第94話

「魔法神様…いっちゃいましたね…」


クリスハルは、黒い穴にあっさりと飛び込んでいったハルを見送り、誰となく呟いた。


「神界は別に変なところじゃないですから、そのうち適当に帰って来ますよ」

「え?あ、そ、その…えと…」


親しげに話しかけてきた鳥女族セイレーンの少女が、あまりにも美人でクリスハルはどきまぎしてしまった。


「ああ、私はシイカっていいます。師匠…魔法神様の恋人…4番目?になるのかな?もともとは従神マイナーゴッドなんですけど…今は師匠の魔法の技に惚れて、着いてきちゃってる感じですね」


4番目…と思わず呟いたクリスハルは、周りに集まっている女性たちを見た。


どうやら魔法神ハルの周りには、たくさんの自然と美女が集まってきているようだ。


あのグラマラスな赤い髪の龍女族ドラゴニュートの美女も、小柄で可愛らしい犬女族コボルトの少女も、胸が妙に大きい割に何ともベビーフェイスな蛇女族ラミアの少女も王都の男たちなら、是非と束になって集まるレベルだ。


それも全ての種族が違うときている。ハルがこの世界に来てからの日数を考えるとわずか2か月程度しか経っていないのだ。その短い期間で、魔法神はこれだけの女の子を侍らせるようになった。


(やっぱり神様ってすごいなぁ)


クリスハルはすでにハルのことを崇拝しているためか、こんな妙なことまで素直に感心をしてしまっているようだ。


その魔法神ハルの愛人?恋人たちの中に混じっていた、見知った顔にクリスハルは声をかける。


「ポピー…久しぶり」

「クリスにぃ…あ…あのっ」


クリスハルに話しかけれたポピーはガバッ、と頭を下げた。


「ど、どうしたの、ポピー?ボクが謝られるような記憶はないんだけど…」

「あの時はゴメンね…アザレア王女から依頼を受けてすぐに旅立たなくちゃいけなかったから…」


まさかこうしてクリスハルに詫びる機会が与えられるとは、ポピーは夢にも思っていなかっただろう。


「なんだそんなことか。大丈夫…そんなことだろうとおもったよ…じゃなきゃポピーがあんなことをしないだろ…」

「…ありがとう…ずっとそれが心のつかえだったから…クリスにぃがそう言ってくれて助かるよ」


改めてクリスハルは、ポピーを見た。そして、自分が知っている妹みたいな『少女』だったころとは違う『女』の雰囲気を纏っていることに…あの魔法神の恋人たちに混じっていることに、事情の全てを理解した。


「で、ポピーは魔法神様の恋人なの?」

「えっ!?うっ…う、うん…そうだよ。魔法神様…ハルにぃ…優しいんだよ…すごく強いし…」

「そっか…そうだよね…ポピーが幸せそうにしていて良かったよ…ボクからすれば魔法神様は大恩人だから…ね」


クリスハルは、少し寂しそうな顔をしたが、元々ポピーに対して恋愛感情は持っていない。


どちらかというと、親離れ…いや兄離れをする妹に向ける嬉しさの混じった柔らかい表情をクリスハルはしていた。


(変なよくわからない男じゃなくて良かったよ。魔法神様なら安心して任せられる)


やはりハルへ絶大なほどの崇拝をしているクリスハルは、ポピーの相手がハルであることに安心した。果たしてその判断が本当に正しいかどうかは神のみぞ知る。


いや、神のハルですらわからない。


そしてクリスハルは、軽く首を振ってから表情を引き締めて、鋭い視線を王城に向けた。


「魔法神様から直接与えられた天恵を使って、この国の腐った王族を一掃します!」


クリスハルはそう決意の声を上げた。そう、クリスハルの復讐はアザレア王女の死で全てが終わった訳ではない。


まだアザレア王女を生み出した根源である王族が残っている。必要以上に天恵を崇拝し、天恵のないクリスハルを虐げる社会を作った張本人。憎きディアンデスの王族たちは消す必要がある。


「クリスハル…行くのか…私たち公爵家の騎士団も同行するぞ」

「ぜひお願いいたします」 


そうは言ったがクリスハルは、騎士たちが少し不安そうな顔をしていることに気がついた。確かに天恵だけで言えば恐らくバンラックよりもクリスハルの方が優秀なのは間違いない。


つまり騎士たちは、自分の主人とクリスハルの立場が逆転することを恐れている。そう考えたクリスハルは、敢えて騎士たちに聞こえるように声を上げてバンラックに伝える。


「安心してください。私はバンラック兄さんに協力するだけです。王族を始末したら、あとは王になったバンラック兄さんから、食うに困らない程度の仕事を頂ければそれで良いです」

「そんなことでいいのか?」

「分不相応なことはしません」

「クリスハル…お前は賢いな…助かる。安心してくれ。私が王になったら、優秀な弟に相応しい仕事を用意しよう」


バンラックはクリスハルの手を引いて、自分の馬の前に乗せた。そして、後ろの騎士たちを振り返ると剣を抜いて高く掲げる。


「この国に歪んだシステムを作った王家を滅ぼし、私がこの国の新しい王になる!魔法神様から天恵を授かり精霊となった我が弟も賛同してくれた!正義は我らにあるぞ!」

「「「「「バンラック様ぁ!」」」」」

「続け!ジオフォトス騎士団突撃だ!」

「「「「「おおおおおおお」」」」」


怒号とともにジオフォトス家の300騎が王都に突撃を開始した。


すでに王都内に、警備の兵は数えるほどしか残っていない。門兵はもちろんほぼ消えているし、優秀な騎士たちはアザレア王女に駆り出されていた。駆り出された騎士たちは、魔法神ハルやその恋人たちに完全に蹴散らされている。


引退直前の警備兵たちだけで、ジオフォトス家の騎士たちの勢いを止められるわけもない。バンラックたちは王都を悠然と進み、阻まれることもなく、王城へ突入した。

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