第51話

レシアに絡まれ、そしてアーミーウルフに処理をさせてから、道を黙々と歩き続けること数時間。夕暮れも近くなってきたところで、本日の夜営準備を始めることにした。


「フィニ」

「……うん」


少し声をかけただけで、フィニは、表情だけ変えずに、尻尾をぴーんと立てて、こっちを向く。その声に微かに嬉しさの成分が混じっているのも最近はわかるようになってきた。


「その、黒檀鋼オールドエボニーが手に入るハコベ村でしたっけ?そこまでは、あとどれくらいかかるのでしたっけ?」

「……予定…5日…」

「今日の歩くペースについて、問題はありませんでしたか?」

「……少し…早い…このペース…4日…3日半?」

「なるほど、このペースを維持すれば期間は1日短くなるということですね」

「……うん」


チームで先頭を進んでいるのはフィニだ。


役割的にも斥候のため、そうなるのは自然だが、そのためペースについても、フィニ任せになっている。特段早めのペースのつもりはなかったが、元々の予定で、フィニはそれだけ余裕を持って計画を立てていたということだろうか?


「リジーとポピーは、明日からも今日くらいのペースで問題ありませんか?」

「ハルにぃ大丈夫だよ!」

「私も大丈夫です、ハルさん」


2人が躊躇いなくそう返してきたので、明日もペースを維持してもらうことにした。


「フィニ、明日からも、今日と同じペースで進める様に、お願いします」

「……うん……ハル様…言う通り…する」

「たどり着いて、すぐに鉱石が手に入るとは限りませんからね…向こうで少しでも時間があるとありがたいです」


鉱石が手に入ったら、武器にするために鍛冶屋も探す必要がある。今のところ魔素材ギルドに伝を頼もうとは思っているが…。


傭兵のような立場の人員を雇っているのならば、そういう伝手も当然ある。王都内でも何軒か信頼できる鍛冶屋を紹介してくれるという話も聞いている。


夏休みが終わるまでに武器を完成させたい。そのためにも、早めに進むことは悪い話ではないのだ。恐らくフィニはそこまで考えて、今日は試しにペースを上げてみたのだろう。

 

私の事情を察して、先手先手で、計画を進めてくれるフィニには感謝しかない。


「……ハル様…武器…必ず手に入れる」

「フィニ、ありがとうございます…何かお礼をしたいのですが、ありますか?私に出来る範囲で、になってしまいますが…」


そう言うと、フィニは尻尾をぶんぶんと振ってから顔を赤くして、俯いた。そして、ただでさえ小さい声が、さらに小さくなる。


「……可愛…って…欲し…」

「…わかりました。それでしたから、いくらでもいたしましょう」


随分と可愛らしいお願いをしてくるフィニの頭を、思わず撫でると、また嬉しそうな顔をした。


☆☆☆☆☆☆


夜営の準備と言っても、その日に使う薪やらを用意するだけで済む。何せ、寝泊まりをする場所は、ポピーの農場を使うだけなので、準備らしい準備も必要ない。


農場ファームは隔絶された空間のため、外部から何かが来るようなことはない。つまり、夜の見張り当番すら不要になる。そのあたりも含めて、かなり便利な天恵なのだ。


「危なそうだったら、中に逃げ込めばいいだけだから、ボクみたいに戦いがろくにできなくても、一人旅が出来ちゃうんだよね〜」

「それだと、行商するのも、楽ですよね」

「うん。扉はどこにでも出せるからね」


聞けば、足元に出すことも出来るらしい。囚われて動けなくなっても、中に逃げ込んだり…も出来るとか。


「手枷とか付けられてしまっていたら、どうなるんですか?」

「ボクの一部とボクが認定しなければ、勝手に外れちゃうね〜えへへ〜」

「それは…便利ですね…」


仮に囚われたとしても、簡単に逃げ出せる、ということだ。それは一人旅も楽々だろう。


「出るときの位置はどうなっていますか?」

「それは、入ったときとの位置関係によるかな?」


出口は、ポピーが農場ファームの中に、自由に作れるのは確認している。では、その出口の位置はどうなっているのか、というのにはそのような答えが返ってきた。


「なるほど。入ったところから東へ100メイル進んだところに出口を作れば、外の世界でも東へ100メイル進んでいる、ということですか」

「そうだね」


逃げながら出口を作り、またその先にすぐ入り口を作って逃げ込み…を繰り替えせば、どんな風に捕まっても、簡単に逃げられそうだ。


牢屋に手錠をかけて入れても、扉を作って中に入りながら、手錠を外せる。そして農場の中で100メートルも移動すれば、牢屋から簡単に出られるだろう。


「かなり高度な天恵なんですね…」

「そうだね。すごく便利だよ」


便利なのもそうだが、そもそもポピーの天恵はかなり強力だ。性能を聞けば聞くほど、天恵というシステムでよく再現出来たと思うほどの能力だ。


使用する魔力量からも、魔法ほどではなくとも、よほど効率よく使われないとこんな効果は出せない。


「私が見た公爵邸の図書館で見た天恵一覧にも、ポピーの天恵には載っていませんでしたし…」

「ボクの天恵は、ユニークと言われる、珍しい天恵だからね。そういう一覧には載っていないと思う」

「ユニーク?ですか?」

「うん。同じ天恵持ちがこの世にいないと言われている、特別な天恵なんだ」

「特別…ですか………待ってください?」


特別な天恵…。確か、ユニークで、特別な天恵というのを、つい最近聞かなかったか…。もちろん、ポピー以外の天恵で…。


「召喚勇者の天恵…」

「その通りです。お陰で貴方を見つけることが出来ましたよ」


フィニでも、リジーでも、ポピーでもない声が突然頭に響いてきた。声のした方を向くと、空中に黒い、亀裂のようなものが現れているところだった。


黒い亀裂は見る間に、広がっていく。見たときは指先ほどだった裂け目はすでに人が通れるほどの大きさになっていた。


「この…現れ方…やはり、特殊な天恵には、神界の監視がついているみたいですね」

「その通りです。流石は魔術を極めし者。その考えに到れるとは素晴らしいですね」


亀裂から私の独り言に返答があった。何もなければひどく透き通った、美しい鈴のような音色、と思うのだが…。


「お褒めに預かり光栄ですがね…私としては迂闊でしたよ…こんなに早く見つかってしまうとはね…」

「私たちにとっては僥倖でしたよ。始めまして、人から神になった存在、来栖波瑠ハル・クリスさん」


広がった亀裂から現れたのは、女性だった。

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