第65話
ノーテヨド王国の召喚勇者ヒーロ。
聞いた限りでも、膨大な魔力を食うだろう『酒蔵』という天恵を持ち、
先日も彼が作ったというラガービールを飲ませてもらったばかりであるし、知る人ぞ知る、食道楽な人物のようだ。
「なぁ、アンタ!今、酵母という言葉に反応したよな!酵母ってのは、こっちの世界にはない概念だ。ということは、アンタも地球から召喚されてきたのか!?」
興奮気味に話すヒーロは恐らく30前後。体格はかなり良く、筋肉質な身体をしている。
隣に立ち槍を向けてきた女は、よくよく見ると金髪碧眼の…メイドだった。なんでこんな洞窟でそんな恰好なのか不明だがメイド服を着ていた。歳のころは20歳ほどで、肉付きが良いというか、ひどく肉感的な美人だった。
娘はそのメイドとの子供なのだろう、母親にそっくりの金髪碧眼の美少女だ。
「あー…」
「俺は悪いようにはしない。それよりも同郷と聞いて、なにか困っていれば助けたいと思ってな…」
暑苦しいやつだ。
それとも、単に同郷の人間に興奮しているだけなのだろうか。だが、不思議なことに、このヒーロという男、妙に信用がおけるような気がしてきた。
助けるというのも、口調や表情から、本音で話しているだろうことも伝わってくる。
それに地球出身のことは、そこまで必死に隠すことでもないことは、ここ数日、この世界のことを調べているうちにわかってきた。
というのも、異世界からの来訪者は多くはないが、彼のようにいない訳でもなく、そして知られていない訳でもないからだ。
「ええ。私も地球出身です。ですが、私は厳密には転移ではなく転生ということになりますがね」
「転生!?ということは、アンタは地球で死んでしまったのか!?」
「そうなりますね。地球で死に、気づけばこちらの世界の…自殺した少年の身体に憑依していました」
「そっか。大変だったんだろうな…良かったらあんたらの事情を聞かせてくれないか?こっちも出来るだけ話すからよ」
「それは…そうですね。こんな縁もなかなかないでしょうし。私も同郷の人と話はしてみたいものですが…さすがにこの洞窟では…」
洞窟内では魔物も出るのだ。べちゃくちゃとノンビリ話に興じる環境ではなかろう。
「そうだよな。悪い。まずは俺の
☆☆☆☆☆☆
ヒーロという男は、数年前にノーテヨド王国が行った勇者召喚という儀式で呼ばれた、地球の日本人だそうだ。
出版社に勤めていた、当時30歳。
天恵の
ポピーのようにいつでもつながる異空間を持っているらしいが、それのヴァリエーションがすごい。
扉がなく手を突っ込んだだけで、中のものを取り出すことができる
それぞれ一定の温度、湿度を保つ
さらに居住空間として、地球のようなキッチン、蛇口にシャワー、空調まである
1ヘクタールの屋外の土地に、豊穣な土があり、天候と日照時間を自由に調節できる
湿度と温度を保つのみならず、時間経過を自動で調整できる
そしてこれらの部屋を繋ぐ
これら9つの区画で出来ているらしく、まさにこれ1つで酒蔵としての役割を果たすことができる、破格の性能だ。
しかも彼の
「これ、下手な亜神の
シイカが呆れ果てた声で言っているが、私には犯人がわかってしまった。というのも、この天恵だけほかの人たちの、これまで見てきた天恵と、明らかに回路の癖が違うのだ。
そしてこの回路の癖は、すでに何度か、見たことがある癖だった。
「シイカ。多分ですが、この天恵を彼に与えたのは君の父上だと思いますよ」
「へ?師匠それって本当ですか!?」
「ええ。回路の癖を見ればわかります。以前与えられた
「酒好きというか、ものすごいグルメです…」
「やはり…」
たまたま見かけた食道楽な、そして自分と同じ地球出身の、彼の転移に際して、きまぐれか遊びかわからないが、魔力と天恵を授けたのだろう。
「やっぱり、何か裏があったんだな。俺の天恵、さすがに便利過ぎると思ったんだよねぇ」
「ええ。地球出身の神が、貴方の転移に好奇心を示して、特別な天恵を与えたみたいです」
「へぇ。そうなんだな…って俺の天恵はこのあたりで良いだろ?ハルの事情を教えてくれよ」
☆☆☆☆☆☆
「へぇ!?天恵なしでも扱える技術が、地球にもあったなんて知らなかったなぁ」
「魔法使いのことは秘匿されていますからね。大半の人は知らないと思いますよ…ええと、私の事情でしたっけ?」
憑依した経緯、そして武器の原材料を探して、この鉱山に来たことを話した。
するとヒーロはうんうんと頷いてから、ぽんと何かを思いついたのか手を叩いた。
「それなら、奥のレッサードラゴンが持ってる大脇差・雷切をやるよ、というか倒せたら持っていけ」
「雷切?」
「ああ。黒い金属で、カッコいいなぁ、と思って俺が金にあかせて作った業物の大脇差なんだがな。作ったはいいが、どうも俺には向いてなくて、放っておいたらマヌケにも盗まれてしまってな」
わっはっはと笑うヒーロ。どうやら、彼ら一行には刀を使うようなメンバーがいないのだろう。盗まれたと話しているときも、あまり困っていないように見える。
「酵母以外にはそれの行方も追っていたんだが、刀を盗んだ盗賊は、ここのレッサードラゴンの財宝を狙って殺されたことがわかった」
そこまで勿体ぶるように行って、ニヤリと笑うヒーロ。ぽん、と私の肩に手を置いてきた。
「だが聞けばアンタの方が持っていて役に立ちそうだ。討伐できたら、アンタにやるよ」
「良いのか?」
「ああ。俺は目的の酵母は手に入れたからな。挑もうか悩んでいたが、アンタにまかせることにして俺たちは退散するわ」
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