第64話

翌朝、ハコベ村を後にした私たちは、昼過ぎになりようやく目的地の鉱山についた。


ひどく寂れた鉱山は、このあたりを領地として持つ貴族の所有ではあるが、用途もなく、さらには魔物が住処としてしまったため、放置されている。


魔物を駆除してまで掘らなければいけないほどの鉱石ではないからだ。


盗賊が集まると流石にまずいので、監視員はわずかにいるようだが、入山料さえ払えば、鉱石を掘っても何も言われないようだ。


鉱山の麓にある関所にいた、やる気のない兵隊に金貨1枚を渡し、入山すると、手付かずで荒れ果てた坑道が見えてきた。


「……鉱石…探す…下調べ…済み」

「ああ。フィニの方でも、鉱石のことを調べてくれていたのですね」


こちらでも、探索用の魔法は開発していた。ソナーのように全方向に電波を放ち、すでに持っている黒檀鋼の剣ユピテルに、電波を当てたときの反射と似た波長を探すのだ。


「……ハル様も?」

「探知する魔法を考えました。…えええと、大まかに私が魔法で探しますので、最後の詰めはフィニにお願いしますね」


私が魔法を考えた、と言った瞬間、フィニの尻尾がクタン、と折れてしまったので、慌てて取り繕う。


(危ないところでした。準備してくれたフィニの気持ちを無駄にするところでしたよ…)


「今回もフィニの知識を頼りにしてますからね。是非ともお願いします」

「……うん…ハル様…任せて」


フィニの尻尾がまたぴーんと立ったので、正解を選んだようだ。


「洞窟内では魔物がいると聞いています。並びはフィニ、リジー、ポピー、シイカ、殿として私でいきます。光源はこちらを使って下さい」


木の棒の先に、二股に別れた鉄の板を取り付けたものを背中のカバンから取り出すと、魔法をかける。


帯電エレクトリフィケーション


鉄の板の、二股に別れたところを電気がバチバチと走ると辺りが明るく照らされる。


これは鉄の板に、短時間だが、周囲の魔力を使いながら、天恵のように電気を出し続ける魔法をかけたのだ。


持続的に魔法の効果を発揮させるなら、この権能や天恵の応用は、とても便利だ。それに、これなら洞窟内の酸素を使わず、光源に出来る。


「さ、これを使ってください」

「……うん…ありがと…」


フィニが先頭に立つと、周囲を警戒しながら洞窟を進んでいく。


鉱山の中の地図はかなり古いものしか残っておらず、落盤や、穴を掘る魔物のお陰で探索し直した方が良いようだ。


フィニは慎重に進みながら、手元の紙に地図を書き込んでいく。


私も殿として、後方への警戒を怠らず、かつ電波による探知で黒檀鋼の鉱脈を探していく。


黙々と進んでいく中、沈黙に耐えられなかったのかリジーがチラリと振り返り、私に声をかけてきた。


「ハルさん、黒檀鋼オールドエボニーって結構掘り尽くされたと聞いているんですけどぉ、どれくらい残っているんでしょうかぁ?」

「さて、どうでしょうね。私の剣、1本分だけでも見当たれば良いんですけど…」

「うーんと、剣1本分というと鉱石にしてどれくらい必要なんでしょうかぁ?」


鉱石における、目的の金属類の含有率は、それこそものによって変わる。鉄なら50%を超えるし、金なら1トンの鉱石から数十グラムと言われる。


黒檀鋼オールドエボニーの含有率は5%ほど。大脇差の重さが今のものと同じにするなら1.5キログラムほどになる。となれば30キロ…含有率のブレを考えれば40キロほどは欲しい。


「そうですね…だいたいですが、小柄な女性1人分くらいの重さは必要ですね」

「なるほどぉ。結構必要なんですねぇ」

「まぁ、普通なら大変な量ですけど、ポピーがいてくれますから、そのあたりは楽ですよね」


40キロの鉱石を抱えての旅路はかなり危険だ。分散して持っても10キロ近い石を抱えてなど、戦いにも支障が出る。


ところがポピーがいれば農場の中の家にある庭にでも放っておけばいいだけ。100キロ、1000キロ持ち帰ってもなんのリスクもない。


「へへ。ハルにぃ、任せてよ」

「頼りにしてますよ、ポピー」


昨日の告白を受けて、ポピーはフィニが以前に話していた通り『3番目』になることを了承した。


こっちの世界では少なくとも複数の恋人がいる場合には、順序が大事らしい。何せ、身体は1つしかないのだ。何かのときに、優先順番がないと揉めるからとの理由だそうだが…。


(私としては、3人の扱いは、できるだけ平等にしたいところなんですけどねぇ)


それでも基本的には平等でも良いらしい。「何かのときに」ということだが、なにかのときも全員救えるように力を振るえばいいのだ。


考えごとで少し気が逸れていたらしい。私が、気がつく前に、フィニの警戒網に引っかかるものがあったようだ。


「……ハル様……人…」

「あ、フィニ…ありがとうございます」


どうやら前方から、人が来るらしい。こんな廃坑にいる人となると、どうにも嫌な予感しかしないのだが…。


気配を探ると足音が近づいてくる。直後、向こうも気がついたのか、足音が変わった。


数は3。1人は背の高いおそらく男。もう一人はしなやかさがある女、最後は軽いから恐らく小柄な子供だろう。ん…?子供?


「……誰!?」

「誰ですか!?」


フィニの声と、そして向こうの3人組の女だろう声が重なった。


リジーがフィニを庇うように盾を構えて前に出るのと同時に、向こうの女がかなり業物だろう槍をこちらに向けてきた。


若い女だてらに、槍を構える姿がひどく様になっている。相当に訓練を積んでいるのが伺えた。


(この女…無茶苦茶強強いぞ…私と同じよう中級精霊の身体をしている。しかも、天恵がある程度の最適化がされているし…それに…)


女の天恵が作る魔力の流れを見る。かなり効率的な上に、図鑑にあるどの天恵にも当てはまらない流れに、背中を汗が伝った。


(図鑑にない天恵…ユニークか!?しかし、それよりもだ…)


この女だけでも、私と真正面から打ち合える程度の実力はある。かなりの脅威と言える。それだけでも大変なのにだ。


後ろの男は、女より上の高位精霊級の身体をしている。遠くなく神に届くだろう魔力密度に、背中から流れる汗が止まらない。


敵対は得策ではないだろう。私は疎か、仲間の生命を賭けのチップにするのはマズい。まずは友好的に話しかけてみて様子を伺うことにした。


「私は魔素材ギルドの傭兵で、ハルと言います。あと仲間のフィニ、リジー、ポピー、シイカです。この鉱山には黒檀鋼オールドエボニーの鉱石を取りに来ました」


私の自己紹介に向こうは少し警戒を緩めたのか、男の方が前に出てきて、好意的な笑みを浮かべた。


「いやはや。盗賊かと思いましたよ。俺はヒーロ。こちらは妻のマリィに、娘のアリスです」


アリスと言われた娘を見て、さらに驚愕する。この娘、亜神に達している。家族揃って精霊、娘に至っては亜神とは…何という親子連れだ。


「ヒーロ…さんでしたね。貴方たちはこの鉱山に、何をしにきたのですか?貴方も黒檀鋼オールドエボニーですか?」

「いえいえ。俺はこの洞窟に自生している酵母…って言ってもわからないか…えーと」


ヒーロと名乗る男が何気なく発した単語に、私は思わずひっかかってしまった。


「酵母?」


それはこの星にはない概念。科学的な文明レベルは古代から中世程度しかないこの世界においては認識すらされていないもののはずだ。


「あれ?酵母を知っているのか?ということは、もしかしてなのか?」


召喚勇者。その言葉に対して、私よりも先に反応したのはポピーだった。


「あああ!知ってる!この人、ヒーロって、あのノーテヨド王国の召喚勇者!荷馬車カーゴギルドのエースだよっ!」

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