第6話
武器を一通り選んだ私は、ニストに案内されて、屋敷に入った。
屋敷に入ってすぐは2階まで吹き抜けの広間になっている。正面には2階に上がるかなり大きな螺旋階段が見え、その先は広間を囲むように廊下が繋がっていた。
2階に上がり、1、2分廊下を進んだところに、ほかの部屋とは異なる、一際、立派な扉の部屋に突き当たる。
「ここだ。今日からは、ここが坊ちゃんの部屋だからな…あー、鍵はこれだ。使ってくれ。あーグラムス……からは取り上げてるから、安心しろ」
ニストは銀色の鍵を1つ、私に渡してきた。
グラムスに敬称を付けるか逡巡していたが、結局、辞めたようだ。バンラック直々に扱いを変えると言っていたのだ。忠実な部下ならそうするだろう。
「ありがとうございます」
「ふん。バンラック様の命令だからな。あとは、もう少ししたら、専属メイドが来るだろうから、細かいことは、それにやらせるんだな」
右手を軽く上げてニストは、いま来た廊下を引き返していった。
鍵を差して立派な扉を開けると中は、100平米はある大きな部屋だった。部屋の奥には大きな窓があり、中庭が見える。
部屋の調度品は、ベットと、机、椅子、ソファくらいしかない。とは言え、ベットは明らかにキングサイズはあるし、ソファも椅子も、日本で見かける量産品ではなく、手作業で作り込んだ一級品だろう。
7、8人は座れてしまいそうなL字型のソファに腰を掛けると、ノックもなく、扉が開いた。
普通はかなりの無礼ではある。しかし、開けてきたのがヒルデスだったためか、私は却って納得してしまった。
「おい。クソガキ」
「ヒルデスですか。ノックもできないとは、バカなのでしょうか、あるいは、ろくに躾も知らないマヌケなのかでしょうか、それとも両方ということもありますか?」
ち、と小さな舌打ちをしたヒルデスだが、私が強く睨み返すと、目を反らした。全く、啖呵すらも切れないなら、最初から喧嘩を売るようなマネをしなきゃいいのに、と思う。
「…欠陥品のお前にお似合いのメイドを選んでおいてやったぞ?奴隷市場が閉まるところを急いで駆けつけて買ってきてやったんだ。ほらよ」
初めて出会った頃の最低限の丁寧語すら話す気すらなくなったヒルデスは、悪態をついて、1人の少女を乱暴に部屋に入れてきた。
ヒルデスに、腕を引っ張るように連れてこられた少女は、引き倒されて、絨毯に手をつく。
「じゃあな。バンラック様には、専属メイドとしか言われてないからな。連れてきたんだから、感謝しろよ」
「きみ…大丈夫ですか?」
私は、何か偉そうに言うヒルデスを無視して、少女に駆け寄った。
かなり小柄な少女で、すべてのパーツが小さい。銀色の髪の毛と、クリクリとした大きな蒼い瞳と相まって、まるで人形のようだ。
そして、銀色の髪の毛の隙間からは…犬のような耳がひょこん、と出ていた。
「ち。無視かよ。まぁいいさ、俺は用事は果たしんだ。お前の顔を見てるといらつくからな、あばよ」
まだ、ウダウダ何か文句を言ってるバカ使用人を放っておいて、私は銀髪の犬耳少女の手を握り、助け起こしてやる。すると、少女はペコペコと何度も頭を下げてきた。
形のいいお尻から伸びるふさふさの尻尾が、足の間に入ってる。これは怯えているのだろうが…。
それらの仕草に少し違和感を覚える。
少し考えてから、先程から無理やりヒルデスに引っ張られたり、倒されたりしたのに、この少女は、悲鳴の1つも上げていないことに思い当たったのだ。
「貴女…もしかして喋れないのですか?」
ペコペコ。少女はボブカットに切りそろえられた銀色の髪の毛を揺らしながら、何度も、何度も頷くように頭を下げる。
(なるほど。喋ることの出来ない少女をわざわざ調達して、メイドとして宛がってくるとは『欠陥品のお前にお似合い』とはそれを指していたのですか)
立ち上がらせた少女の身長は140ほどしかなく、まるで小動物のような印象を受けた。犬みたいな耳といい、ゆらりと揺れているふさふさの尻尾といい、まるで子犬だ。
正直な話、庇護欲は湧いてくるけれど、あまり性欲は湧いてこないタイプだ。まぁ、長年連れ添って情が湧けば話も変わるかもしれないが、現状では無理な気がする。
「筆談は出来ますか?」
ペコペコ。
筆談ができるということは、教育を受けているということだ。奴隷市場でヒルデスは、よほど慌てて買ってきたのだろうか?喋れないこと以外は吟味する時間がなかったのかもしれない。
筆談が出来るなら、意思疎通は難しくない。
「名前は何というのですか?」
『捨てました。御主人様が決めてください』
渡した紙に書かれた文字に軽くため息をついた。名前もないのか。はて、こちらのネーミングルールなど分からないだが…と悩んでいたら、ふと、少女の蒼い双眸と視線があった。
「貴女の名前はそうですね…フィニ、にしましょうか」
『かしこまりました』
地球に咲く、ディルフィニウムという青く可愛らしい花から取った。花言葉は『口には出さない思いやり』だったはず。
気に入ったかどうかは、どうにも、先程から少女の表情の変化が乏しくてわからない。
だが、感情が死んでしまっている…というよりは、低燃費な脱力感に近いかもしれない。つまり、単に表情に現れていないだけ、に見える。
現にふさふさ尻尾だけは、先ほどから、わかりやすいほどブンブンと振られている。喜んでは、いるのだろう。
「では、フィニ、色々と頼んでいいですか?」
ペコペコ。
私が部屋のクローゼットにあったメイド服を渡すと着替えてから、フィニはテキパキと仕事をこなし始めた。
何故、クローゼットにメイド服があったのか。この部屋の元の持ち主であるグラムスの趣味には触れないでおく。
フィニはまずは部屋を一通り整理し始めた。片付いたソファに座っていたら、いつのまにか、どこからともなく、晩ごはんを持ってきて配膳してくれた。
私が食事を始めようとすると、まだテキパキと動こうとするので、まずは隣に座らせて食事をさせた。聞けば、今日はまだ飯を食べてないというから、半ば強引に食べさせる。
一緒にご飯を食べて、終わった頃に、いつのまにか淹れた食後の茶を出してきた。出されたお茶を飲んでいたら、これまたあっという間に、ベッドメイキングまで終わらせる。
茶を飲み終われば、ティーポットを持ってきて注ぐゼスチャー。要するに、お代わりがいるかの確認だろう。
何だこの子、有能だ。有能すぎるぞ。喋ることが出来ないことなど、少しも気にならないくらいに有能じゃないか!
お代わりのお茶をゆっくり口に含む。先程よりも少し熱めのお茶になってて、身体に染みていく。この世界の身体に憑依してからこれまでは怒涛のような時間だったが、漸く休めた気がする。
もう一口含み、ほう、とため息をついたところに、パサリ、と布が落ちる音がした。
何事かと、顔を上げて、音の方を見る。すると、ちょうどまたパサリと音がして、ワンピースになっているフィニのメイド服が、床に落ちたところだった。
エプロンを外し、中の服も脱いだフィニは、下着だけの姿で立っている。さすがに恥ずかしいのか、これまで無表情だった顔には僅かに紅が差していた。
「!?」
何で服脱いでるの!?と叫びかけて、かろうじて止めることに成功した。そんなもん、奴隷市場で買われてきた境遇の少女が、夜に主人の前で服を脱いですることなんて聞くまでもなく決まっている。
それを、理由もなくまず止めるようなことを言ってしまっては、彼女が魅力的でない、と言ってるのと同じだ。恥をかかせる。
「誰かに夜伽をしろと命令されたのですか?」
ふるふる。首を振って否定する。ということは自分の意思か。
「もしかして、こうでもしないと捨てられるとでも思ったのですか?」
こくこく。
私は、思わずガシガシと頭を掻いた。その動作すら私を不快に思わせたと誤解したのか、フィニの頬から微かに血の気が引くのがわかった。
「そんなつもりはありませんよ。さっきの仕事ぶりからして、フィニが嫌じゃなければ手放すつもりはありませんから」
そう言って安心させようとしたが、フィニの顔から感情は伺えない。しばしの沈黙のあと、フィニは裸のまま私に近づいてきた。
そして、片手で私の服の裾を掴むと、摑んでいない方の手で、紙に言葉を綴っていく。
『お願いします。フィニを御主人様の物にして頂けませんか?捨てられない、と安心する証が欲しいのです』
前言撤回。
ほぼ裸で縋るように抱きついてくるフィニを見て思った。
何年生きてても、男の心ってやつは身体に引っ張られるものだと、思い知った。
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