第53話

仕える、ねぇ…。目の前で跪いた女天使シイカを見て私はため息をついた。


神界から人身御供に差し出されたのか。あるいは少し気になることを言っていたな。「父さん」が云々と。


しかし、そんなことよりも、地球にいたころの私よりも高位な存在が、私に仕えるとなれば、問題点がある。


「貴女は仕えると言っていますが、私は貴方よりもかなり格下の存在です。それが仕える、などと言って問題ないのですか?」

「それはありません。むしろ、以前の貴方を殺した天使の行為が神界としては恥ずべき行為として、何とか濯がねば、という話になってるくらいです」


それは、神界としての意向は、である。


「でも、シイカさん、神格を持つ貴方としては格下に付くのは納得いかないでしょう?」

「そうでもありません」


シイカは首を振った。


「まず神界の汚点を濯ぎたいというのは私も同じ気持ちです。それに貴方の使う魔法…」

「魔法?」

「ええ。言い方が悪くなることをお許し下さい。正直申し上げて、魔法とは、これまでは人間の使う小手先の技程度の認識でした。しかし、貴方の魔法を見て、認識が変わりました。父さんも感心してましたし…」


どうやら、そのシイカの父神というのは、かなりの神みたいだな。少なくとも、その発言だけで、格下に使えることを納得させるほどの能力を持っているということだ。


「わかりました。事情や感情についてはまずいいとしましょう。でも、貴女のような高い神力を持った存在は、長くこの地に居られませんよね?それでどう仕えるつもりですか?」


神のような上位存在が、星に定住するのは容易ではない。私はまだ亜神だったから地上に留まれたが、この目の前の女天使は、あの頃の私よりも格上の神だろう。


というのも、それだけ強力な存在は、地上に長くいることは出来ない。それは法や決まりではなく、星の持つ魔力の反発に依るものだ。


巨大な質量が持つ重力の、反対の現象だと思ってくれればいい。よほど高い神力でないと起こらないのだが、実は私が亜神のときにも、微かに感じていたのだ。


「流石は魔法神。星の持つ魔力の現象をすでに解明していたのですね」

「ああ。『大気に魔力が漂う』という現象がそもそも気になって調べたんですよ。あれは巨大な魔力を持つ星の排出物であると」


排出物というか、漏れた魔力と言おうか。星は神や精霊と同じような存在の、さらに巨大なものであり真核あたりは魔力の塊であることもわかっていた。


神や精霊は身体の回復とともに魔力を回復、精製することができる。星も真核での核反応により魔力を生成する。


星の魔力には高い指向性があり、それ故にその過程で産まれた『星に馴染まなかった魔力』が、漏れ出してくる。それが大気の魔力の正体だ。


廃棄物であるがゆえに星とは反発し合う。微小な魔力ならば、重力が勝るが、廃棄物の魔力を多く備えて、蓄え、そしてついには自ら精製するようになった精霊以上には反発力が働くようになる。


神レベルだと激流の中にいるようなものだろう。長くとどまれるはずがない…数日が関の山だろう。


「安心して下さい。このままでは滞在できないということだけは、わかっています」


そう言ってシイカは、懐から何かを取り出した。一見すると、古い木の枝にしか見えないが…そこに込められている神力はとんでもないものだ。


(何という圧倒的な神力…亜神だったころの私の神力なんて、この枝に比べたら、重湯みたいなものですね)


「この世界で生きていくために、これを使ってこの星にいる生物へ転生します」

「転生、ですか。その枝を使えば、転生の魔法が使えるのですか?」

「いいえ、この…植物の王の枝アドミニストレーターブランチで使えるのは魔法ではありません」


魔法ではない、のか。それは確かにそうかもしれない。先程、シイカも「魔法は人間の技」と言っていたしな。


そもそも、神界には多くの神々がいるのだろう。そしてその大半は、前世の私から見ても遥か上の濃厚な魔力を持ち合わせているだろう。それなのに『魔法』という領域に私を任命したのだ。


つまり、大半の神々は、その濃厚な魔力を、魔法以外の方法で利用している。そう考えるのが妥当だ。


「……魔法ではない…ふむ…ではどの様に神力を運用されているので?」

権能ドミニオンです」

権能ドミニオン?」


権能ドミニオン。初めて聞く言葉だ。魔法ではないと言っていたが、果たして、どういう仕組みなのだろうか?


「ええ。全ての神が神力を使う、自分に与えられた領域、担当を権能ドミニオンと言います。神はそれに従い、自分の領域に関して力を振るえます」

「なるほど…それは興味深いですねぇ」

「先程申し上げた通り、私の父は植物の神なのですが、父から与えられた、この植物の王の枝アドミニストレーターブランチを使えば、父の権能ドミニオンを使うことができます。父の権能なら転生なんて簡単な話です」


簡単、か。そのシイカの父はかなり強大な神なのだろうなぁ。


「実はここに来る前に父に言われたんですよ。『地球に家族がおらず、こっちに女が居たらまず帰らないぞ』と」

「なるほど。貴方の父上はよくわかってらっしゃいますね。私もすでにこの世界に恋人がいます。置いては行けませんね」


その言葉にだろうか、ずっと女天使シイカとの話を黙って聞いていた、フィニとリジーが安堵の息を漏らす。


「父も実は、貴方と同じく、元地球の人で、別の星に転生して珍しい能力を与えられて、神への階梯を上がったそうです。それで同じく自力で神になった貴方に、どうやら肩入れしている様に見えました」

「元…地球人で…私よりも先に神になった…と」

「そう言うことで、正直な話、父はこうなることを想定していたから、準備もしていたんですよ。待ってて下さいね。パパッと、転生を済ませてしまいますから」


転生はパパッと済ますものではないと思う。だが上位の神にとっては、お手軽なことなのだろう。


剣を構える様に木の枝を両手に持ったシイカは、静かに目を瞑った。


「植物と生命を司る主神・シ=ダンの娘たるシイカが乞う。この星の生命に適した形・器への転生を叶え給え!」


シイカの声に合わせて、枝がまばゆく光る。


濃厚過ぎる神力が枝に出来た回路を巡り、神力を使った何らかの現象を実現していく。


じっと見ていると、何となく権能ドミニオンとやらで、やろうとしていることも見えてきた。


まず魂を抜き出す…次に新しい身体を構築する…その身体に抜き出した魂を移す…あとは…身体に残った神力をどこかに保管する…か。


枝が急激に成長すると、人型を形成していく。さらに目を開けていられない暗い眩しくなり、思わず目を閉じると、シイカの声が聞こえてきた。


「はい。これで完了です。100年経ったら、また父に頼んで戻してもらいますけどね」


目を開けると、顔立ちは全くそのままだが、先ほどとは少し異なり、手が翼になっている女性が立っていた。


「なるほど鳥女族セイレーンですか。確かに翼がある種族でないと、これまでと勝手が違って、困ってしまいますからね」


鳥女族セイレーンは、この世界にもいる種族ではあるので、居ても問題はないだろう。


まぁ、鳥女族セイレーンなのは、見た目だけの話で、その肉体は私よりも格上の、中位精霊程度の魔力密度にはなっている。


「ふぅ。私の神力消えちゃいましたね。あ、でも私の権能ドミニオンは残っています。良かったぁ〜」

「なるほど…その頭部に描かれた回路が権能ドミニオンですか…」


しかし、簡単に転生させたり、戻したり、と主神というのはとんでもない力を持っているんだな。ま、そのシ=ダンとやらは、元地球人として、肩入れしてくれているなら、いま敵対を心配する必要もあるまい。

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