第29話
その日から、滞在した村の人々は、私の教えた様々な方法で、武器術の天恵持ちでなくとも、魔物を倒せる、ということを勝手に広め始めたようだ。
行商人を使って、直接親戚へ、知り合いの伝手を使って…。私が思っていた以上の熱心さだ。
途中からは、国への怒りに変わっていたのを確認した。これまで騙されていたこと、高額な護衛料を取られていたこと、何より派遣してくる武器術天恵持ちが、大抵人格に問題があり、それを我慢せざるを得なかったこと。
それらが、彼らが熱意を持ってこれらの情報を広めるための原動力となっている。
「さて、では、もしこの情報が国中に広まると何が起きるでしょう?」
いくら武器術天恵持ちと言えども、最低でも100人単位ではいる村でたった1人。人口に比例して増えるが、100対1を上回ることはないだろう。
そして門兵は、普段から魔物との戦いで命を落とすことなど、珍しくない仕事だ。
もしも、村側が、我慢をする必要がないとわかったとき、これまで傲慢に、我儘に振る舞っていた武器術天恵持ちはどうなるのか?
子供でも結末は簡単にわかる。タイミングよく魔物に殺される門兵が続出するだろう。
(何と言うか…既に昨日、私が不能にした門兵は、あれ以来、姿を見せていませんからね)
私は深く追求するつもりもないが、すなわち、そういうことが国中で起きるだろう。
その後はどうなるか?
次にことが起きるのは数週間先の、徴税のタイミングだろう。この国は税金を収めるタイミングが夏の終わりらしい。
国の山間に散り散りになった村々の事情など、中央がすぐに把握するようなものではない。だからこれまで通り、徴税のタイミングになったら、中央から門兵の交代要員が派遣される。
そして今の門兵が、予備役の門兵となり、村から護衛料などを受け取って、王都や領都に帰るのだ。
しかし、それが一斉になくなってしまう。
事情を知られたくない村人は隠蔽するために、交代の門兵すらも殺すだろう。そうなると、国中で一斉に門兵と予備役の門兵が一気に消えることになる。
この国の人口は少なく100万人を少し上回る程度のようだ。その内、門兵の数は8000人、予備役の門兵は同数いる。
この国全体における常備兵の大半は、実は門兵だったりする。そして、村での勤めを果たした予備役の門兵が、各領地に戻り、通常兵となるのだ。
そして通常兵を1年勤めたら、また門兵に…と、騎士以外の兵士は、こうしたサイクルで兵役を勤めている。
門兵は田舎に飛ばされる?ために不便である。が、その分、給料も高く、役得もあるので、嫌がる兵士はいない。
こうしたシステム上の兵士たちが、派遣した村々で一瞬にして魔物に襲われて帰らぬ人となるにいなくなる…それは国の戦力の大半が消失することを指す。実質、お抱えの騎士団以外は壊滅すると言ってもいい。
「ま、あとは勝手に動いていくでしょう」
事態が動き、最後の収穫、美味しいところを頂くことに決めた。まずはしばらくは、状況の変化を観察し続けることにした。
☆☆☆☆☆☆
翌朝、村を出た私たちは、オークがいる森の奥を目指した。
地面の状態が良いので、リジーが持ってきた手押し車は、まだ押して行ける。
すでに道はないと言えばないが、地面には草がほとんど生えていないのだ。手入れをされていない森のために、木が密集しているせいだろう。
森の中は暗く、また根が張り詰めた地面は石のように硬いため、薄っすらと苔が生えてる程度だ。
それにフィニが使える第10門には
この魔法が掛けられた台車や手押し車、馬車など、車輪が付くものが、ある程度の段差や石などではガタついたり、躓いたりしにくくなる効果を得られるのだ。
環境とこうしたフィニの魔法により、こんな中でもスイスイと押していけるのだった。
数時間、森の中を進み続けると、不意に暗い森が開けた。明かりの乏しいところを長時間歩いていたために、目が慣れていなかったのだろう。思わず目を閉じてしまった。
おずおずと目を開くと、目の前にはかなり巨大な泉が広がっている。澄んだ水には、魚影も見えた。向こう岸までは、ざっと数百メートルはありそうだ。
「…ここ…目的地…拠点…する」
フィニは、どうやらここを目指していたらしい。そういえば事前に見せてもらった地図にも、目的地につけていた赤丸には、泉の絵が描いてあった気がする。
(
こっそりと第9門5階位の魔法を発動させる。単に木を編み込んだような最大で、横幅5メートル、厚さ1センチ、高さ3メートルほどの砂鉄を押し固めた壁を出すだけの魔法だ。
が、シンプルなためか、ひどく使い勝手がいいので、私は愛用していた。まぁ、まだ私の魔法が弱いので単なる押し固めただけで、そこまで丈夫ではない。時間稼ぎ程度だ。
野営の防壁にも使えるし、1度くらいならば防御にも使える。高さを調節して、急凌ぎの階段を作ったり、閉所で敵の追跡を防いだりもできる。
湖畔の少し開けたところにへ、3方を囲うように
「おおおぉ〜!便利な魔術ですねぇ。そんな魔術があるなんて知りませんでしたぁ」
「ええ。マイナーだから、あまり使われていまそんけど、私は便利だからよく使います」
事実は違うがそう、話を合わせる。
この世界では、人は基本的に魔法を使えないが、魔術は使えるらしい。天恵に応じて使える魔法モドキのことをこの世界では魔術と言うそうだ。
以前、バンラックが使った
天恵で使えるものは決まっていて、全部で100ほどしかない。地球の魔法は第8階位までだけで2000を超える上に、オリジン魔法もあるから、いつまで経っても『初めて見る魔法』が絶えない。
まぁ、魔力の流れが見える魔法使いは、魔力の流れからどんな魔法が使われるか推測はできる。むしろ魔法使いの戦いはこの推測合戦だ。
魔法は学問であり、研究対象という側面があるが、魔術はボタン1つで発射する単なる武器だ。似ているようで全く異なっている。
「ここに拠点を作りましょう」
閑話休題。
魔法のことになるとつい熱くなってしまう。魔法使いなんだから、仕方ないことではあるが。
拠点を作るために、背中に背負っている荷物を下ろして、野営の準備をする。
食料と簡単な道具だけを仕分けて、小さめのリュックに詰めて背負う。ほかの野営の道具はここに置いていき、魔法の木壁を使って一旦、四方を完全に囲むようにした。
「これでよし、と。この壁は、術者ならすぐに解除できますが、オークくらいの攻撃なら時間稼ぎはできますよ」
「はぁ〜。地属性魔術って便利なんですねぇ」
「あはは…」
魔法使いの正式な教えとして、地属性魔法はない。というか、そもそも属性という考え方がない。精霊がいる魔法系統のことを属性魔法という俗語はあるが…飽くまで俗語だ。
例えば、かつて、私が使うことが出来た第7門植物操作のオリジン魔法には、植物を操作して木を擦り合わせた摩擦から火を起こす魔法があった。
一方で、火操作魔法で気温を一定にして、植物の種を発芽させたり、開花させたりするオリジン魔法を使うやつもいた。
水操作魔法で、超高温の水蒸気を吹き付けて火を点ける魔法も見たことがある。
これらの魔法が『火属性』なのか『樹属性』なのか『水属性』なのかをキチンと説明して区別する方法はない。
魔法は学問であり、それが何をさすか正確に説明できない言葉は、正式な言葉としては使われない。
門の種別による魔法の分類には『系統』という言葉を使う。先程の私の魔法はどこまでいっても第7門の植物操作・創造系統の魔法だし、火魔法の例は第6門の火操作・創造系統の魔法だ。
「さて、オークを倒しに行きましょうか?」
「…うん」
「が、頑張りますぅっ!」
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