第70話

「改めて言いますが、私は貴女が持っている、これくらいの長さの武器で黒いものが欲しいのです」

『武器ですか…数がたくさんあるので…』

「もちろん無償ではなく、対価として金貨をお渡ししするつもりです」


母龍は、自分の後ろをちらりと見るが…。


戦う前に母龍が座っていたあたりの、さらに後ろに山のような数の宝やら武器やらが雑多に積んであった。


この中からたった一振りの刀を探すのは、容易ではなさそうだが…さて…。


『お母さん、たしかそんな剣を最近、盗みに入ってきた泥棒が落としていったよ?』


息子?娘?の龍がそんなことを口にした。そういえば、召喚勇者のヒーロも刀を盗まれたと話していたな。


「ああ、その刀の元の持ち主が盗賊に盗まれたと言ってましたね」

『お兄さんは持ち主を知っているの?』

「はい。その持ち主から譲られたものです。龍から取り返せたら私にくださる、との話でしたので…」


横で若龍と私の話を聞いていた母龍は宝物のところに飛んで戻った。


龍は上級精霊クラスの魔力を持っていて、切られた腕は本人の意志ですぐに回復することができる。その回復した腕で、上の方に置かれた剣を爪先で器用につまんだ。

  

『その盗賊が落としていった刀のことならわかります。これのことですね』


龍からすると爪楊枝程度の大きさだろうが…たしかに黒い刀身の、かなり厚めな刃を持つ刀だった。


「恐らくそれだと思います…見せていただいてもよろしいですか?」

『ええ。構いませんよ』


母龍から刀を受け取る。見れば、大変な業物なのがわかる。大脇差ならぬずっしりとした重さはこの刃の分厚さのためだろう。筋力の強化なしに振ろうとすると恐らくかなり刀筋がブレそうだ。


「魔力を通してみますか…」


軽く魔力を流してみると、通りがいい。ユピテルと同じ素材なだけあり、やはり同程度にはよく通る。


「なるほどこれが雷切ですか…やはりこれが目的の刀で間違いないでしょう。よかったら譲っていただけませんか?もちろん先ほど申し上げたとおり、金貨などで対価はお支払いします」

『いや。対価は不要です』

「そういう訳には…」

『勘違いで攻撃した上に、命を見逃していただいてます。そのお礼です』


まぁ、龍からすればそうなるのか。向こうがいらないと言うのならば無理に渡す理由もない。


「わかりました。ではありがたく受け取っておきます。これで互いに貸し借りなし、ということで」

『それで済むなら安いことです』

「では、ここからは取り引きといきましょう。貴女の持つ武器を見せていただいていいですか?対価を差し出すので交換してほしいのです」


※※※※※※※※※


「ありました!これがいいですね」


あったらありがたいと思って探していたのは茶色い宝石や貴石だ。リジーの武器に取りつけることができれば、かなりの強化になる。


「ハルさん、それ変わった色合いですね…茶色がメインですけど、なんだかキラキラもしています」

「こっちでなんて名前かはわかりませんが、私の世界ではボルダーオパールと言われていたものです」


ラッキーだ。いろいろ試した結果、地属性の精霊は茶系統の宝石、貴石が魔力の通りを良くする。


「龍よ、これを譲ってほしいのですが、対価はいかほどになりますか?」

『それですか?タダでいいですよ。金ピカしていないのには特に興味がありません…恐らく戯れに投げ込んだだけだと思います』

「そうですか…あと数時間この場所をお借りしてもいいですか?」

『別に構わないです。特な用事もありません』

「ありがとう……で、リジー、少しいいですか?」


唐突に話しかけられたリジーが、ひょえ?とか抜けた声を出した。


「な、なんですか、ハルさん?」

「さっき、ヒーロから譲ってもらった黒檀鋼製のバトルハンマーを貸してもらえませんか?」

「え?は、はい、どうぞ!」


この場所は、龍が居座っているせいか空中の魔力濃度がかなり高い。もちろん固体の魔力に比べたら、塩抜きスープにもならない薄味のものだが…。


「今から、貴女のハンマーにこのボルダーオパールを融合させます。魔力の通りを均一にするために単なる接合ではなく、魔力回路も刻みますので、2時間ほど待っててください」


フィニが受け取った鞭は、逸品だった。黒檀鋼のワイヤーとカイザーモスの糸が均一に編み込まれていて、偶然ではありそうだが、魔力の流れもキレイになる作りだった。


だが、宝石を埋め込むのはそうはいかない。均一に編み込むのとは違い、この場合は柄に埋め込む。


ハンマー部分に埋め込むと宝石は衝撃ですぐに破れてしまうからだ。


溶かした黒檀鋼と混ぜるでもなく、魔力を不自然なく石にも流すためには、後付けの回路が必要になってくる。


この空中の濃い魔力は、こういった作業をするのに向いているのだ。


「よし、まずはハンマーの側に穴を開けますよ…」


ゆっくりと魔力を通していく。魔力を通せばその物体を自在にできる。とは言え、戦闘中の急な変化などはできないが…。


「あ、柄に丸い窪みが…」

「ええ。削ってあけると完成されたハンマーの魔力の流れが悪くなりますが、こうして魔力を通して形を変えることでその影響を最小限にすることができます」


太い、ペットボトル程度の太さはありそうな柄に、小さな窪みか出来ていた。


「よし魔力の流れは…大丈夫ですね。全く阻害されていません…実にキレイに流れていますね」


この黒檀鋼という素材は、かなり優秀なようだ。もし地球にあったら、これであらゆる身の回りの持ち物を揃えていたに違いない。


「いや、地球の魔法使い同士で取り合いになるでしょうね」


それだけの価値がある。あ、いや思考が反れたな。もっと作業に集中しなくては…。


「権能ドミニオン、並列詠唱パラレルキャスト二重奏デュオ

「第2門、9門混交真階位オリジン分離思考マルチタスク


空いた穴にボルダーオパールを埋める。こちらは魔力を通しながら、魔力を流すのに適切な形に研磨していく。


「黒檀鋼の柔軟性のお陰で、回路の書き込みも接合もかんたんにできそうですね」


とは言え、左手にはハンマーの形を維持、右手ではボルダーオパールを研磨する、という作業にそれぞれに適切な魔力を流している。全く違う素材、全く違う作業を同時並行的に行うため、決して易しい作業ではない。


普通なら10人単位で、緻密な計画書を作り、かつ合間に魔力を集める儀式を挟みながら、数日かけて行う作業だろう。


並列詠唱パラレルキャスト分離思考マルチタスクのお陰で助手もなく、いきなりぶっつけ本当で、こうやってできるのだが…。


ゆっくりとはめ込んでいきながら、研磨をして、ハンマーのくぼみ側も形を調整していく。わずかに隙間があっても魔力の流れは悪くなるし、形がピッタリしているだけで良いものでもない。


手が震えないように、魔力で制御しながらボルダーオパールをはめ込む。元から底にあったかのようにピタリと嵌まった。


「ふう。接合がすみました。あとは魔力回路の書き込みですね」


魔力回路の書き込みは新雪の上に文字を書くのに似ている。やり直しが利かないのだ。書けばあとが残る。


まず全体の魔力の流れを確認。接合はうまくいっているので流すこと自体はできる。これでも使うことは可能だが…。


「あとは魔力を流したことによる強化が適切にできるようにしなくっちゃいけませんね」


黒檀鋼とボルダーオパールはもちろん違う材質だ。それを途中にポンとはめ込んだら、流れに違和感が出るに決まっている。これに回路をつくるとこで自然と流せるようにするのだ。


「ボルダーオパールの方がやや抵抗があるな…回路を多めにして、地の精霊との相性をよくすれば…」


完成だ。これで地の精霊であるリジーの力を存分に引き出すことができるはず。


「よーし。できました。リジー…」

「はい」

「貴女専用のバトルハンマーです。これに魔力を通してみてください」


私からバトルハンマーを受け取ったリジーがむむむと言って魔力を通すが…すぐに驚きの声を上げた。


「うわっ…さっきと魔力の通りが全然違いますっ」

「でしょうね、さ、貴女の盾もやりましょうか?」







※不定期更新です。

※ギフトありがとうございました!ありがたく頂戴します。

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