第52話

亀裂から出てきたのは、天使の羽を持った女性だ。


見た目の性別は違うものの、以前の私を殺した天使たちと同じ奴らの全く気配がする。所謂、濃厚な神力というやつだ。


どれだけ意味があるかわからないが、私は最大限、警戒をして両手の剣を構えた。あのときの私ですら成すすべがなかった存在を相手に、今の私がどうにかできるとは思えないが…。


剣を構えた私を見て、空中に浮かぶ天使の女性は、少し悲しそうな顔をしたあと、頭を下げた。


「魔法神ハル・クリスさん、ですね」

「………」

「…警戒するのは当然ですよね。ですが、誤解しないでくださいね。私は植物神シ=ダンの娘、春の植物の実りを司るシイカと言います。今回は、神界を代表して、貴方へ謝罪をしに来ました」

「は?謝罪…?いや、それより私が魔法神??」


謝罪と言われて拍子抜けしたが、それよりも魔法神という肩書きに私は興味がいってしまった。


神は、司るものや、担当する領域があるのが普通らしいが、この天使が口にしたことから、私の担当が魔法になったということだろうか?


「魔法神というのは、私の担当領域が魔法ということなのでしょうか?」

「……天界からの謝罪よりも、そちらが気になるんですね…。貴方の性格からして、そうなるのでしょうけど…うーん」


呆れた?のだろうか、ため息を小さく吐いた天使姿の女性シイカはそう返事した。


「いえね。貴女が、謝罪と口にした時点で何となく何が起きたのかわかります。あの私を殺した天使の行動は間違いだったと神界が認めたんですよね?」


流石に、私がされたような『なんの罪もなく力を奪い取る』というのは、神界に於いても、ダメな行為だったらしい。


取り敢えず敵対、というのが無さそうな雰囲気にホッとした。


要するに、天界がアレな場所なのではなく、単にあの天使がたまたま悪人?神?だったわけだ。少なくとも、天界側はそれをおかしいと咎めることができるところだと知りホッとする。


追っ手が来るようなこともない、ということだ。


「その通りですね。厳密に言えば、間違いと認めたというよりも、端っから許可を出されたものではなかったという表現が正しいですね」

「つまり、神界は、アレの行動を感知していなかったから起きたこと、だと」


済まなそうに頭を再度下げるシイカ。この人?いや神が悪いわけではないので、そんなに頭を下げられても困る。


「はい。すみません。あの地球の言葉でいうと警察機構にあたる組織に所属していた天使が、ある神と結託して勝手にやったことなんですよ」

「……で、あの天使はどうなるんですか?」

「あの天使と、天使に指示を出した神は現在、処分されました。力の殆どを奪い取られ、他の星の発展のために人柱ならぬ、神柱とされていますね」


確かに、地球にいた頃の私すらを超えて遥かに濃密な魔力を使えば、星1つの環境を、大きく変えたりすることは可能だろう。


そのためにリソースを奪われるとはいやはや、かなり過酷な刑だ。そのレベルの神となれば、殺したり、害したりするのも容易ではないだろうからな。リソースを奪うというのが、やりやすいのだろう。


「それと、魔法神の称号ですが、本来の、あの天使の仕事というのは、貴方に担当領域を告げるために派遣された…はず、なんです」

「ほう…」

「そこで反抗的だったため処置した、というのがあの天使の言い分だったんですけど…。いくらなんでも貴方の性格からしておかしいと感じた上層部が調べて、今回の件が発覚したんです」


そういうことなら、いろいろと得心が行く。


例えば、亀裂を作ってこっちに来る魔法だ。流石に見るのが2回目だからか、仕組みはわかったが、再現するのは簡単ではないだろう。


仕様の複雑さから言って、恐らく儀式魔法か、あるいは巨大な装置を使った魔法のはずだ。


となれば、ひっそりと使うというのも難しい。正当な手順があって地球に来たのは推測できたが、まさかのそんな理由だったとはね。


「今では神としての魔力は失いましたけどね」

「いえいえ!今、記録を遡って見させてもらいましたが…例えば、貴方が先日さらっと使っていました加速アクセラレーション、あれを地球にいたときから想像だけで構築していて、使える環境になったらすぐさま使う。これこそ魔法神の肩書に相応しいと思いますっ」

「お褒めいただき光栄です。魔法のことを褒められるのは何よりも嬉しいことなのでね」


加速アクセラレーションに限らず、使いたい魔法は山ほどある。ならば、魔法神の面目躍如ということか。


「ということで、話がそれてしまいましたが、神界としてはお詫びとして、処置した彼らのリソースを使って貴方を復活させますね」

「いえ、それは結構です」

「任せて下さい。すぐに復活させ…ってええ!?いま、結構です、と言いましたか?」

「ええ。この身体でないと使えない魔法があるのです。それを極めないで復活しても、はっきり言って無念しかありません」


私は強くもなりたいが、魔法を覚えるということに比べれば二段も、三段も劣る。新しく使えるようになった第3門の魔法に私は興味津々なのだ。


それを取り上げられるなんてとんでもない。


それに、ほかにも試したい実験もまだまだ残っている。それはこの身体でないと出来ないのだ。


「復活出来るんですよ、いえ、復活してください」

「えー。嫌ですよ。せっかく地球で使えなかった第3門が使えるようになったのです。きっちりと極めさせてください」


目の前の天使は、さらに困った顔になって首を傾げてしまう。傾げた頭の動きに合わせて、美しい銀髪がさらさらと流れた。


「これにつきましては、完全に神界側の不手際なのです。ですから、何らかのお詫びを受け取っていただかないと困るんですよ」

「と、言われてもですね…こっちの生活も、この身体も気に入っているのですよ…」


魔法だけではない。すでに恋人もできて、この身体の使い方もわかってきた。極めることで、地球にいた頃よりも遥かに強くなる可能性は充分にあるのだ。


「うううう。やっぱり父さんの言った通りになったよぉ……よ〜く見とけとか言ってたし……わかりました…わかりましたよ!それならば、仕方ありませんね…」

「?」


決意に満ちた表情になった天使の女性は、地面に降り立つと、私の前に跪いて、頭を垂れた。


「でしたら、向こう百年、貴方の従者として、仕えさせていただきます。それで今回の、神界の不手際に関する対価とさせていただきたいと思います」

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