第58話

「さて、冷蔵による輸送か、果物による高額商品の販売かどっちにします?」


どちらにもメリット、デメリットがある。冷蔵輸送は、輸送が仕事になる以上、どうしても行動が制限されてしまう。


果物は、もちろん、育てるための技術の会得に時間がかかる。ほかにも、種の入手、そもそも何が人気が出るのかというマーケティングや、どうやって売るのかという伝手も必要だ。


どっちにしても、言い出した責任として、設備の準備くらいまでは私が面倒をみるつもりだ。


「折角ですから、どちらにしてもこのまま必要な設備を作っちゃいますよ?」

「冷蔵輸送…にする。荷馬車ギルドに所属しているから、利益にするのが容易だし、手間が少ないもんね」

「そうですね…。私も、ポピーがするなら、そちらのほうがいいと思いますよ」


冷蔵輸送は「必要なとき、」「行きたい経路だけ」受ける、というレベルでも生活をするには十分過ぎる収入がある。


特に設備に関しては、ポピーの場合、維持費がかなり安く済むので、なおさらだろう。


「農場の中を冷蔵設備にするなら、家の周囲だけは断熱素材で囲んで、家として使えるようにしておきましょう」

「断熱素材?それってなに?」

「ええとですね。寒さが浸透しづらい構造で囲むことで家の周囲だけは温かいままにできる、ということです」

「そ、そんなことができるの?」

「任せてください」


一旦、農場の外に出て、第9門の魔法で、砂鉄をありったけ集める。


砂鉄を高熱で溶かし、ながらあたりの木で作った炭を混ぜて厚い鋼板を何枚も作る。


権能ドミニオンで魔法を同時にいくつも駆使できるため、こうした並行作業も簡単にできる。


次に、鋼板で7方向を囲み、蓋だけ沈めた直方体を作る。最後に底に沈めた蓋を真空になるように磁力で引き上げて電気で溶接して、真空ブロックの完成だ。


高さ1メートル、横1メートル、奥行き50センチの鋼鉄製・真空ブロックをいくつも作り、ひたすら家の周りをドーム状にして囲っていく。


もちろん地中深くにも埋めていき、完全に周囲を囲うようにする。外はとんでもない寒さになるので、鉄ブロックも3重くらいにしていく。


そして内側には私からのプレゼントとして、最近覚えた権能ドミニオンの刻み方を応用して、魔法道具を作る。


権能ドミニオンを使用するのに門は不要だ。だから、これを応用すれば、かなり高度な魔法を使う魔法道具を作れる、とわかった。


実際には出力が足りないので権能ドミニオンではなく、その劣化版とも言える魔法回路を刻む。権能は体内の神力を使用するが、これは大気中の魔力を使うように回路を書き直す。


「これで完璧ですね」

「がっちりとこの鉄の板?で、囲んでるけど…これで、中は寒くならないの?」

「完全に、とはいきませんが、生活するのに困らない程度にはなりますよ。あと、この光源で多少なりとも暖かくなるでしょうしね」

「えーと、で、ボクはこの中をずっと夜にしておけばいいの?」

「そうですね…」


たぶん放っておくと、絶対零度近くまで下がってしまうだろう。それはまずいので、適度に温度を保てるように指示をしておく。


「まず冷えるまで、数日間は日を出さなくていいです。目的の温度になったら…陽の高さは5度、日照時間は日に5時間ほどにしてみましょうか」


北欧フィンランドの、冬の日照に合わせてみる。あそこは、冬になると常に氷点下のはずだから、冷蔵設備としては申し分ないないだろう。


ふと、外を見ると微かに白み始めていた。どうやら徹夜で作業をしてしまったようだ。夢中になるとこういうことは良くない。改めなくては、と思いつつ結局、前世では改められなかった。


今生でも、どうやらその悪癖は改められなかったらしい。中の精神が同じだから仕方ないのかもしれないが。


「さて、私はそろそろ休ませて貰います。まだ日が昇り切るまで少し時間があるでしょうから…」

「そっか…ハルにぃ、ありがとね」

「いえいえ。また細かい調整は明日以降にしていきましょうか」

「うん。それでね、その…あの…」


☆☆☆☆☆☆


そして、何故かだが、私は、ポピーに膝枕をされていた。膝枕が心地良いのは、確かに否めない。


しかし、後から考えてみれば、恋人がいる身で、そうでない女性から膝枕をしてもらうのは、良いことではないに決まっている。


だが、私は魔法を使った工事でクタクタに疲れ切っていて、ポピーの強い意志のある提案に断る言葉が浮かんでこなかった。


「ハルにぃ…お礼は何がいい?」

「気にしないで下さい。クリスだって、きっと貴女には無償でしたでしょうから…」

「クリスにぃはクリスにぃであって、ハルにぃとは別だよ。今、ボクは、クリスにぃじゃなくて、ハルにぃにお礼がしたいんだ」


そんな真剣な言葉に、頭が疲れ切っていた私に抵抗力はなかった。言われるがままに、膝枕を受領し、爆睡し、そして、いま私はトラブルの渦中にいた。


「……ハル様…浮気…」

「ハルさん!膝枕なら私がするのにぃ!」


そう恋人であるフィニとリジーから、朝目覚めてきて真っ先に強く責められることになってしまった。私としては、本当にウカツとしか言いようがないので、平謝りするしかない。


「私としたことが…今回は完全に不徳が致すところです。すみませんでした」


失敗はすぐに認めるべし。取り繕うことは相手の怒りを買うだけだ。


ただ情けなく謝ると、それはそれで、相手の弑虐心を刺激して却って泥沼と化すという。土下座はせずに、頭を下げ、毅然と、かつ丁寧に謝るのが、謝罪のベストだ。


「……ハル様…モテる…だから…今回だけ…」

「むうぅぅ。フィニが言うならぁ、私も今回だけは許しますぅ」


良かった…どうやら、速攻の謝罪が功を成したのかあっさりと許された。


前世では、恋人がいる立ち回りなど、まともに考えたことがなかった。こう、女性ばかりに囲まれていると、何がトラブルになるか油断できない。


以後は、間違いがないように気をつけなくてはな。


「………ポピー………3番目なら許す」

「さ、3番目!?ってえっと…」

「……フィニ1番…リジー2番…だから3番目」

「え!?えーーー!?」


唐突なフィニの申し出に顔を真っ赤にしたポピーの叫びがあたりに響いた。

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