第63話

人払いクリアーの魔法をゆっくり解く。


ゆっくり解いたのは、突然、ここに現れた感じにしないためだ。魔法の効果を徐々に弱めることで、気配を徐々に表に出ていく。


完全に魔法が解けた頃になると、少女がテーブルの横にやってきた。この少女、先程は宿の受け付けもしていたから、この宿の経営者か、その娘あたりだろう。


「何か食べられますか?」

「あーそうですね」


それは、そうか。ここは食堂なのだから、座っていると言うことは食事したいと意思を表示したことになるだろう。


「ええと、サボン酒と、それに合いそうなおつまみを適当にください」


そう言ってから、チップとして、以前と同じ様に銅貨2枚50シデナを渡す。少女はニッコニコの笑みを浮かべて『任せてください!』と張り切って厨房に戻っていった。


「勢いで頼みましたが、私一人というのもさみしいですね…うん。そうですね」


部屋までみんなを呼びに言っても良いが、またいい魔法を思いついた…というより、応用をしてみたくなったのだ。


この村に入るときに使った混交魔法・崇拝ベネレーションで送る感情を『空腹』にしてみるのだ。


空腹は、脳からの指令で出る。ならば、脳を操れば空腹を促すことも出来るのではないか?すると空腹になった4人は部屋から出てくる、訳だ。


(空腹の脳波は、旅の間にこっそり4人からサンプルとして取ってありますからね…いや、ほかの感情もサンプルは取ってありますが…バレたら怒られるかもしれませんね)


「範囲を絞って…混交魔法・空腹ハンガー


目に見えない電波が2階に並んだ彼女たちの部屋に向かって飛んだ。


☆☆☆☆☆☆


結果から言うと魔法は成功した。


数分後にはお腹を空かせて、降りてきた4人と合流して、食卓を囲むことになった。


「……サボン酒…美味しい…」

「フィニはサボン酒が好きですねぇ」


サボン酒はこの世界ではかなり気軽に飲まれる酒らしい。よほど貧しいとか、旅の途中で入手できないとかではない限り、だいたい晩御飯につけるのが習慣のようだ。


当たり前のように飲むものなだけあって、この世界のあちらこちらで作られている。基本的には麦を発行させたら作れるので、お手軽ということもある。


「でも、ここのサボン酒は使われているスパイスが変わっていますね…独特ですが、少し甘いと言うか香ばしいというか…」


地球のエールビールやラガービールなら、仕上げにスパイスではなくホップが使われる。だが、先日飲んだラガービールが珍しいように、この世界ではホップを使わない。


代わりに生産している地域ごと、村ごとに独自のスパイスを調合して、特色を出すことが多いようだ。


「うーん。ハルにぃ、たぶんこれはマールピールを使ってると思うよ?」

「マールピール?」

「オレンジに似た丸いマールっていう果物の皮を干して、砕いたものだよ」


この世界には、地球と同じ言葉のものがそれなりにある。どうやら1地方では日本語そっくりの言葉が使われており、その地方のものは、やはり日本語っぽい響きのものが多いようだ。


オレンジは、地球のものと同じだ。だが、マールはどうやらこの世界独特の果物なのかもしれない。


「マール?」

「そそ。マール。ものすごーく甘いんだ。香りからして甘いしね〜確か…ちょっと待っててね?」


ポピーはそう言って、農場ファームの扉を開いて中に入っていった。1分ほどして戻ってくるとその手にはオレンジに似た果物があった。


「これこれ。ハルにぃが冷凍室?を作ってくれる前から農場ファームの端に簡単な氷室を作っていて、そこに保存していたんだ」

「なるほど、氷室ですか…」

「ホントはね、このマールは甘いもの好きの、クリスにぃに渡したかったんだけどね…」


目を伏せるポピー。ほかの3人もポピーの様子を見て口をつぐんでしまった。


「…余計なことを思い出させてしまいましたね。クリスの仇は必ず討ちます。今、探している黒檀鋼オールドエボニーで武器を作ることが出来れば、簡単な話です」

「本当に…本当にできる?」

「ええ。間違いなくできます」

「でも、それでクリスにぃは許してくれるかな?」

「許すも何も…恨んでなどいな…」

「うそ」


言い切るように、ハッキリと、口にしたポピーの表情は伺えない。


「知ってる。あの遺書は、クリスにぃが書いたものじゃないでしょ?ハルにぃが書いたでしょ?」

「!?」

「やっぱり、ね…だと思ったよ…」


思わず不意を突かれた私は、言葉を詰まらせてしまった。そしてそれだけで、ポピーは全てを察してしまったようだ。


果たして、いつバレてしまったいたのか。幼馴染だからこそ、何か通じるものがあったのだろうか。人付き合いが、決して得意な方ではなかったことを後悔する。


「恋する乙女は、ね。何でも出来るんだよ。筆跡も何もそっくりだけど、クリスにぃの文章と、書き方が違うのは何となく感じたんだ」

「なるほど…そうですか…すみません…クリスのことをそこまで思っていたのですね」

「違うよ…クリスにぃ『は』、小さい頃から一緒だったから、本当にお兄ちゃんみたいな人。でも、どこか弟みたいで見捨てられなかったんだ」

「?」

「鈍いなぁ、魔法神様は…」


そういう不満そうな口調とは裏腹に、ポピーの顔に浮かんでいるのは怒り、ではなく…照れ、だった。


ああ。そういえば先日、農場の利用に関してのアドバイス以来、ポピーの距離が近い、とは思っていたのだが…まさか…そう来るか…。


「……ハル様…3人目…」

「………ああ…」


そういうことになってしまったらしい。ずるずると受け入れてしまって早、3人目。どうにも前世のように関わる女性たちと、突き放した、割り切った関係にはならないようだ。


それは、クリスの記憶が残っているせいなのか…はたまた…。

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