第74話

私とフィニが洞窟の中から察したのは、アザレアが接近してくる気配だ。


今の私ならば、アザレア王女程度は簡単にあしらえる。周りにも騎士がいるようだが、私以外の5人で楽に殲滅できるだろう。なんなら私単独でも可能である。


権能ドミニオン並列詠唱パラレルキャスト四重奏カルテット

「第2門、9門混交真階位オリジン分離思考マルチタスク


魔法の準備をしてから、洞窟の外に出た。やはり洞窟の前に陣取っていたのはアザレア王女と、その取り巻きだった。


「あはは、クリスが何も知らないで、ノコノコと出てきちゃったのかしらぁ?」

「何も知らない?いいえ、違いますよ。そこの陰険ドブス性悪王女を少しばかりお仕置きに来たんですよ」

「はぁ!?なっ!?」


そんな風に、私はあからさまにアザレア王女を挑発して、王女とタイマンになるようにした。バカ…いや、知性が足りていないのだろう彼女は、簡単に挑発に乗ってきた。


「第3門真階位オリジン超筋力ヘラクレス

「第1門・3門混交真階位オリジン超速ヘルメス

「第1門真階位オリジン超反射オーディン


口内では魔法を使い終わっていて、戦いの準備は万端だった。この程度の準備は権能を兼ねて使えば一瞬で終わる。そもそも中位精霊でも上限まで魔力を蓄積した私は詠唱速度もダントツに上がってきている。戦いながらでなければ、この程度、歩くより簡単にできてしまうのだ。


「グリズぅぅッッ!」


怒りに醜く顔をゆがめたアザレア王女は、背中の剣を抜刀して、馬から飛び出して私の前に着地。そして大上段に構えて、剣を振り下ろしてきた。


狙いは右手のようだが、欠伸が出るほどに遅い。


この程度の速度なら加速アクセラレーションすら使う必要もなさそうだ。


左手に構えたユピテルで、剣を受け止める。


剣閃は早いだけで大雑把。隙も大きく、あまりにも無防備すぎて、呆れ果てるばかりだ。ただただ勇者という天恵に頼り切った、技も何もない力任せの醜い一撃。


ユピテルで受け止めたあとのアザレア王女は、私が突き出した右手の雷切を簡単に受け入れる。へその少し下辺り、60センチほどの刃渡りがある雷切が半分まで埋まった。


「遅いですねぇ…」


何が起きたのか理解できなかったアザレアが、自分の腹に突き刺さっている雷切を見た。そしてそこでようやく理解と痛みが追いついてきたのか、怪鳥のような悲鳴を上げた。


「ああああーっッッ!?」

「しかも非力」


アザレア王女の剣を受け止めているユピテルを無造作に払うと、アザレア王女はたたらを踏んだ。そして雷切を引き抜いてから、その傷口に向けて前蹴りをたたき込む。


「おゴォッ!?」


傷口を強烈に蹴られた痛みで、前かがみになり下がった顔面に、ユピテルの護拳を使ったアッパーパンチ。パラパラパラと、アザレア王女の血と歯が地面に飛び散った。


「ひっ!ひぎぃっ!?」

「第9門・8階位、砂鉄拘束サンドホールド


私の魔法に合わせて、地面から大蛇のように出てきた砂鉄の塊が、アザレア王女の手足を拘束。勇者のパワーで引きちぎろうとしているが無駄だ。地面から砂鉄を補給し続けて、千切ろうとする端から砂鉄の蛇は修復していくのだから。


並列詠唱パラレルキャスト分離思考マルチタスクの効果があれば、高速戦闘中もこれだけ高位の魔法も簡単に準備できる。便利だ。


ユピテルと雷切を鞘に仕舞ってから、砂鉄拘束サンドホールドで身動きの取れないアザレア王女の前に立つ。


「さて、ドブス性悪王女…」

「クリスぅ!?な、なんなのよこれ!?何が起きてるぅッ!?」


騒ぎ立てる王女の顔面に拳を叩き込む。めきょ、という感触がしたので、鼻の骨が折れたと思われる。


ばっ、と激しい勢いで鼻血が吹き出しては、地面をアザレアの汚い血で穢した。


「黙ってください、クソブス女。私が喋っているでしょう?その汚らしい口を閉じてください」

「クリスぅ!ぶっころしィンギィィッッ!?」


さらに騒ぎ立てようとしたアザレアの下腹部の傷に向かって、再度拳を叩き込む。下腹部の内臓が破裂する感触が拳に伝わり、彼女が人類を再生産できなくなったことを悟る。


「聞こえなかったんですか?ブスの上に頭が悪いんじゃあ、本当に価値がないですね」

「ひぎいいい痛いいいい」

「うるさいですね」


アザレアの腕を曲げて口に噛ませた。その状態で再度、砂鉄拘束サンドホールドを使って動けなくする。


「むーむー!」

「やっと黙ってくれましたか…では、話を始めますね…結論から申し上げると、クリスハルは死にました…自殺したんですよ」

「むー!?」

「アザレア、貴女へのどす黒いほどの恨みを抱いて自分の命をかけた儀式を行いました。そして異界の神である私を自分の身体に呼び寄せたのです」


少し作り話とフェイクも混じっているが、大枠嘘ではない。


「つまりですね、アザレア。これから貴女には、異界の神である私、来栖波瑠から天罰を下すつもりなのです」

「ふんがーふんがー!」


訓練が足りてないのだろう。ようやく状況を把握した騎士数人が慌てて剣を抜き放つ。しかし、彼らは所詮は学生。天恵に恵まれているもののそれだけであり、最強の天恵を持つはずの王女を圧倒する私が怖いようだ。腰が完全に引けている。


だが、この取り巻きどもはクリスハルの記憶に出てきた復讐対象ばかり。遠慮などいらないだろう。


「第9門・真階位オリジン雷神招来トールハンマー


ゴウン、という短い轟音と共に巨大な雷が落ちる。近くで炸裂した強烈な閃光で、目が眩んでいる間に騎士5人が


「これが天罰です。アザレア、貴女の蛮行は神の怒りをかいました。これより、この国の王家を滅ぼします…それがアザレア、貴女への天罰です。王家はこれから侮辱され、凌辱され、蹂躙され、泣き叫べど許されず、苦しみながら、滅びます。貴女の愚行ゆえにね」

「王女様をお助けしろッ!!!」


5人の騎士が蒸発させられて、ようやく勇気を振り絞ることができた騎士たち。それとも最強のコマである王女がやられたら自分の命も危ないと思ったのか?


わらわらと騎士たちが私とアザレア王女のところに集まろうとするが、それをが許すわけもない。


まず先頭の5人は、オークブレイブの鎧で作られたカバーを取り付けたリジーの尻尾であっさり薙ぎ払われた。質量の暴力に耐えられても、すぐあとに続くグリューンのブレスであっという間に消し炭にされた。


後列でその難を逃れた騎士たちも、シイカが権能で生やした木に絡み取られ、フィニの鞭で1人1人トドメを刺されていく。


「彼女らは、私、魔法神・来栖波瑠の使徒ですよ?たかだか天恵などという出来の悪いおもちゃを与えられただけでいい気になっている貴女方など、相手になりませんよ?」

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