第10話

その後、セオーレから1時間ほど、型や、剣の使い方を教わり、その日の指導は終了した。特に合間にやっておくことと、やり方のコツなども教わったので、今日はその時間に充てようと思う。


「坊ちゃんは、やっぱり筋がいいな。鍛え上げれば一角の戦士になるだろうよ」

「ありがとう。来週からもよろしくお願いします」


セオーレにそうお礼を言って、中庭から見送る。セオーレが居なくなったあとは、合間にやっておくこととして聞いた素振りなどをしていた。


「逆手に持って振る感覚に、なれておかないといけませんね」


アッパーパンチの様に振り上げたり、反対側の肩に上げて横振りにしたり、と何回が動作を繰り返す。


「振るときの動作を意識して、より早く振るためにはどうしたらいいかを考えろ、でしたか?」


感覚を研ぎすまして、自分の身体の動きに集中してみる。身体の軸のブレ、軌道の不安定さ。振るたびにズレてくるそれらを認識して、かつ、最適を探りつつ、振る、振る、振る!


「確かに強く自覚すると、無駄なところがわかりますね。これをなくしていく…と」


1000回ほど振り、小1時間ほど経った。いつのまにかフィニが中庭から屋敷に入る出入口の、すぐ横に立っているのに気づく。


私は、それで素振りをやめることにして、フィニに近づいた。


「フィニ、わざわざ来てくれたのですか。ありがとうございます」


ピクピクと耳が動いたあと、当然とばかりに軽く首を振ったフィニは、私にタオルを差し出してきた。タオルを受け取ると、冷たく濡れていて、火照った身体にはとても気持ちがいい。


「これで拭くということですか?」


コクコク。


つまり剣の練習のあとで汗をかいているからと、気を利かせてくれたのだろう。汗が滴る顔を拭いてみると、やはりタオルはよく冷えているから、気分がいい。


「汗を結構かいていたから、冷えていて、気持ちよかったですよ」


そうお礼を言うと、フィニの顔は変わらないが、尻尾はピーンと伸びて左右に揺れる。確か…伸ばして左右に揺れるのは嬉しいときだったか…?


フィニは尻尾にはわかりやすく出るようなので、そっちを見たほうが良いかもしれない。


使い終わったタオルをオレから受けるとると、どこに持っていたのか、今度は箱のようなものを開けて、私に渡してきた。


中には何種類かのサンドイッチが入っていた。


サンドイッチに感心している間に、フィニは芝生に敷物を敷いていて、私が座る準備をしていた。


促されるままに座ると、こっちもいつの間にか用意していたお茶をコップに入れて、お盆とともに置いてくれた。


「フィニは気が利きますね。さっきから本当に助かっていますよ」


ふるふると、フィニは無表情のまま首を振った。だが下がった尻尾が一緒に首にあわせて、ゆらゆらと揺れているので、リラックスしているのがわかる。


思わずこっちまで笑みが零れそうになったので、誤魔化すようにサンドイッチに齧りつく。合間に茶を飲み、そして湯呑みの中のお茶がなくなるといつのまにか、おかわりを注いでくれている。


一息をつく。と、見ればフィニがいつまでもお茶のおかわりを入れられるようにか膝立ちままなので、私が半分無理やり、隣に座らせた。


「フィニは朝ごはん食べたましたか?」


ふるふる、と首を振るのと当時にくぅ~、という腹の虫がなる音が聞こえる。どうやら、犯人はフィニのお腹だったらしく、彼女にしては珍しく、わかりやすいくらいに顔を赤くした。


「え?昨日も用意していませんでしたが…メイドとは、いつご飯を食べるものなのですか?」


うーん。と首を傾げて、悩んでからふるふるを首を振った。わからない、ということか?


失敗したな。腹が減りすぎてて、用意されたもの全部食べてしまった。


「後でどうするかを聞いてみますので、今日は私がお代わりほしいって言ったってことにして、食事を取ってきてください」


ふるふる


そんなことはできない、ということだろう。真面目か?自分の食事がかかってるのに、いくらなんでも真面目過ぎるだろ。


「いや。そうは言っても、流石に食事しないと大変ですから…お願いします、ね?」


………こくこく


そう、少し強めにお願いをしたら、フィニは、おずおずと頷いてくれた。


☆☆☆☆☆☆


フィニは、クリスに言われ、自分の朝ごはんを用意することにした。その中で、これまでの絶望的な生活を回想していた。


服はもっと粗末だったし、寝床はシラミやノミがいつも涌いていて、虫刺されに悩まされた。


しかしフィニには、天恵がない。それでも寝床と1日1回の食事があるのは、正直、貴族家に産まれたからであり、マシな扱いなのだ。


ついに奴隸商に売られることになったときは、仕方ないと考えていた。ただ、天恵なしは、この国ではまともな人扱いすらされない。


だから2年売れず、フィニの値段はどんどん下がっていき、後は良くて娼婦、悪ければ人体実験の材料というところまで来ていた。


メイドとして買われるとは意外だったが、まさか食事を出そうとしてくれる、ちゃんと人扱いをしてくれる、そんな境遇だとは思わなかった。


何より、人に向ける目、それも優しい目で、自分を見てくれるクリスに、昨晩フィニは一目惚れした。


だから、いろんな理由をつけて、寝室を共にして、捨てられないようにした。いや、捨てられないようにというのは理由の半分で、彼女は、クリスに初めてを捧げたかったのだ。


「欠陥品同士、慰め合って、調子に乗ってるみたいだな?」


フィニが顔をあげると、ヒルデスが立っていた。フィニはヒルデスの浮かべている嗜虐の表情に、思わず後ずさる。


「逃げようとするとは、まるで犬女族コボルトの癖に、まるでネズミみたいだな」


振り返ると、後ろにもいつのまにか、男が立っていた。ガタイのいい、山のような肉体を持った男。


グラムスだ。


フィニはグラムスに初めて会うが、すぐにその異様さに気づいた。もちろん、1度対峙しているクリスならすぐに気がつくだろう。


ひどく禍々しい気配をしていたのだ。それはグラムスというよりも、背中に背負った槍からの方が強く感じられる。少なくともフィニはそう感じた。


乱暴に腕を捕まれた。痛くても、痛いと言うことすら出来ない。何人もの男たちに、無理やり、腕を引かれ、ろくな抵抗が出来るはずもない。


フィニは、絶望した。


先程まで、新しい主人であるクリスと、実に楽しく会話をしていた。こちらを気づかい、優しい主人にフィニは希望を抱いていた。


むしろ、やや、強引に初めてを捧げてしまったが、それすら優しく受け止めてくれたクリスに、昨晩の一目惚れから、現在では、ぞっこんというくらいフィニは入れ込んでしまっている。


それなのにだ。


複数の男たちに、囲まれたフィニに抵抗など出来るわけもなく、屋敷の外にある武器庫に無理やり連れてこられることになった。


「こいつ、ろくに抵抗もしませんぜ?」

「全く、人以下の天恵なしが、生意気に人の服を着やがって腹が立つ」


昨日、クリスから渡されたばかりの綺麗なメイド服が、男たちの乱暴な手で引き裂かれる。


「!?」


胸の桜色が見えてしまい、息を飲む音がするが、フィニは、それ以上、悲鳴も何も出せない。


そして、武器庫の床に無理やり押し倒されて、手足を押さえつけられ、ついには服まで引き裂かれてしまった訳だ。


「へぇ!裸にすれば、人間の形はしているんだなぁ!ちと、すっきりするか?」

「こんな人以下に欲情するとか、お前も大概だな」

「ヘッ。道具使って処理するようなもんだよ」


残った最後の下着さえ奪われようとしたとき、フィニは胸を押さえていた手を、下着を押さえるために使った。露わになってしまった胸を、気にすることすら出来ず下着を押さえ付ける事態に、フィニは悔しくて、悲しくて涙する。


クリス以外なんて、フィニには考えられないのだ。


「ガキが抵抗すんじゃねぇぞ!」

「お前のような人間モドキを人間の私が浄化してやるんだから、ありがたく受け入れろや!」


男は細身のフィニへ馬乗りになって、平手で何度も殴りつける。しかし、フィニは決して抵抗を止めなかった。


「強情なクソガキだな。面倒くさくなったな。ヒルデスさん、こいつもう殺しちまいましょう」

「ち、まぁいいか。殺して、あの出来損ないを絶望させるのも一興だな…おい、私の剣を取…」


フィニに馬乗りになって男が「取れ」そう言おうとしたそのとき、爆音が部屋に響いた。







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