第50話

「さて、そろそろレシアたちの方も片が付いたでしょう。様子を見て外に出ましょう」


1時間ほど経っただろうか?ちょうど一服の区切りがついたところで、3人にそう声をかけた。


「ハルにぃ、アーミーウルフたちはどうするの?」

「放おっておきます。アーミーウルフたちこそ、レシオが殺された証拠ですからね。適当なところに取り上げた武具をバラ撒いておきましょう」

「うぐ。エゲツナイね…でも、武器をバラ撒くのは止めたほうがいいと思うよ」


止めたほうがいい?ああ、そういえば、前に公爵邸の図書室で見た天恵の一覧の中に捜査員シーカーという天恵があったなぁ。


その天恵は、物の過去を見ることができるという天恵だ。もしバラ撒いた武器に対して使えば、私たちと戦い、負け、武器を奪われたことを探ることもできるだろう。


第1門と第10門の魔法を組み合わせて使うことでも、そういった効果が得られるから、天恵でも再現できはするだろう。


「アザレアが動かせる人員に捜査員シーカーの天恵持ちがいるということですね」

「うん。王宮の騎士に何人かいたと思う。彼らが出てきたりすると、簡単にハルにぃの仕業だってバレちゃうよ」

「なるほど。ポピー、警告ありがとうございます。ただそれなら、それの対策を練れば良いだけです」


第1門と10門の混交5階位・来歴探査サーチクロニクルは、魔法の対象物に付着した大気中の極々微小な魔力な読む魔法だ。微小な魔力を見るが故に、非常に繊細な魔法でもある。


その繊細さのため、来歴探査サーチクロニクルで読まれない様にするための対策は、ひどく容易なのだ。


「微小な魔力を吹き飛ばすために、大量の魔力を流せば、何がなんだかわからなくなり、全く読めなくなります」


微小の魔力の読むために、来歴探査サーチクロニクルの魔法は顕微鏡を用意するようなものだ。そこで、大量の魔力を流してしまえば、見るものが増えすぎて、見つけられなくなるだろう。


「なんだか、良くわからないけど、それで誤魔化せるんだよね?すごいね…ハルにぃは…そんなことまでできちゃうんだね?」

「ええ。こういう仕組みや、理屈なんかは、そのうちポピーにも教えてあげますよ」

「いいの!?ありがとう♪」


なんだかんだ、ポピーを巻き込んでしまっている気がする。まぁ、私だけの都合で言うと、そもそも事情を話してしまったのが間違いなのだが…。


のことを考えると、話は変わる。


彼のことを考えれば、私のこれからが多少不利になったとしても、ポピーには事情を話しておいたのは間違いではない。クリスハルだって、事情を知ればポピーに恨みなど抱くわけもないからだ。


「さて、では少し寄り道をしてしまいましたが、目的地に向かって進んでいくことにしましょう」


☆☆☆☆☆


「ああ、やっぱり跡があるな」

「……引きずってる…5人分……」


ちょうどアーミーウルフが来た方角に、アーミーウルフらしき足跡と、何かを引きずったような跡が5つあった。


引きずられるのに、暴れたような跡もない。すでに息絶えているか、瀕死なのだろう。もはや、結末を巣まで行って見る必要もない。


「念の為に、魔力だけでなく、電気を流して指紋を揮発させておきましょう」


鑑識などが使う、物に付着した指紋は、指先の脂が付いたものだ。皮脂は、通常の外気温で自然に揮発することはない。しかし、加熱をすればもちろん蒸発する。


ガッツリ魔力と電気を流して、魔力による保持情報も指紋などの科学的な証拠も乱した武器防具を、跡の近辺の道すがらに適当に捨てておいた。


「ハルにぃ?最後にピリっとさせたのは何?」

「そうですね…。ポピー、あなたは『指紋』というものを知っていますか?」

「しもん?なにそれ?」


この世界の科学水準はかなり低い。何かをするにつけても『天恵による偏った独占と権力』が発生するため研究というものが起きにくいのだ。


建築やインフラ、服装などは地球の近世に似ているが、科学知識や研究は中世、それも古代に近い中世と言っても過言ではない。


地球で、指紋が研究され始めたのは、1700年代つまり近世に入ってからである。この世界の科学力から考えれば、指紋についての考察が存在しなくてもおかしくない。


「ホピー、自分の指先を見てみて下さい」

「指先?指先が何なの?」

「指先に細かい模様がありますよね?」

「うん。なんか模様あるね?これがどうしたの?」

「この模様は基本的に全ての人間が異なります。で指先で何かに触ると…」


大脇差を鞘から取り出して、鏡のように磨かれた峰の一部に指先をつける。


「良く見て下さい。薄っすらと、指で触った模様がついているでしょう?」

「あ、ほんとだ…え?えーと、ということは…この模様ってみんな違うってさっきハルにぃ言っていたから…あれれ?もしかして…?」

「そうです。ポピーはなかなかに勘が良いですね。この模様を調べることで、誰が触ったかも、探すことが出来るんです」

「し、知らなかった…これも、そのハルにぃが前に住んでた地球って星の知識なの?」

「そうです。そして、さっきのピリッとさせたのはさっきの武器防具についた、指先の模様、指紋を消すためですね」

「なるほど〜ハルにぃは物知りだね〜」


物知りというよりも、地球の日本人なら割とメジャーな知識ではある。魔法にも全く関係していないので、そう褒められても、とてもではないが誇る気にはならなかった。


「地球では特段珍しい知識ではないのです」

「こんな捜査の機密になっても良いようなことが珍しい知識じゃないって、地球ってとんでもないところなんだね」

「うーん。確かに…どうなんですかね?」


でも、地球には天恵のような、とんでもない力もない。弱いとは言え、人類殆どが魔力の恩恵に預かれるというのは、画期的なシステムとも言える。

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