第7話

暗がりの中、フィニの漂白されたのかと思うほど白い肌が浮かび上がって見える。細い腕も足も、少し力を入れたら、手折れてしまいそうなほど細い。


まだ、少し肩で息をしているフィニの横顔に向かって私は話しかけながら、筆談用の紙を差し出した。


「嫌でなければ、フィニのことを教えてくれますか?これから、長い付き合いになりそうですしね」


こくこく。


抱いたのが良かったのか、長い付き合いという言葉に安心したのか、先ほどと比べてフィニの顔からは微かながらに安堵の色が伺えた。


細くて白い指が羽ペンを握ると、さらさらと綺麗な文字を書いていく。ささ、と書いているところ見ると教養あるのがわかる。


『フィニは、小さな貴族家の庶子です。母が犬女族コボルトのメイドでした。口がきけないことで、婚約者が13歳まで決まらず、籍を外され売られました。奴隷商で2年ほど買い手がつかず…』

「それにしても、メイドの仕事はバッチリ出来ていましたね?」

『売られるまでは、花嫁修業も兼ねて、ほかの貴族家に出てメイドの仕事をしていました』

「そうか、それで…」


先程からフィニの肩を、無意識下で抱いていたのだが、いつのまにか彼女は、小さな頭を私の肩に預けてくる。フワリと髪の毛から、耳から、花のような香りがした。


何か、もう会ってから3時間余りで、フィニに情が湧いてしまっていることを自覚する。我ながら単純だなぁと、呆れている。


『ご主人様はとても手慣れていていました』

「あーうん。それは、私は童貞って訳じゃないですからね」


この身体はどうか知らないが、中の私は少なくとも童貞ではない。地球では、特定の恋人はいなかったものの、女に欠くこともなかった。


魔法で、年齢を若返らせたり、末期がんの治療が出来たり、死人を生き返らせたりしたのだ。金は使い切れないほどあった。


その金に群がる女は山ほどいたし、他にも魔法の恩恵に預かりたいやつは、それこそ数え切れない。


だから、あんなギラギラした目の女たちと、私は特に親密な関係とか、心通わす関係とか、そういうことには一切ならない。


その日その日の相手を、ただ自分の欲を発散するためだけに、適当に見繕ってた。有名な女優やグラビアアイドルとかも、幾度となく抱いたことがある。


それはそれは、もうメリハリボディというか、古い言い方なら、ボン・キュッ・ボンな女ばかりだ。


だから、フィニのように小柄で、平原ボディで、庇護欲が湧くタイプは、却って新鮮だった。慣れて、洗練された女たちと異なり、何もかもが拙く、そして真っ直ぐなこともそうだ。


それに細く小さな身体で、懸命に肌を重ねてきたことを思い返すと、情が湧いてくるのも仕方ないんじゃないか、と思う。こればっかりは、世界を超えた男の常なのかもしれないが…。


一方で私の精神が、どうにも肉体に引きづられている感じもある。グラムスやバンラックを見て、私は無意識的に相手を年上と感じていた。


もしかしたら、本来のクリスと肉体だけでなく、精神も混じったのかもしれない。あるいは脳がクリスのものだから、そこを走る回路の影響があるのかもしれない。


魔術的にも、脳というのは、まだ解明して切れていない領域だからな。


『どうしたらいいかわからなくてすみません。フィニの身体は、ご主人様にご満足いただけたでしょうか?』

「よかった、というか、むしろフィニがすごく必死なところが可愛かったですよ」


私を利用しよう、という意味ではフィニも変わらないだろう。だが、欲望に塗れているとかではなく、それ以前の、とにかく今を生き抜くことに必死過ぎて、それを突き放すような非情さは私には持てなかった。


私の指摘に、先程までの必死すぎた自分を思い出したのか、フィニは顔を赤らめた。まぁまぁに、激しくしてしまったからな…フィニが初めてとは思えないほど、積極的でついつい燃え上がってしまったこともある。


「あと聞くことと言えば…そうですね…フィニの天恵を教えてくれますか?」


その問いにフィニの筆が止まった。顔は…やはり分かりづらいが、苦しそうな顔をしている、ように思える。1分、いや2分は待っただろうか。


ふぅ〜、と深い息を吐き出したフィニは震える筆跡で、ようやくこう書いた。


『ありません』


その重苦しい筆跡にいろいろと合点がいった。彼女を連れてきたときに、ヒルデスの言ってたことの本当の意味がわかったのだ。


彼女の欠陥とは、話せないことではない。天恵がないということを指していたのだ。奴隷商でも、何よりもそれを優先して選んできたのだろう。


改めて、フィニを見る。


表情のない人形みたいにも見えた彼女だが『天恵がない』という自白をしたからか、微かな表情に怯えが滲み出てきたのがわかった。


天恵がないということは、この国ではどうやら人以下ということと同然なのだ。それを正直に話したのだから怯えた表情になるのは、当然と言えば当然だろう。


しかし、魔法を使うための門が使える私からすれば、天恵なんぞ邪魔なものでしかない。


何故なら、天恵があると、周囲の魔力を自動的に操作して、勝手に門を通してしまう…というのが私の観察でわかった。


私や地球の魔法使いたちは、門を通す魔力の、加減や使い道を微細に操作することで、地球で言うところの魔法を行使している。


それが出来ないとなると、魔法のような複雑な操作もできないことになる。


もちろん天恵にも利点はある。


恐らく天恵は与えられた瞬間、その能力が使えるようになるはずだ。魔法のように鍛錬を積み重ねる必要がない。


しかし、それは決められたことしかできないとも言える。地球での私のように、千に届く種類の魔法を自在に使いこなす、ということは到底、無理なはずだ。


「ああ。それは全くもって問題ありません。何せ私も天恵は持ってないですからね」

「!?」

「むしろフィニがです。私が、気を使わなくて済むからありがたいくらいですよ」


ぼふ、とフィニがまた裸のままで抱きついてきた。これまでにないほど、ガッチリと抱きついてくるフィニに、何となくその気持ちを察した。


また優しく頭を撫でる。艶のある髪を撫でる度に、美しい銀色の筋が、さらさらと指の間からこぼれていく。


星の明かりに反射されて煌めく髪を、まるで時間が経つのを忘れたかのように、何度も、何度も、ゆっくりと撫で続けた。


☆☆☆☆☆☆


フィニとクリスがそんな風に心と身体を交わしていたその頃。武器庫に踏み入る影があった。


「クズ弟めぇ!この俺様に対して、この屈辱!」


グラムスは、バンラックの命令で、これまでクリスが使っていた地下室へ自室を移動させられる。使用人のヒルデスやほかにもグラムス専属だった使用人たちも同じ扱いになっていた。


そこは湿り、汚く、暗い、人が住むのに適さない、罪人とほとんど似た扱いの部屋だった。


グラムスはその屈辱に耐えられない。だから、クリスを殺すことで、元の場所に戻ろうと画策した。


まだバンラックの命令も出たばかりで徹底されておらず、グラムスに協力する使用人もそれなりに残っていた。天恵なしのクリスに味方をするなど、正気ではない、そう思う使用人がそれなりにいるのはある意味、仕方がないとも言える。


グラムスは、武器庫の管理人から鍵を借り受けて、中に入った。武器庫の中でも、奥の部屋から入る地下室。癖の強い、武器が保管してある部屋だ。


「確か、ここには『魔槍ルイン』が安置されていたはずだが…」


地下室を漁るグラムス。やがて、武器や鎧が山のように積み重なり、隠された奥に、1つの古びた箱を見つけた。


蓋をはずすと、中には1振りの槍。刃まで黒く染められた槍が置いてあった。


「槍を使える天恵がなければ、振るうことも出来ない魔槍ルイン。親父や兄貴は危険だからとここにしまい込んでいたが、俺は使える!」


グラムスが手に取ると、まるで持ち主を見つけたと言わんばかりに、馴染んだ。


「ゲハハハハハハハハハ!これはすごい!すごいものを手に入れた!これなら、バカ弟だけじゃない!目障りだった兄貴すら消せるぞ!ゲハハハハハ!!ゲハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


口角から泡を吹き出すほど、大笑いをしたグラムスは、石づきをドン、と地面について、叫ぶ。


「俺は地上最強の力を手に入れたァッ!!」

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