第49話
レシアが絶望する顔を見ながら、農場の扉を完全に閉める。
前に推測した通り、この
第2門の空間操作で作った空間となれば、その扉を閉じると完全に外界と断絶される。レシアのうめき声など聞こえようがない。
シン、と静寂が耳をついた。
当然だが、外界とは完全に遮断されている
生物らしい生物と言えば、微生物や虫くらいのものだろう。それも農作物の成長に必要なものしかおらず、害虫の類はいないらしい。
魔力で生み出しただけあり、農業にとって都合のよい空間になっているのだ。
「ハルにぃ…お疲れさま」
沈黙を破るように、ポピーが声をかけてきた。少しスッキリしたような顔をしていたのは、レシオへの復讐が済んだからだろうか。
それとも、クリスが望んだ通り、私が復讐をちゃんとしていることに安心をしたのだろうか。
「ポピー、ありがとうございます。ただレシオもクリスの復讐対象でしたから当然です」
「でも、あの王女護衛でも一番強いレシオをあんなに簡単に倒しちゃうなんてすごいよ」
「あの程度でしたら、簡単です…さて、アーミーウルフが『お片付け』をするまでは家で待たせてもらうことにしましょう」
「わかったよ。ボクがお茶を用意するから椅子に座ってて〜」
農場隅の家にパタパタと入っていくポピー。私、そしてフィニ、リジーも追う様に中に入る。
リビングにある椅子に座っていると、キッチンから出てきたポピーが、3人の前にコップを置いた。
続けて、お茶の入ったやかんらしきものを出してきて、全員の前に注いでいく。湯呑みから立つ湯気からは、若葉のような新鮮な香りがした。
「ポピー、ありがとうございます」
「ハルにぃのお口に合うかわからないけどね」
ポピーが出してきたのは、この地方でこれまでに何度か見た紅茶ではなく、緑茶だった。
「これはもしかして、紅茶ではなく、摘みたての葉を使ったお茶ですか?」
「ハルにぃ、よく知ってるね〜。ボクが遠くで見つけてきた、このあたりでは見ないお茶なのに」
「地球にも同じものがありましたからね」
地球における紅茶と緑茶は、元は同じチャノキの葉を使って淹れられる。この2種の違いは、葉を摘んだ後に発酵するか、そのまま使うかである。
「へぇ。そうなんだ。そういえば、さ」
じっ、と上目遣いでこちらを見るポピー。緑色の髪の毛と、それと全く同じ色のやはり緑色の2つの瞳がこちらを向く。
ポピーはクリクリとした目と、丸顔、そしてぱっちりとした顔立ちと何とも可愛らしいというか、またフィニとは違う庇護欲を唆る少女だ。
クリスも妹の様に可愛がっていた…少なくとも過去の記憶から辿れる感情では、だが。
「その…ハルにぃのいた地球って星は、一体、どんなところなのか気になるなぁ」
「そんなことに興味ありますか?」
聞いて何になるのだろうか?話すこと自体は構わないのだが、何か聞きたくなるような話があっただろうか?生憎、魔法以外は人並みにしか知識はない。
「えー、興味ありますよぉ〜ハルさん、私も教えてほしいですぅ〜」
「リジーまで…ですか?仕方ないですね、いいですよ。面白い話なんてないと思いますが…地球というところはですね…」
そんな感じでポピーやリジーに聞かれた地球の、取り留めのない雑談をしていた。
地球…というか基本的には私が住んでいた日本の話が大半になるが…。風俗、食生活、環境、技術…などなど。
確かに、こちらの世界からすればかなり異質になるためか、2人は興味深く聞いていた。
…………のだが…ふと、先ほどからほとんどフィニが会話に参加してこないことに気がついた。フィニの方を見ると、微かにだが表情がさえないように見える。
大体、いつもなら、言葉少ないながらも雑談には混じってくる。それなのに、ここの農場に入ったときから、黙ったままだった。
「フィニ、何かありましたか?」
「……そ………え………」
「無理に話さなくても大丈夫ですよ?」
ただでさえ小さい声がさらに小さくなったので、そう提案したのだが、フィニは、ふるふる、と首を振った。
「………魔法…変な感じ…」
「変な感じですか?それは、いつから、どのような感じなのですか?」
「………魔力……匂い…薄い……」
「魔力の匂いが薄い、のですか……」
魔力の匂いが薄く感じる、ということは、だ。魔力を感知する能力が突然、弱ってしまった可能性もある。
あるが、実は過去の自分にも似た経験がある。しかし、それは感知する能力が弱まったからではなかった。だから、私は、過去の私と同じである可能性を考慮して、フィニの全身を魔力視してみると…やはり、想像の通りだった。
本来ならば、普通の肉体であるはずのフィニの身体から、魔力が感じられるようになっていたのだ。
「フィニ、あなた身体が精霊化してますね」
「……精霊?」
「ええ、精霊です。素晴らしいことです。身体の魔力が濃密になったせいで、大気の魔力を薄く感じてしまうのです」
「……いいこと?」
「良いことですよ!私と同じ、ということです」
「……ハル様…同じ…最高」
原因は…毎晩のハッスルだろうな。毎日身体の中に濃厚な魔力を注ぎ込んでいたのだ。道具に魔力を通し続けることで、魔力を帯びるのと原理としては同じだろう。
「今度から大気中の魔力ではなく、自身の中にはある魔力から魔法を使ってみてください。威力が段違いに上がります」
「……フィニの中?」
「ええ。感じるでしょう?」
「………うん……フィニの中……ある」
天恵や魔法で強化する魔法をかける場合、効果時間はせいぜい1分。その都度、かけ直す必要があるだろう。天恵は自動的なので、周辺の魔力を食い尽くすだけだが、魔法は使わなくてはいけない、という弱点がある。
効果時間を把握すれば、継ぎ目なく効果を継続できはするが、それには熟練の技が必要だろう。
だが精霊の魔力を使えば、同じ効果で半日くらいは簡単に保つ。半日ごとにかけ直せば、常に効果を保つこともできるだろう。
「強化魔法は効果時間が伸びます。ほかの魔法は…例えば、フィニの『引き寄せ』ならかなり巨大なものでも苦なく対象にできると思いますよ」
「………ん…」
ひゅ、と空気を切る音がして、玄関の土間に大きなものが落ちる音がした。
レシオたちから取り上げた鎧や盾、武器一式だ。先ほど取り上げたときは、一人一人バラバラに集めていたのに、今回は全員分をまとめて引き寄せた。
5人分の金属製品だから、2、300キロはあるだろうに、あっさりとやってみせた。恐らく、まだ余裕もあるだろう。
「……引き寄せた…楽勝…」
「みたいですね。今後はさらに頼りにしてますよ」
「……ハル様…任せて……」
フィニの尻尾が、千切れんばかりにブンブンと振られた。
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