第9話

「あ…れ…?まだ、夜ですか…?」


恐らくクリスハルのものと思われる夢を見ているような記憶の再現に、目が覚めた。辺りの闇は深く、まだ夜の様だった。


汗を額が伝う。


汗を拭うとして…右腕は、フィニしがみつかれていて動かせなかった。仕方なく、空いていた左手で額の汗を拭う。


「あれは、ホンモノの記憶なのでしょうね。グラムスに、ヒルデスですか…あまりにも下劣すぎて…反吐が出ます」


彼らには相応の復讐が必要だ。クズ過ぎる連中を、後悔の海で溺死させるほどの復讐が。


☆☆☆☆☆☆


「ということで私が、今日からお前に剣を教える、傭兵マーセナリーのセオーレだ」

「よろしくお願いします」


翌朝、赤い染みのついたシーツをそそくさと片付けるフィニを横目に、ノックに応じて部屋の扉を開けると、20歳ほどの女性が立っていた。


(女性の傭兵マーセナリー…!)


考えてみれば天恵とやらで、多くの人が魔力を動かせるのなら、男女の筋量の差が簡単に覆ることもあるだろう。ならば、女性の傭兵マーセナリーも充分にありうる。


「へぇ?天恵なしの出来損ないと聞いていたが、立ち振る舞いに全くスキがねぇな。戦場生まれか、何かか?いや、公爵家でそんなことねぇか」

「私は、しがない三男坊ですよ。今日はよろしくお願いします」

「ああ。まずは夏休みの間の1カ月、週末の休みだけと聞いているが、よろしくな」


今が夏休みとの話は昨日、バンラックからも聞いたが、昨日、倒れていたところが、夏休みに入った学院らしい。当然、クリスはそこに通っていた。


大半の貴族や特に才のある平民が通う、学校であり、この身体の持ち主が受けていたイジメの主現場でもあるようだ。


イジメの主現場ならば、なおさら今が夏休みであることは助かった。主犯格を追い詰めるためにも、周到な準備をしておかなくてはな。


「じゃあ、フィニ、朝ごはんを用意しておいてくれないか?」


コクコクと頷くフィニを見ながら、心なしか表情がわかるようになってきたことに気がつく。


「あん?朝飯はまだだったか。もう少し遅く来たほうがよかったか?」

「いえ。まずはいろいろと伺いたいこともありますので、中庭に行きましょう」


昨日、バンラックから中庭を使って良い許可は得ている。セオーレを連れて、部屋から出て、中庭に案内した。


中庭はかなり広く、テニスコートを6面くらいはとれそうだ。私はその広い中庭の隅で、セオーレと対峙した。中庭の反対側では、ジオフォトス家の騎士だろう武装をした男たちが訓練をしている。


「さてさて、坊ちゃん。まずはどの程度なのか、かかってきてもらって良いですかね?」

「私は剣に関しては全くの素人なんですが…」

「ま、でもちゃんと身の丈にあったショートソードを選ぶあたり、それなりにセンスはあると思ってるんでね」

「わかりました」


昨日から空いている時間を見ては、魔力操作をしていた。かなり慣れてきて、練度としては充分になっいる。


身体能力について、これ以上を望むなら、まずは真っ当な手段だが、身体を成長させる。魔法的な話ならば、時間をかけた訓練、マナゲートをさらに開放し、魔力総量・濃度・純度を上げていくしかないだろう。


現状の使いこなしはできたが、まだ第1門も第3門もかなり開く余地がある。まずはそこから鍛える必要があるだろう。


(第3門1階位魔法、低位筋力強化マイナーストレングス

(第1門・3門混交2階位魔法、中位速度強化アジリティ

(第1門3階位魔法、高位反応強化メジャーリフレクション


今、かけられる魔法はこんなものだろう。


それぞれ、全身の筋力を5倍に強化、移動速度に関する筋肉だけを集中的に10倍強化、反射神経や反応速度、動体視力などを20倍も強化、という効果がある。


脚周りの筋力は15倍強化されるが、実際にスピードを上げるためのエネルギーは二乗倍、必要になる。だから実際の速度ということになれば、15の平方根、3.8倍くらいが関の山だろう。


とは言えだ。3.8倍あれば、50メートルを8.5秒で走る肉体を2.2秒で走れるようにできる。時速にして80キロメートルの踏み込みだ。


「な!?」


セオーレからしたら、消えたくらいに感じていてもおかしくない。移動とともに左手で逆手に剣を抜き放ち、胴を狙った突きを放つ。


上半身を半回転させて、セオーレは左手の円盾ラウンドシールドで受け止める。


「てめぇ、なにもんだ」

「だから、公爵家の三男坊です」


ギリギリと鉄同士が擦れる音をさせながら、セオーレは円盾ラウンドシールドで、私の剣を弾く。そして弾いた際の盾の重量と遠心力を使って、くるりと自分の身体を回した。


こちらからは、セオーレの身体に隠れて見えていなかった右手のロングソードが、回転切りの勢いで不意に視界に現れてくる。


スピードが乗ったロングソードの腹を、ショートソードを持っていた左手でなく、右半身を前に出しながら空いた右で下から思いっきり叩く。


「ハァ!?んだと!?」


叩いたことで、僅かに浮いた剣の軌道の下に身体をもぐりこませる。そして、セオーレに円盾ラウンドシールドでショートソードごと弾かれて伸びた左手を、身体に引き戻しながら、右足ではセオーレの左足の甲を踏みつけた。


引き戻した左手のショートソードで、真下からの顔面を狙った突き。セオーレは、私に左足を抑えられていて、右手は回転切りで伸び切ってる。


剣で弾くことも、下がって躱すことも出来ないセオーレに残された手は…左手の円盾ラウンドシールドで、防ぐ手しかない。


しかし円盾ラウンドシールドで顔面をガードすれば、視界が塞がるため、私を一瞬だが見失う。


そうなれば、出来た大きなスキを使って、いくらでも料理できる。と、計算通りの流れに、内心で笑みも漏らしたのだが…。


「甘いな」


セオーレは押さえつけている私の右足を、蹴り上げるように強引に膂力だけで持ち上げた。そこでバランスを崩した私の突きは、わずかに顔面から反れてしまう。


さらに、セオーレは、引き戻してきた左手の円盾ラウンドシールドを、寝かせた状態にして横振りにしてきた。


円盾ラウンドシールドは、分厚い鉄板である。だから、そんな鉄板で殴られたら、大怪我するに決まっている。


咄嗟に右手で、セオーレの空いた胴に思いっきり掌底を放つ。小柄な私は、その衝撃で後ろに飛び、円盾ラウンドシールドでの横殴りを寸でで躱すことが出来た。


「止めだ、止め!」


セオーレがそう言って、構えを解いた。ふぅ、と深く息を吐き、私も構えを解く。


今の攻防は勉強になるところが多かった。特に自身の体重がかなり軽く、踏みつけていた脚を簡単に外されたのは、今後、気をつける必要があるだろう。


「つー…最後のなんつー威力の掌底だよ!何より、脚癖と手癖が悪すぎてびっくりしたわ!戦場渡り歩いてる熟練兵士並だぞ!お前ほんとに貴族か!?」


戦闘においてキレイや汚いはない。強いて言えば、勝った方が正義なのだ。だから戦いに禁じ手はないし、使えるものは全て使う。


魔法使いだからと、魔法以外を使わないのは、発想が固すぎる。戦うとき、私は手足だけでなく、あらゆるものを使って生き延びてきた。ま、最後は天使に殺されたが。


「戦場でキレイも汚いもないでしょう。生き残ったやつが正しい歴史を語れるんですから」

「あー。正論ではあるがな…その異常な反射神経なのも、速さも、才能や努力で得たものと納得したとしよう」

「はぁ?」

「攻撃を紙一重のギリギリで躱す。しかも反撃のために機会をうかがいながら、だ。んなもん、場をこなして度胸つけなきゃできる訳がねぇんだよ」


地球では、死線を何度もくぐってきたからな。慣れてくると、自分の死を客観的見られるようになり、対処が冷静になる。


「剣技は筋はいいが、ほかに比べると並だな。なんだ、このちぐはぐ感。長年戦場に居た傭兵の大先輩が、今日始めて使う武器を構えたのと対峙している気分だ」


すごいな。まさにその通りだ。私はかつて魔法を極め続けた一方で、数多の戦いの果てに神へと成り上がっている。単に戦闘の経験だけなら、この目の前の傭兵よりもあるだろう。


ただ剣を握ったことは、数えるほどしかないのも事実だ。理屈は知っていても、練度に関しては素人同然だろう。


「坊ちゃん、悪いんだが、私から剣技は教えられても、それだけ極まった立ち振舞いはケチつけるところがねぇ。むしろこっちが教わっちまうことになりそうだ」

「それで構いません」

「あと、お前、左手の剣よりも、右の拳を使ってるけど…お前、利き手が右なのに、敢えてだな?」

「あはは、わかりましたか?」

「何を考えてなのか知らねぇが、まぁいい。二刀流をやりたいなら教えてやるぞ」


右手は、今のところなにを持つか決めていない。というよりは、ほかの門が開いたら、魔法を使うことを想定していたのだ。


だが二刀流も悪くないな。魔法が使えるようになるまでのつなぎだろうが、覚えておこう。


「よろしくお願いします」

「ああ。ならば、来週からは2本の武器を持って二刀流でかかって来い」


ショートソードの二刀流って、地球のファンタジー作品で言うところのアサシンみたいだな。剣士という感じからは離れるが…ま、いっか。


「ほかに、何か強くなるために必要なことはありますか?」

「あとは数を振り、実戦を重ねるこった。実戦は難しかろうから、まずは数を振れ。そして振る時に常にどうしたら早くなるか、それだけを考えろ。少しでも早くなるように、とにかく数を振れ。どこまでいっても、全てを避けて、全てを当てられれば絶対に勝てるからな」

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