第72話

「ところで、グリューン、貴女の娘さんはどうなさるので?」


母親のグリューンがついてくる、ということは、娘のエレンが1人置いていかれることになる。それって母親として大丈夫なのだろうか?


「あーエレンのことですか?」

「ええ。私と行くとなれば、彼女を放置することになりますが、よろしいので?」

「問題ありません。むしろ、あの娘にはちょうどそろそろなのでいい機会なのです!」

「いい機会?」

「はい。いつまでも独り立ちせず…連れ合いもみつけず…ずるずると居座っていました…はっきり言ってしまえば行き遅れなのですよ」


魔力的にはせいぜい若龍程度だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。前世では、親元から離れず、ずるずると居座る人間も多数いたが、要するにこの類なのだろう。


『お、お母様?わ、私1人で?』

「当たり前でしょう!貴女、150歳にもなって親の巣に居座るなんて恥ずかしいんですからね!」

『う、うぐうぅ…』


だいぶ頼りなさそうだが、大丈夫だろうか?12歳にして、魔法を極めたく親元から離れた私としては信じられない話だ。


まぁ、身近な人間と寄り添うことで共存関係を作る、と言えば何となく理解もできるかもしれない。


「わかりました。母親の貴女が、彼女の独立を促すいい機会と言うなら構いません。グリューンは好きにして付いてきてください」

「はい。是非ハルに付き従わせてください」


グリューンはそう言ってお辞儀をしてきたが、後ろにいるエレンはという不満顔に見える。


『お母様!いい男が見つかったら体よく私を追い払っただけじゃないの!』

「な、な、な、何言ってるの!?100過ぎたらみんな成龍グレートドラゴンになるのよ!?それがまだ若龍レッサードラゴンなんて、ほんとに恥ずかしいんだからねっ!」

『うぐっ!500歳を過ぎて新しい男なんて…お母様の節操なしっ!』


フン、と怒ったように顔を背けたエレンは、巣の奥に引っ込んでいった。


「娘さん、良いのですか?」

「問題ありません…それより私は今娘が言ったように500歳…と貴方よりもだいぶ年上ですが…その大丈夫ですか?」


しなだれかかるようにくっついてくるグリューンだが、ふむ…。なかなかにいい身体をしている。もちろん外見的な凹凸という意味でも官能的ではあるのだが、魔力密度が素晴らしいのはもちろん身体への循環のさせ方も実に自然で美しい。


「問題ありません。実に美しいですから」

「え?わ、私がですか?」

「このタイミングでほかにはいないでしょう。このレベルに達する者は神であってもそうそういないでしょうね」

「そ、そんなですか?」


私を殺した天使などは、魔力量こそ私の100倍はあったが、実に汚らしい魔力だった。淀み、濁り、スラムのドブのような匂いを放つ魔力だったのだ。


それに比べるとグリューンの魔力は、まるで清流のようだ。ここまで自然に流れるとは思えない。間違いなく魔力操作ができているはずだ。


「実に素晴らしいです。それで少し貴女の身体を調べさせてもらってもよろしいですか?」

「し、調べる?」

「ええ。貴女がどこまで出来るか、調べ尽くす必要があります」

「そ、それは必要なことなのですね」

「もちろんです。貴女のことをきちんと調べる必要があります。(魔法の)相性の問題がありますからね」

「(身体の)相性の問題…ですか…」


いま何か、重大な誤解があったような気がしたが、気にしないことにする。


「それでは失礼しますよ…」


門を調べるのは簡単なことだ。魔力を片っ端から門に流していけばいい。他人の魔力の場合は、いちいち各門を触る必要があるが、問題ない…たぶん。


「第1門…反応なし…第2門…」

「ひゃうわ」


第1門の頭頂部を撫でるようにふれ、次に第2門のある下唇に軽く触れて魔力を流す。残念ながら、どちらも反応はない。


「反応なしですか。第3門…失礼しますよ…」

「え?え?」


第3門は乳房と乳房の間、肋骨の上にある。私は躊躇いなく、グリューンの豊かに実った胸の間に指を埋もれさせるように突っ込む。


「まっ、待ってください…それは…こ、子供もすぐ近くにいるので…ひゃうあっ!?」

「ふうむ。第3門、開いてますね」

「え?今の…ピリっとした感覚は…」


そんな、感じで一通り調べたところ、3、4、6が開いていることを確認した。第3門の肉体強化、第4門は死霊、第6門はやはり火創造操作だった。


第4門の死霊系統は、これまたかなり面白い魔法になる。死霊系統は、精神操作と治癒系統の間にあるような系統の魔法で、肉体から切り離された『魂』を操る魔法を使う。


魂を抜き取りゾンビのようにすることもできるし、抜き取った魂を別の肉体に入れることもできる。極めれば、魂を戻して死んだ生物を生き返られせることも可能だ。特に死者の復活に関しては治癒系統でこなすよりもかなり容易に実現できるはずだろう。


「ハル…その…今のは一体…?」

「私が先ほどの戦いで見せた技術に関する前段階のチェックですよ」

「技術?チェック?」

「私は異世界で『魔法』という技術を司る神です…殺されてしまって能力は落ちていますけどね、知識と技術は残っています」

「魔法…ですか?この世界にある『魔術』とは違うのですか?」

「まったく違います。むしろ根本的に違うと言っていいです。完成した料理を温めるのと、材料から調達して料理を作るくらい違いますね」


この世界の魔術とやらは稚拙極まりない。どんな知能が足りなくても天恵として与えられればすぐに使える。それは技術とすら呼べない、テレビゲームでレベルアップして自然と覚えるのと同じである。


「その今調べたということは、ハルが司っている魔法と言う技術を教えて頂けるので?」

「ええ。極めるのは簡単ではありませんが、使うくらいならば数日あれば出来るでしょう。そのために相性の良い魔法を調べていたのですよ」

「相性っていうのはそのことだったのですね…てっきり身体の相性の確認のことかと…」

「それは…さすがにここでは確かめませんよ。きちんと寝所で確認させて頂きますからご安心を」


さすがに私でも、昼間から人に見られるところでそういうことをする趣味はない。ある程度、常識から外れている自覚はあるが、そこまでではないのだ。


「さて、ところで…フィニ、感じていますか?」

「…ん…20人くらい…こっち…きてる」


まだ洞窟の外だが、まもなく踏み込もうとしている人間が複数いる。探知が得意なフィニに聞いてみたが、きちんと察知していたらしい。


「正確に言えますか?」

「…23人…ハル様の…敵じゃない」

「素晴らしい。さすがはフィニですね」


魔力の大小まで読み取れるとは、フィニの成長速度は驚くべきものだ。私ですら1月はかかった地点に2週間とかからずにたどり着いている。


「フィニの成長が楽しみですねぇ」

「ハル?一体何が?」

「いやね、グリューン、どうやら、ここに招かれざる客が来たようです。状況次第では迎撃もしてきます。何、私1人でも十分そうですが…」


頼れる仲間たちを振り向くと、4人が4人、目には強い闘志が宿っていた。


「…ハル様の露払い…する」

「ハルさんの盾は私です!」

「師匠の戦いを見逃すなんてありえません!」

「は、ハルにぃを近くで見てる…」


ということで、4人とも戦いにと…決まったわけではないがほぼ確実に戦いになる場所に…来るようだ。ずいぶんと好戦的というか…。まぁ、もはや彼女たちレベルならば敵ではないだろう。


「フィニは感知していると思いますが、が来てきますよ?」

「ハルさん?あいつとは?」

「ふふ、あいつ、ですよ…」


そうほんの一瞬だけだが天恵の使用が感知できた。そのを私が引き受ければ…ほかのはどうとでもなるだろう。


「ならば私も行こう。ハルの5番目として、ハルをサポートさせてくれ!」

「わかりました。私も今回の敵は貴女が来たほうがよいと思っていましたのでちょうどいい。では、行きましょうか?軽く蹴散らしてきましょう」

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