う天恵ない人…危険」

「全ての人が天恵を授かるからと、戦う天恵とは限らないって…それもそうですね…」


むしろ、戦うことを生業としている人なんて人口比率で見て、せいぜい0.5〜1%程度が普通だろう。それを超えるとむしろ戦時中とか、そんな感じになる。


「天恵…9割…市民シビリアン村民ビレッジャー…」

市民シビリアン村民ビレッジャー…ですか…それはとても戦いができなさそうです。むしろ天恵が邪魔になりそうです…」

「あとは…農民…漁民…木樵…商人…料理人とか」

「生活に繋がりますからね…現実的です」

「戦える天恵……珍しい…」

「なるほど」


ならば、バンラックやグラムスの様に、兄弟揃って戦う天恵というのは非常に珍しいのか?


「……親の天恵…子供に影響…」

「ああ。顔に出てましたか?つまり戦士の天恵同士なら、子供にもそういう天恵が出やすいということですね」


フィニとそんな話をしていたら、門からすっかり離れたところまで進んでいた。あたりを、見回すと、うっそうとした森の中になっている。


足元は、一応、踏み固められた馬車道にはなっている。が、あまり手が入っていないのか、お世辞にも歩きやすいとは言えない。


「王都に続いている道が、こんなに荒れていて良いのでしょうか…」

「この道…使われない…」

「使われないのですか?もしかして、だからあんまり魔物が狩られていなくて遭遇しやすい、とこでしょうか?」

「……うん」


おおう。フィニちゃんってば、見た目に似合わずアグレッシブなのね。まぁ、効率を考えるならそれでも悪くないのかな?


「…ハル様」


フィニがくいくい、と私の袖を引いてきた。目だけそちらの方を向くと、フィニは数メートル先にある道の左側の藪を指さした。


「もしかして魔物がいましたか?」


コクコク。頷くフィニを背中に庇いながら、両手の剣を抜き放つ。木がかなり多いが、私が使おうとしている短い剣なら、取り回しも容易だろう。


フィニの情報によるとここで出くわすのは狼型の魔物ファングウルフと、キツネ型の魔物フォレストフォックス。


ファングウルフは、普通の狼より運動神経が良い。だが、フォレストフォックスは周囲の植物を操るという奇妙な技を使うらしい。


(天恵でないなら、運動神経がいいのも、植物を操るのも、魔法の可能性が高いですね)


天恵は、人しか使えない。


どの書物にもそう書いてあり、それを疑うような根拠もない。その言葉が本当ならば、魔物が行うのは天恵ではない別の現象でしかない。


クリスの身体が生まれつき、第1門と第3門が空いていたように、ファングウルフは肉体操作ができる第3門、フォレストフォックスは、植物操作が出来る第7門が空いている?


天恵がないクリスや、ファングウルフ、フォレストフォックスは生まれつきマナゲートが開いていた…つまり…?


「ガウワッ」


思考中の私に、藪から飛び出て、襲いかかってきたのは、地球なものよりも一回り大きな狼…ファングウルフだった。見た目だけなら、狼と変わりない。


ただ剥いてくる牙だけは、地球の狼とは比にならない、まるでナイフように尖り、大きい。


ファングウルフの身体を見ると…間違いない。第3門の魔法が使われている痕跡がある。


天恵のように自動的ではない、拙いながらも魔法を組んでいる。


飛びかかってくるファングウルフの口に、水平に構えた逆手の左剣を向けて足止めする。そのまま、左剣を縦方向に捻りながら引いて、噛んでいるファングウルフの身体ごと、私の左の側へ流す。


「ハッ!」


隙だらけの腹を右剣で一閃。上半身と下半身が泣き別れになって、ファングウルフの命は潰えた。


続けて、飛び掛からずに、低い姿勢で走ってきたファングウルフをすくい上げるように、膝蹴り。浮いてきた頭に左剣を上から突き刺し、右剣で斬る。


左剣で止めて、右剣でトドメ。この流れがやりやすいようだ。続けて、3匹、4匹とトドメを刺すと、今度はファングウルフの標的が変わった。


「……あっ」


いつの間にか後ろに回っていたファングウルフがかばっていたフィニに飛びかかってきた。


フィニは持っていたバックラーを、ファングウルフの顔に向かって押し出す。ファングウルフの牙がいくら鋭くとも、バックラーを噛み砕いたりは出来ないはずだ。


バックラーに顔を叩かれた形になったファングウルフは、地面に着地してもう一度、飛びかかろうとして構えた。


私がそれを見逃すはずもなく、構えた瞬間を狙い、左剣と右剣を交差するように切りつけた。


「…ハル様…ありが…う」

「むしろ素敵な反射神経ですね、フィニ。バックラーの攻撃、的確でとても良かったですよ」


それからさらに3匹ほど倒すと、逃げ出したのか、それで全てだったのかわからないが、攻撃がようやく途絶えた。


「…群れ…全滅…た」

「そうなんです。逃げたんじゃなくて、全滅したってよくわかりますね」 

「……観察し……た…6匹…全部」


フィニの有能度が、うなぎ登りだ…。これなら明日からも、フィニを魔物狩りに連れてきた方が助かりそうだ。


「さて、こいつから魔力を吸えるか、ですが…」


積み重なったファングウルフの死体。触ってみるとこれなら何とか魔力を吸えそうだ。


「ビンゴ!」


計6匹の魔力を吸収したところ、恐らくコンマ未満のパーセンテージだろうが、かすかに体内の魔力濃度が上がるのを感じた。


だが、魔槍に比べて遥かに吸うのが大変だった。魔力の浸透圧みたいなものの働きだろう。もう少し魔力濃度が上がったらより、濃い敵を倒さなくては強くなれないようだ。


「ま、こんな脆弱な魔物だけ狩ってて、神様に成れるなら苦労はしませんよね」

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